(劇評)難しい選択

ガスぽーと×Coffeeジョキャニーニャ『一杯の親子丼』の劇評です。
2018年6月17日(日)11:00 金沢市企業局ガスショールーム ガスぽーと3階 クッキングスタジオ

 場所は、ガスのショールーム内にあるクッキングスタジオ。4台の調理台と、大きな調理台。調理中の手元が映されるスクリーンまである。大きな調理台とその上のスクリーンに向かい合う形で、観客席が並べられている。という場所で観る芝居というものが、単純に珍しくて楽しい体験だった。そこで語られた物語は、気楽に観られるコメディであった。それでもそこに、ちょっとした問題のようなものは、添えられていた。

 野田(間宮一輝)は料理教室にやってきた。会社の先輩、柏ゆかこ(冨優香子)に、自分は料理が得意だと嘘をついてしまったからだ。パンケーキを一緒に作ろうと誘った手前、教室に習いに来たのだ。しかし、講師が来られなくなり、臨時講師が来るという。メニューはパンケーキではないらしい。しかも、ゆかこはその料理教室の生徒だった。生徒の佐倉(岡崎裕亮)と三芳(春海圭佑)を巻き込み、野田は臨時講師ということにして教室が始まる。メニューは親子丼。テレビで取り上げられたため鶏肉が入手困難となり、材料は一人分しかない。そこに出前の間違い電話が入る。注文は親子丼。注文主は怪しい噂のある建設会社だ。そして彼らの元に、刑事・白井(佐々木具視)が親子丼を求めてやってくる。容疑者の自白に必要だと言うのだ。それでは、と調理を進めていると、香取(宮村優希)も親子丼を求めて飛び込んでくる。弱っている祖父に食べさせたいという。親子丼は作れても一杯だけ。さあ誰に渡せばいいのか。

 誰かの最後の食事になるかもしれない。黒い噂のある建設会社は出前が届かないと店に迷惑を掛けるかもしれない。犯人が自白すれば社会全体の幸福になるかもしれない。個人の問題、地域の問題、国家の問題、どれか一つだけを選ぶのは難しい。劇中でも、ゆかこがまるで選挙演説のような勢いで、それぞれの問題について語り、選択に悩むシーンがあった。
 この物語では地域の問題解決が選ばれた。その理由は、一人だけに利益があるのは不公平だからかもしれないし、身近な問題であったからかもしれないし、国家の問題は大きすぎるからかもしれない。どれをとっても誰かが困る。物語はその後丸く収まっていくのだが、現実はそうはいかない。それでもどれかを選んで決めていくしかないのだ、と少しだけ、考えた。

 実際に親子丼の調理をしながら物語は展開し、白御飯はちゃんと時間内に高機能なガス調理器で炊きあがり、だしと卵のいい匂いが漂った。嗅覚に訴えてくる演劇はなかなか実現が難しいだろう。これらができたということで、面白い試みだった。

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