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ツワブキ―石蕗―の朝に② さやのもゆ

我が家には、ツワブキ(石蕗)の鉢植えがある。フキの葉を深緑に小さくしたようなそれが、年がら年中、土も見えぬほどに生い茂っており、毎年秋になると花を咲かせる。母によれば「ツワブキは、神社の秋祭りの頃に花が咲く」という事だった。が、今年の夏が去年にもまして暑かったのが影響してか、十月半ばにお祭りが済んでも、花は咲かなかった。その頃は漸く、まだ青いつぼみが葉っぱの上に顔を出したばかり、茎も短いままであった。

 母は心配したが、暑さが和らいでくると、茎が生長を始めた。これを長く伸ばした先端にはきっと去年と同じく、ガラスの鞠(まり)に隈(くま)無く黄色い花を描いたような、美しい玉の形を見るはず。母だけでなく、私も期待していた。

 しかし、夏の暑さがもたらしたのは、開花の遅れだけではなかった。何かと言うと、つぼみが現れてから花を咲かせるまでの日数が長すぎたので、茎がてっぺんで(母の言い方を引用すると)「ザンバラバラバラ」に枝分かれしてしまったのである。したがって花々のつくる形は、何とも“みょ~ん”としか言い様の無い、間延びしたそれになり―母をガッカリさせる結果になった。

 これには私も同じ気持ちであったが、花は年に一度しか咲かない。だから、どうする事も出来なかった。そこで、休日に母の気分転換にと「引佐の奥山から山越えドライブ」に出掛けることにした。

奥山方広寺に向かう道を左に見て、県道をまっすぐ北に進むと、愛知県ざかいの陣座(じんざ)峠にいたる。だが私は坂道の始まる、小さな川の手前で県道を離れ、山の斜面をつづら折りに上がる狩宿地区・開拓地の道をとった。

狭い谷あいを、田んぼの脇のゆるいカーブで進むと、上流の沢と合流する。これを小さな橋で渡るのだが―。しかし、その前に目に入ったものが、普段は車窓の景色に鈍感な私をもって、思わず車を止めさせた。

沢の手前は、道路の山側が北斜面になっており、湿気のある日陰になっていた。その、苔むした土ガケには、今まで見たことも無いほど大きなツワブキが群落をなしており、上を指して高く伸ばした茎の先端には、私たちがあれほど見たいと願っていた、「黄色い花々のくす玉」を戴いて(いただいて)いたのである。

 ふたりはさっそく、それぞれのスマホカメラにツワブキの姿をおさめた。そして、気のすんだところで再び、車中の人となった。

 よくよく考えてみれば、あの地点は沢に近い日陰の斜面だ。ツワブキの繁殖にとっては、好条件に恵まれている。

だが、私も母も、幾度となくこの道を通ったにも関わらず、ツワブキの花を見た記憶が無い。

それが腑に落ちない、と言うか不思議である。

 家に帰って、お互いの写真を見せ合ったところ、母は私の撮ったものにダメ出しをしてきた。母の言い分は、こうである。

「あんたのは、角度が悪いから花がまるく写ってないし、ボンヤリしてる。お母さんが撮ったのの方がイイから、送ってあげる」

 そんなわけで、写真は母からもらったツワブキをアップした。

 暗い影さえも、鏡の奥で沈黙するほどに。

幾多の花びらで埋め尽くした、光る―玉のレリーフ。

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