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美しい腰

指先をそっと冷たいその板に添えると、向こうで醜い女がこちらを見た。
見るな、とこちらが睨みつけるとその女はさらに醜さを増した。
当たり前だ。あれは───私なのだから。

見るに耐えず視線を落とすと、テーブルの上に置いていた巻尺を手に取った。
血を吐くようなダイエットを二週間続けた。
食事制限、運動に筋力トレーニング、ヨガにエステ。試せるものは全て試したし、効果があると言われるものは全てやってみせた。
これも全てあの人のため。
あの人の横に立つために、私はこれほどまでに頑張ってこれたのだ。
シャッと巻尺を引く。蛇のようにうねるそれを両手でピンと張り、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
目標のウエストサイズまであと2センチだった。今日、それを上回るサイズが結果として出てしまったら今までの意味がない。
私は祈るような気持ちで巻尺を腰に巻きつけた。
少しでもサイズが小さくなるように、お腹に空気を溜めないようにぐっと息を止めた。ひんやりとしたものがお腹を包む。目を閉じて右手と左手の指先を合わせた。
おそるおそる目を開ける。怯えながら視線を下に向ける。飛び込んできたその数値に、私の口から息が漏れた。
「やった……!」感嘆符が溢れ出す。
思わずジャンプをし、その数値に喜んだ。
「やった! 達成したわ! やった! やった!」
ああ、これでようやく彼の横に立てるのね。
胸から突き上げる喜びに、私は幸福に満たされた。
あの素敵な服を着るなら、やっぱりこのウエストサイズじゃなくっちゃ!
さっきまでは醜く見えていた私の姿も、今ではバービー人形のようにスレンダー美人に見えるから現金なものだと笑えた。
ああでも、幸せよ。
私とっても幸せよ。
はしゃぐ私は思いきり後ろのベッドへダイブした。明るい天井。背後で柔らかい毛布が私を優しくキャッチしてくれるはずだった。けれど。

ボフッと、思いがけず大きな音が背後で響いた後に。
どこかでヒビが入るような音と、感触がした。
そして突如襲う強烈な背後の痛み。
腰に向け鈍器を思い切りフルスイングされたような痛みが、私の声を奪った。

「……!? あ……っ!? あ……!」
あまりの痛みに声が出ない。
口が震える。
それは骨が砕ける音だった。
仰向けにベッドで倒れこんだ私の腰の骨が、突如として砕けた。

何で? 何で! 何で!!

今まで感じたことのない痛みに視界が霞む。
消えゆく意識の中、私はゆっくり首を横に向けるとまた鏡に映る自分を見た。

──ああ、こんなにキレイな体になったのに。

何がいけなかったの。
ただ、美しくなりたかっただけなのよ。

遠くで彼の声がした。
あなたに合う女性でいたくて、私頑張ったのよ。
「抱きしめると折れてしまいそうな、そんな女性が好きなんだ」
あなたがそう言ったから私。

折レソウニナルマデ、頑張ッタノヨ。


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