(劇評)不安がある

イキウメ『図書館的人生Vol.4 襲ってくるもの』の劇評です。
2018年6月10日(土)13:00 ABCホール

 イキウメの『図書館的人生Vol.4 襲ってくるもの』は、ふいに訪れる不安によって生まれた不安定な状態に、観客をしばらく留め置くような空間を作り出していた。

 舞台中央には八角形のテーブルと、背もたれのある椅子が4脚、置かれている。後方中央には黒い四角が見える。その四角を中心として、門のような形の6枚の板が、手前に向かってだんだん大きさを増しながら立てられている。後ろから、四角がどんどん大きくなっているように見える。

 この作品は3本の短編からなっている。当日パンフレットには、#1「箱詰め男」(2036年)、#2「ミッション」(2006年)、#3「あやつり人間」(2001年)とある。話の順番と時系列が逆になっている。
 「箱詰め男」は、人間の意識をコンピュータ上にアップロードすることに成功した脳科学者、山田不二夫(安井順平)の話だ。まるでAIのような父を、息子の宗男(盛隆二)は信じられないが、母、聖子(千葉雅子)や父の同僚、時枝悟(森下創)はすっかりコンピュータの不二夫との生活に馴染んでいる。彼らは、不二夫をより人間らしくしようと、臭覚センサーをコンピュータに取り付ける。彼の前に置かれたコーヒーが、彼の記憶を引き出していく。
 「ミッション」では、衝動に任せて行動してしまう山田輝夫(大窪人衛)が、衝動に従うことの意味を確かめようと行動する。衝動に任せてブレーキを踏まなかった輝男は、事故を起こした。それには何かの意味があったのだと、彼は考えるようになる。自分の衝動の結果が、何か今後に起こる良からぬ事を防止している可能性を考えるのだ。
 「あやつり人間」に登場する百瀬由香里(清水葉月)は、母の病の再発をきっかけとして、自分をとりまく環境に疑問を持ち、それらを変えようとする。だが周囲の人間は優しさから彼女の行動を止めるのだ。その優しさに由香里は違和感を感じる。

 この3話は少しずつ関連しているが、はっきりとその関係が示されないままの物事もあり、謎はいくつも残る。例えば、山田不二夫と輝夫は兄弟だが、彼らの間には何か事件があったらしい。その事件が不二夫を苦しめる。3話には全て二階堂桜(小野ゆり子)が登場する。「あやつり人間」の時点で桜は、寄木細工職人見習いだ。「箱詰め男」こと不二夫が入るコンピュータの箱は、寄木細工である。そして「箱詰め男」のように、コンピュータになってしまった男のことを、由香里の母、百瀬みゆき(千葉雅子)が夢に見る。これらの間にあるつながりは、今後どこかで書かれるのかもしれないが、想像してみることで、より観客の不安さは増す。正解が与えられない、という状態も不安定だ。3つの物語達は不安の小さな芽を目ざとく見つけて、こちらに差し出してくる。

 物語も終わりに近づいている頃、私は体調が悪かったのだろうか、体の冷えを感じた。汗がだらだらと流れ出した。必死で平静を保とうとした。もしここで、私が辛さに耐えられず急に席を立ってしまったなら。それは舞台上で演じられている世界を壊すことになってしまう。やってはならない。しかし輝夫に倣うなら、私が衝動に従うことで、何か重要なことが起こるのかもしれない。
 この経験から意味を見出すならば、いつでも安心して観客でいられる時間は、実は当たり前ではないかもしれない、ということか。観劇空間の静寂を乱す何かが、いつ襲ってくるとも限らない。

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