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キャラクター分解録②:燕人張飛の魅力

「燕人張飛ここにあり!」

吉川英治「三国志」

上述の決まり文句と共に張飛が登場すると、心が躍ります。
強烈な個性を放つ三国志の英雄たちには「憧れ」の感情を抱くことが多くありますが、張飛に対しては憧れの感情だけでなく「共感」の感情も強く持てます。そこが張飛の唯一無二の魅力だと思っていますので、そこを分解していきます。



共感できるポイント1:剥き出しの感情

群雄割拠の三国志の世界においては、味方と敵が一日で入れ替わる。そのため、人と人は常に肚を探り合うー。そのような登場人物同士の会話や立ち居振る舞いに、時にもどかしさを覚えることもあります。そんな中、感情剝き出しの張飛の言動「よくぞ言った!」と胸のすく想いがする読書は多いのではないでしょうか。

私は特に張飛が呂布に敵意剥き出しで接するシーンが好きです。
張飛と呂布は犬猿の仲。
例えば、曹操から呂布を殺せという密命が劉備に下った際、張飛はこれを機に、と呂布を殺そうと劉備に主張しますが断られてしまいます。しかし、翌日張飛は劉備に会いにきた呂布を急襲します。

「待てっ。呂布」と、物陰で待ち構えていた張飛が、その前に踊り立って、
「ー 命は貰ったッ」
と、いうや否や、大剣を抜き払って、呂布の長躯をも、真二つの勢いで斬りつけてきた。
「あっ」
呂布の沓は、敷き詰めてある廊の瓦床を、ぱっと蹴った。さすがに油断はなかった。七尺近い大きな体躯も、軽々と、後ろに跳びかわしていた。
「貴様は張飛だなっ」
「見たらわかろう」
「なんで俺を殺そうとする」
「世の中の害物を除くのだ」
「義なく、節なく、離反常なく、そのくせ、生半可な武力ある奴。ー ゆく末、国家のためにならぬから、殺してくれと、家兄玄徳のところへ、曹操から依頼がきている。それでなくても平常から汝はこの張飛から見ると傲慢不遜で気にくわぬところだ。覚悟をしちまえ」
「ふざけるなっ。貴様ごときに俺が、この首を授けてたまるか」
「あきらめの悪いやつが」
「待てっ、張飛」
「待たん!」

吉川英治「三国志」

この後、結局劉備に止められ呂布を殺すには至らなかったのですが、呂布に振り回される劉備のためにも呂布を打ってくれたらいいのに、、と思わずにはいられない(=張飛を応援する)ような気持になってしまうのです。

共感できるポイント2:失敗する

3つ目の共感ポイントは、失敗を犯してしまうという人間味あふれる部分ににあると思います。関羽や趙雲など他の武将は、欠点の少ない超人的な存在として描かれているため、失敗を犯すシーンがほとんどありませんが、一方の張飛は(主に酒が原因で)作中で何度も失敗を犯します。
失敗を犯してしまう脆さ、そしてその失敗から立ち直ろうとする勇気に、読者が自分自身を投影してしまい、張飛のことを応援するようになるのではと思っています。作中屈指の下記の名場面をご覧いただければ、そのことが分かるのではないででしょうか。
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徐州城の留守を任されていた張飛は、禁酒の約を破り泥酔してしまい、その隙をついた呂布に城を奪われてしまいます。その際、泥酔していたため、城中に劉備の母や妻子を残したまま、敗走してしまいます。そんな自分が許せず、劉備の前で「ああっ、この俺はどうしてこんな愚物に生まれてきたか、家兄お許しください。」と自ら命を絶とうとした時のことです。

突然、剣を抜いて、張飛が自刃しようとする様子に、玄徳はびっくりして、
「関羽。止めよっ」と叫んだ。
あっと、関羽は、張飛の剣を奪り上げて、
「何をするっ。莫迦なっ」と𠮟りつけた。
張飛は、身もだえして
「武士の情けに、その剣で、この頭をはね落としてくれ。なんの面目あって生きてられようか」
と慟哭した。
玄徳は張飛のそばに歩み寄って、病人をいたわるような言葉でいった。
「張飛よ。落ち着くがいい。いつまで返らぬに繰り言をいうのではない」
優しくいわれて、張飛はなおさら苦しげだった。
むしろ笞で打ッて打ッて打ちすえてほしかった。

玄徳は膝を折って彼の手を握り取り、しかと手に力を込めて、
「古人のいった言葉に ー 兄弟ハ手足ノ如ク、妻子ハ衣服ノ如シ ー とある。衣服はほころぶもこれを縫えばまだまとうに足る。けれど、手足はこれを断って五体から離したならいつの時かふたたび満足に一体になることができよう。ー 忘れたか張飛。われら三人は、桃園に義を結んで、兄弟の杯をかため、同年同日を生るるを求めず、同年同日に死なんと ー誓い合った仲ではなかったか」
「……はっ。……はあ」
張飛は大きく嗚咽しながらうなずいた。
「われら三兄弟は、各々がみな至らないところのある人間だ。その欠点や不足をお互いに補い合ってこそはじめて真の手足であり一体の兄弟といえるのではないか。そちも神ではない。玄徳も凡夫である。凡夫のわしが、何を以て、そちに神の如き万全を求めようか。(中略)そう嘆かずと、玄徳と共に、この後とも計をめぐらせて、我が力になってくれよ。……張飛、得心が参ったか」
「……はい。……はい。……はい」
張飛は、鼻柱から、ぽとぽとと涙を垂らして、いつまでも大地に両手をついていた。
玄徳のことばに、関羽も涙をながし、そのほかの将も、感に打たれぬはなかった。

吉川英治「三国志」

失意の底にある張飛を励ます劉備の心、そこから立ち直ろうとする張飛の心、三国志は人と人との心の繋がりが生み出す物語なのだと改めて感じました。

その他の魅力:弟気質

その他の張飛の魅力としては、弟気質な側面が挙げられるのではないでしょうか。豪快な性格で恐れをしらない張飛ですが、兄の玄徳・関羽には頭が上がらないというギャップも彼の魅力の1つです。
その魅力が多分に現れているシーンを2つ紹介します。

1つは目は、孔明のもとを訪れようとした劉備を諫めるも、逆に劉備からお𠮟りを受けるシーン。

「関羽一名を供にして行くから、汝は留守をしておるがよい」
云い捨てて、玄徳は早、城中から馬をすすめていた。
ひどく叱られて、張飛は、一時ふくれていたが、関羽も供についてゆくのを見ると、
「一日たりとも、家兄のそばを離れているのは、一日の不幸だ。おれも行く」
と、後から追いかけて、供のうちに加わった。

2つ目は、玄徳の判断に文句をつけ、関羽になじられるシーン。

張飛は、蔭で舌打ちした。
「少し兄貴は孔子にかぶれておる。武将と孔子は天職が違う。ー 関羽、貴様も良くないぜ」
「なぜ俺が悪い?」
「閑があると、おぬしは自分の趣味で、兄貴へ学問のはなしをしたり、書物をすすめたりするからいけないんだ。ー なにしろおぬしも根は童学草舎の先生だからな」
「ばかをいえ、じゃあ武ばかりで文がなかったら、どんな人物ができると思う。ここにいいる漢みたいな人間ができはせんか」
と関羽は張飛の鼻をそっとついた。張飛はぐっと詰って、鼻をへこましてしまった。

吉川英治「三国志」


是非皆さんが思う張飛の魅力も教えてください。

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