(劇評)『劇処』たま子の希望

この文章は、2016年10月22日(土)18:00開演の劇団ドリームチョップ『笑ってよゲロ子ちゃん』についての劇評です。

 『笑ってよゲロ子ちゃん』は、高校教諭の兵藤友彦によって、高校演劇のための作品として書かれた。その戯曲に井口時次郎が潤色、演出を行い、井口が主催する『劇団ドリームチョップ』の第16回公演作品として上演した。大人の社会を想像するしかない高校生ではなく、社会の現実を知った大人が演じる。このことで、高校演劇コンクールでの上演を前提としていた元々の雰囲気とは、随分違うものになっていたのではないか。

 舞台となるのはローカルコミュニティラジオ局。誰も聞いていないことが明らかとなった番組『ウーマンズナウ』は、新井康平(長山裕紀)プロデューサーより打ち切りを宣告される。しかし己の生活がかかっている加藤千佳(岡本亜沙)ディレクターは継続を願い、苦し紛れの新企画を立ち上げる。それが、セーラー服姿にカエルの頭を被った「ゲロ子ちゃん」の都市伝説化である。ゲロ子役には、番組内で失敗し、気弱に謝ることしかできないADの村山たま子(古林珠実)が当てられる。アナウンサーの竹内あかり(根埼麻依)は保身のため加藤ディレクターに追従。たま子と同期入社のAD、中村銀二(宮下将稔)はためらうものの、加藤からのパワハラに逆らうことができない。ラジオが好きで良い番組を作りたいという願いと、上司に立ち向かうことが許されない状況。この二点から、たま子はゲロ子としての生活を始めることになる。

 「ゲロ子ちゃん」はさっそく話題となり、ラジオリスナーからハガキが大量に届くようになる。ゲロ子が誕生してから一週間後、たま子が被り物姿のままスタジオに駆け込んでくる。スタジオに来た理由を尋ねられ、「銀二君の声が聞きたかったから」と返す。彼の声を聞いて安心したのか、たま子はゲロ子になりきるため、自分の財布を銀二に預けて、また外へ出ていく。
 最初は単なる目撃情報だった。しかし半年を経て、リスナーからのハガキの内容は、明らかな嘘を交え、エスカレートしていく。「ゲロ子が牛を殺した」「奇形児として生まれたゲロ子は被り物をしている」「レイプされたゲロ子は人を憎んでいる」「ゲロ子は悪魔だ」。大量の反応を喜んでいたラジオ局の人間達も、次第に恐怖を覚えていく。自分たちが生み出した、作り物に後付された情報が、数を増やすごとに本物らしく思えてくる。そして、噂に聞くような恐ろしい化け物になったゲロ子が、自分達の元へ復讐にやってくるのではないかと、怯え始める。

 市民社会には小さな悪意が散らばっている。そのままなら些細な棘のような悪意も、多量に集まると大きな威力を持つ。長期間悪意に晒され続ける人間が、冷静さを保つことは難しいだろう。この社会が良心に満ちたクリーンで快適な場所だとは、長く社会人をやるほどに思えなくなっていく。大人達が演じる井口版の『笑ってよゲロ子ちゃん』にはその不快さがにじみ出ている。

 半年もの間、気弱な女子が財布を持たず、家にも帰らず、生き延びていけるものだろうか。よっぽどの信念がないと、難しいのではないだろうか。だがたま子はその困難を乗り越えた。そこにあったのは銀二への思いだった。自分がゲロ子であることで、銀二は良い番組が作れる。ラジオ番組の窮地を救う希望にされたたま子にとっては、銀二が唯一の希望だったのだ。すがりつくには弱すぎる恋慕という希望は、思い詰めるほどに、いつしか執念にも似たものになったのではないか。
 ラストシーンで、たま子は銀二への素直すぎる好意を表明する。彼は、たま子をゲロ子に変換してしまい怯えていたというのに。彼女は自分の思いを貫くだけで幸せなのだろう。だが、スタジオを立ち去ったたま子が、カエルの被り物を投げ捨てて執着から自由になってくれることを、そして他者から押し付けられ増殖させてしまった悪意を葬り去ってくれることを、願ってやまない。

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