いつかくる『その日』を待って・・・
私は、若い頃から『母親の介護などしない!』と思って生きてきた。なぜなら、うちの母親が『毒親』だったからである。
文章では表現できない位のひどいことをされてきた。うつ病で倒れた時も、両親同伴の診察の時もガタガタと震えて、過呼吸発作を起こした。
私の中で、母は『憎しみ』でしかなかった。
そんな母が『認知症』を患うことは、十分わかっていた。なぜなら、若い頃から母は、『自分の思い通りにならないと気が済まない』『ちょっと注意すると逆ギレする』『気分変調が激しくヒステリー気質』を持っていたからだ。
本当に、母が大っ嫌いだった。だからと言って、父が好きかと言えば、この父もちょっとクセ者なのである。結局、どうにもならない状況なのだ。しかし、若い頃から親不孝娘だったから、本当は、あまりデカい事は言えないのだが(笑)。
母と毎日、サバイバル的な介護生活を繰り返す中で、たまに私の顔を忘れたり、娘であることすら分からなかったりする。
それが悲しいかと言えば、それ程でもない。むしろ、煩わしいから『忘れてくれて、他人として生きる』方が、本当に楽だと思う。それくらい、母に対しての『憎しみ』が大きい。
『憎しみ』しかない自分の感情を持て余し、どうしようもならない位、悩んだ。『憎しみ 辛み 恨み』、母が暴れて攻撃的になればなるほど、苦しみが募った。大っ嫌いなのにである。
その感情は、『悲しい気持ち』なのではない。『憎しみ』をどこにぶつけたら良いのかわからないのである。
ともすれば、思わず手を上げそうになる。攻撃的な母は、表情すら鬼の形相で私をなじり、暴力的になり、杖を持ち振り回し暴れるのである。
私の心が、『キ〜ッ!💢💢💢』と声にならない声を上げて私に向かってくる。
良く、『認知症介護は、対応次第で変わる』なんてマニュアルをYouTubeなどで見かける。が、しかし、そんなものは母には通用しない!。言葉は汚いが、『そんなモノ』クソ喰らえ!だった(笑)。
本当に、『綺麗事では済まされない』のだ。【毒親介護】の本も買っては見たが、読まずに入院してしまった。
朝、起きた時からすでに攻撃的な母。『おはよう!』と言っただけなのに、『何!?💢💢💢』すでに殺気立っているのである。
最初は、『は?なんで?』だった。今では、目付きを良く見てから声をかけるようになった。『触らぬ神に祟りなし』なのである(笑)。
私も馬鹿じゃないから、朝から喧嘩などしたくはない。朝くらいは、おだやか〜に行きたいものである(笑)。まま、少しずつ私も、『対 母』への接し方を学んできたのかなと思う。
中学生時代からすでに『毒親』だった母。背中が曲がって、攻撃的な態度の割には(笑)すっかり小さくなってしまった。
自慢じゃないが(笑)、私は、この母親に、『生んでくれてありがとう!』などとは1度も思ったことがない。それくらい嫌いなのだ。
ここ数日、ちょっと気持ちにゆとりが生まれている。そんな時にふと、『生んでくれてありがとう!』と思える日が来るかも………。
なんて思って、背中がこそばゆかったりするのである。
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