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ビー玉、落ちた

砂利道にビーサンなんて履いてくるんじゃなかったと、ツヨシは足とサンダルの隙間に入り込んでくる小さな石ころに舌打ちした。
辺りでは溢れるほどの人、人、人。遠くから聞こえる笛と囃子太鼓の演奏。並ぶ提灯。今日は年に一度の夏祭りで、夏休み中の子どもたちや家族連れ、はしゃぐ若者たちでいっぱいだった。
ツヨシは笑う人たちの声をかき分けてずんずん進む。焦る気持ちを抑えつつ、冷静を装った。でも目の先に現れたその人を見て胸が弾む。
すらりと短パンから伸ばした日に焼けた足が印象的な、活発な少女。ユウがそこにいた。
「ツヨシ、遅いよ! こっちこっち!」
足だけでなく手も長いユウが、車のワイパーのようにブンブン振ると目立った。ツヨシはじろじろユウを見ようとする輩の視線を遮るように、ユウに近づいた。
「待たせた」
「五分の遅刻だ」
ニカっと白い歯を見せて笑うユウは、Tシャツに短パンとかなりの軽装だ。そしてその服装は、この華やかな舞台では浮いて見えるように思えた。
「浴衣じゃないんだな」
並んで歩き始めたツヨシはぼそりと呟いた。
「なに、期待してたのか?」
「そうじゃないけどさ。せっかくの祭りだし」
汗をかいたユウの首筋に短い髪がへばりつくのを横目に、ツヨシは言葉を続けた。
「やっぱりちょっと期待したかも」
すると首元で手を荒っぽくかき、ユウは眉を寄せた。
「よせよ、私にはあんな華やかなの似合わない」
そんなことないのに、とツヨシは思う。
年上の幼馴染みのユウ。日に日にその体が子どもから少女へ変化していることを、ツヨシは気づいていた。来年は中学生になるユウと一つ違い。そのたった一つの差が大きいのは、この時期には仕方のないことだった。
ツヨシにはまだ、ぐんと伸びる成長期とやらは来ていない。
それでも毎年どおりの夏祭りを楽しみたくて、ツヨシはユウと露店をまわった。
焼きイカ、焼きそばでまずお腹を満たし、射的と金魚すくいで腹をこなす。そしたら甘い綿菓子とかき氷で〆をするのがいつもの流れだった。
ツヨシがかき氷、ユウが綿菓子を頬張っていると、ふとユウが足を止めた。
「あ、あれやろうよ」
ユウが指差したところには、くじ引きがあった。一回百円で好きな紐を選び、その先についたお菓子やらおもちゃやらがもらえるものだ。
「珍しいな、くじ引きなんて」
「一回やってみたかったんだ」
ユウは足を運ぶと、露店の店主に百円を渡しひとつの紐を選んだ。引っ張るとその先には、黄色いネットに入ったたくさんのビー玉があった。
「やっりー、ビー玉だ」
「ビー玉って……外れじゃねぇ?」
しかしユウはニカっと笑って、そのたくさんのビー玉を顔の近くに掲げた。
「当たりだよ。キレイだもん」
ビー玉に微かに光が当たり、鮮やかな影がユウの頬に映った。それを見てツヨシも少しだけ納得した。
うん、当たりかも。
互いに笑い合っていると、ふとユウの背後に近づく影に気づいた。
「あれ、ユウちゃん?」
見知らぬ男だった。振り返りユウは驚く。
「え、先輩!?」
一オクターブ高い声。聞きなれないその声にツヨシは耳を疑った。
ユウは耳にかかる髪を気にしながら、その男と向き合った。
「まさか会えるなんて思いませんでした」
「俺もだよ。今、クラブの奴らときてるんだ」
「あー、じゃあノブさんとちいちゃんとかもいるんですか?」
「そうそう、いつものメンバー」
男が笑う顔はツヨシからよく見えた。なぜなら男はユウの頭一個を飛び抜けて、高い位置から二人を見下ろしていたからだ。
その目線と自分のわからぬ会話の内容にツヨシは居心地が悪くなった。そして同時にムカつきが湧いてくる。
この目の前にいる女は誰だ。高い声音で敬語なんか使いやがって、バッカみてぇ。──ツヨシはユウの腕を掴んだ。
「あ、なに、ツヨシ」
振り返ったユウの頬が、ほんのり紅色に染まっていた。それを見てツヨシはますます頭に血がのぼるのを感じた。けれど。
「……俺、帰る」
それをユウに当てることもできなくて、ツヨシはふて腐れるようにそう言うしかなかった。え、とユウが声をもらす。
「なんで、一緒に帰ろうよ」
「いいよ、そいつと喋ってれば!」
腕を掴もうとするユウの手を振り払いたくて、ツヨシは右腕を大きく振った。
するとその爪先が何かに引っかかった。
ビッと裂く音がして、そこから弾け飛んだのは色鮮やかなビー玉だった。
「あっ」
そこにいた三人が、間抜けな声をあげた。

落ちたビー玉は、バラバラ散らばる。
落下地点を中心に解散する鮮やかな色彩は線香花火のよう。
しかし偽物の花火を圧倒する大輪が、夜空に咲いた。
───ドン、と空に上がった大きな花火。
強烈な明かりが地面の散らばる色彩に、濃い影を作らせた。鮮やかな影を。

ユウと男が天上の花火を見上げた。ツヨシもつられて見上げると、悔しいほどにキレイな風景がそこにあった。
大輪の花は二人並んだシルエットを形作る。
寄り添うように近くに立つ二つの影の足元に、無駄に煌びやかな透明の玉が散らばっていた。

───ああ、キレイだ。

花火はユウに、彩り有る灯りを与えた。
散らばったビー玉はもう見向きもされない。
ツヨシは何だか胸が無性に痛くて、ここにいるのが堪らなく嫌になった。
逃げ出すように、二人から離れた。

その時に蹴飛ばしたビー玉はどこかへ行って、消えた。

#小説 #短編小説

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