「ちびっ子」次女の育児振り返り日記#7 行き詰まり
1,650gで産まれた「ちびっ子」次女の育児を振り返っての記録です。
現在二歳半、まだまだ成長曲線には入らない「ちびっ子」さんです。
長女4歳、私が36歳の時に妊活をスタートしました。
近所のレディースクリニックで半年程妊活後、
より専門的な二つ目のクリニックに転院しました。
4年ほど前の出来事になります。
検査結果をうけて
転院したクリニックで色々な検査を一通り受けました。
その中で、右側の卵管が詰まっているということが判明しました。
私の場合は、片方なので自然妊娠が不可能ということではないですが、
確率は少なくなってしまいます。
先生から提案が3つありました。
1つは、このまま左から排卵されるタイミングを狙うこと。
2つ目は、卵管を開通するための手術を行うこと。
3つ目は、体外受精にステップアップすること。
まずは、このまま左から排卵されることに期待することにしました。
行き詰まり
その後、排卵日が近まった診察の日。
いつものようにエコーで確認をしてくれます。
「あ~、今回は右側からだね。」
その言葉で、今回の周期はもうできることはありません。
ショックでした。
どちら側から排卵するかはコントロールすることはできない。
この月に一度のタイミングのために、
何回も通院してきている。
仕事の調整をし電車に乗り、クリニックに来る。
帰りも長女のお迎えのだめに慌てて帰る。
帰ってからも家事に育児に慌ただしい時間が過ぎる。
心からホッとできるのは子どもが寝た後のわずかな一人時間。
だんだん、この不妊治療にストレスを感じていることに気付く。
「なんでこんな思いをしなくちゃいけないのか」
「なんで私ばっかり」
誰が悪い訳ではない、私だけがやっていることではないのは分かっている。
それでも悔しくて哀れで、この感情をどこにぶつけていいのか分からない。
家族も、友人も、職場の人も、クリニックの受付の人までも、
私のことを嘲笑っているかのような錯覚に陥る。
不妊治療の悩みって誰かと分かち合うことが難しいように思う。
そもそもプライベートでナイーブな話題でもあることに加え、
経験してみないと分からないこともたくさんある。
同じ不妊治療している同士だったとしても、
年齢や治療期間、治療のレベルによっても状況が違う。
もし、同じようなの人がいたとして、どちらかが妊娠すると、
心穏やかではいられないし、関係性も変わってしまうこともある。
だから不妊治療の悩みって一人で抱え込んだり、孤独感を感じやすい。
一番近くで同じ目標の向かって歩んでいるはずのパートナーとの関係も、
上手くいかなくなることもある。
排卵日が近づくと、「今回はこの日だから」と協力をお願いすることが
苦痛になっていた。
なんだかドライで、二人の間にもすきま風が吹いているような感覚。
もう女として求められる日は永遠に来ないかもしれないという
さみしさがありました。
<子どもは一人じゃだめなのかな>と自分にも問いかけていました。
周りからの「二人目は?」のプレッシャーのせい?
本当に純粋に子どもがほしい?
はっきりとは分からないけど、
子どもが二人いる周りの友達がうらやましい。嫉妬するほどに。
今はとにかく頑張ろうと思いました。
次こそはと思っても
次の周期から飲み薬の量が倍に増えました。
排卵する卵の量を増やすためです。
これで2~3個の卵が育つ予定です。
この薬の影響が、下腹部がチクチクと違和感があります。
また排卵日が近まって診察をしました。
<次は左に卵があるといいな>と思いながら先生の言葉を待つ。
「え~と、卵が2個あります。」
ドキドキしてきます。
「二つとも右側ですね。」と残念そうな声。
<そんなことある?>と思いながら着替えを済ます。
改めて先生のデスクでも、前回の提案について話がありました。
「本当にこのままやっていきますか」と。
先生によると、個人差はあるが右側から排卵しやすい人もいるので、
次回からも右が続く可能性もあるとのこと。
先生は体外受精も視野に入れて治療した方がいいとの見解でした。
ご夫婦で相談されてくださいと言われて終わりました。
このままでは難しいかもしれないと思い始めました。
それでも「体外受精」をすぐにするということにも抵抗がある。
お金も時間も心身の負担も桁違いに上がるでしょう。
それなら、手術で卵管を開通させてみるという選択肢に
かけてみようかなと気持ちが動いていきました。
次回は手術とその後の治療について書きたいと思います。
これからも、マイペースにこれまでの育児を振り返ったり、
日々の育児のことを綴っていきたいと思います。
また、お付き合いいただけるとうれしいです。
お読み下さりありがとうございました。
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