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(劇評)人の気を知るまでに

iaku『人の気も知らないで』の劇評です。
2018年7月29日(日)17:00 金沢21世紀美術館 シアター21

 これ言ったら失礼だろうかとか、相手のことを慮り過ぎては、何も話すことができない。会話が起きない状態では、相手について無関心なのではないかと疑われてしまう。それを避けるために私達は、差し障りのない話をするだろう。ひととき、会話は生まれる。だが、表面だけなぞったような会話で、相手の何がわかるというのか。

 『人の気も知らないで』(作・演出:横山拓也)は、3人の女性による会話劇だ。同僚のアデコのお見舞いに行ってきた、綾(吉川莉早)と後輩の心(橋爪未萌里)。交通事故に遭ったアデコ。右腕切断という彼女の悲惨な状態に、二人はショックを受けている。コーヒーショップで合流する長田(海老瀬はな)に、どのように伝えればいいのか。そして、この状況で3人は、同僚の田中とかおりんの披露宴での余興の打ち合わせをしなければならないのだ。
 営業職の長田は、同じく営業職だったアデコの分の仕事も背負って忙しくしており、機嫌が悪い。アデコのサポートをしたいと思う心と、長田の意見はすれ違う。

 関西弁でテンポのよい言葉のやりとりが、3人の間で繰り広げられる。最初こそ、アデコの惨状を見て口数少なかった綾と心も、しゃべり始めたら止まらない。アデコの現状、事故のこと、田中とかおりんの結婚について、それぞれの思うところを言葉にし続ける。流れるようなしゃべりの合間に少しずつ、隠していた事実が現れてくる。

 3人は、うわべだけの会話は決してしない。どの言葉だってまっすぐで、何を表現するにも全力投球だ。その力強さの理由はどこにあるのか。
 彼女達はその心情の根底に、相手を信頼する気持ちを持っている。この人なら、こういうボールを投げても、きっとキャッチしてくれるはずだ、そしていい球を投げ返してくれるはずだと信じる気持ちがあるから、ストレートに全力投球ができるのだ。
 共に、さまざまな修羅場を乗り越えたり、喜ばしい出来事を経験したりして、彼女達は結束を強めたのであろう。会社の同僚という立場で、ここまでの信頼関係を持てる彼女達をうらやましく思う。

 速くまっすぐ飛んでくるボールを受けたときには、少しの衝撃もあるだろう。ボールを取り損ねて痛い思いをすることもあるかもしれない。言葉のキャッチボールは楽しいだけではない。実際、綾と長田は、秘密にしていたことも話さざるを得なくなってしまう。

 コーヒーショップを去る際に心が言った。長田さんのこと、ちょっとわかったような気がすると。信頼関係にあるであろう同士ですら、こうなのだ。「ちょっと」をわかるために、人は驚くほど何度もキャッチボールを重ねなければいけない。
 でも、何度もキャッチボールを行えばほんのちょっと伝わる可能性があるということは、希望なのだ。秘密を打ち明ける羽目になった長田が、話したことで結果的にすっきりしたように見えた。ほんのちょっとの理解が、侮れないくらいの救いになるのだ。

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