(劇評)ちくちく、たくたく、流れる時間とともに

iaku『粛々と運針』の劇評です。
2017年6月10日(土)19:00 インディペンデントシアター1st

 運針とは、針を進める動きであるが、作・演出の横山拓也はそこに、時計の秒針の動きを重ね合わせている。
 針や時が運ばれるように、今そこにある問題も、いつか適切な場所へ運ばれていくのだろうか。

 舞台は、対面になった階段状の座席の谷間にある。そこには様々な高さの椅子が全部で10脚。客席両側から見て真ん中の、右端と左端の木製の四角い椅子が最も高い。四隅にある丸い椅子は低めである。木製の椅子の両脇に置かれた、4つの四角い物は何かと思えば、布であった。
 そうっと登場した白い服の女性・糸(橋爪未萠里)と、赤い服の女性・結(佐藤幸子)は、それぞれ2枚の布を持ち上げながら、右端と左端の、真ん中の高い椅子に座る。どこからか取り出した針と糸で、女性たちは布を縫い合わせ始める。

 次に登場するのは、首にギプスをはめた男性・田熊應介(市原文太郎)と女性・田熊沙都子(伊藤えりこ)。二人は夫婦のようである。男性の怪我は車に追突されたものらしい。
 夫婦の対話が一端途絶え、男性が二人登場する。築野一(尾方宣久)と築野紘(近藤フク)。二人は兄弟のようである。二人の話題は、年老いた母の病状と、母にできた恋人らしき存在について。
 二組は、対話する時は中央付近の椅子に、しない時は四隅の椅子に移動する。交互に繰り広げられるどちらの組の対話も、スムーズに進むことはない。相互の理解には至らない。それどころか、問題が別の問題を呼び、対話はすれ違うばかりである。すれ違いの様や、冗談として交えられる言葉などが、笑いを誘う。深刻な話題の中に笑いをまぶせるのは、夫婦、そして兄弟という近しい関係性を表現できているからであろう。

 最初に登場した、結と糸の二人も、高い椅子に座ったまま対話する。結の、桜にまつわる思い出話を、幼さのある糸が聞いている。糸は、話に夢中になるたびに、針を動かす手を止めてしまい、結に優しく注意される。

 対話が進むうちに明らかになるのは、夫婦の本当の問題は、事故ではなく、妻の妊娠疑惑であるということ。
 そして、兄弟の本当の問題は、母の病気と恋人への対応ではなく、母の尊厳死についてであるということ。共通するテーマとして、命というものが浮かび上がってくる。
 交互だった二組の会話は、いつしか同時進行し、混ざり合うようになる。空間を超えて、夫、妻、兄、弟、四者によって激しい会話のやりとりがなされるようになる。
 結と糸は、四人の会話には加わらない。混沌とした成り行きを、心配そうに眺める。糸はこの状況に自責をも感じているようだ。

 命の問題に、誰もが納得できる正解はない。その問題に関わった人の分だけ、正解があるのではないか。二組の会話は、ここでは終結しない。しばらく話しただけで、簡単に答えが出る問題ではない。

 答えを確定せずに留め置いたことで、演者たちは、真ん中を見つめ答えを待つだけだった両脇の私たちも、関係者の中へと導いた。
 これはあなたの問題でもあると、押し付けがましくなく、そっと差し出されたような感覚があった。それは、優し過ぎはしない。しかく決して厳しくはない。何か大きなものに包み込まれるような余韻と共に、残された。

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