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人の心に寄り添える作品をつくる水棲生物画家繁田穂波さん

水棲生物画家としてご活躍している繁田穂波さんにお話しを伺いました。

《プロフィール》
◆出身地:青森県弘前市
◆活動地域:東京都
◆経歴:専門学校を卒業後、新人漫画家として週刊連載を開始
連載終了後は細密画の展示会を中心に精力的に活動をする
ボールペン1本で「その生命から感じ取る息吹」を線にのせて表現する
◆現在の職業および活動:水棲生物画家

小さい頃の夢は全て叶えた!次は、人の心に寄り添えるもの作っていきたい!

記者:夢やVISIONはありますか?
繁田穂波さん(以下、繁田 敬称略):実は、今の時点で昔から思っていた夢や目標は全て叶っているんです。私はずっと絵が好きで、幼稚園の時は画家、小学生の時は漫画家やイラストレーター系の仕事をしたいと思っていました。

それで、青森から上京する時に、25歳までに一人立ちをして個展を開いて、30歳までに独立をしようと思い、それが出来なければ、全部諦めて地元に帰ろうと、自分の中でのダーニングポイントとしてたんです。

今26歳※なんですけど、25歳の年に初個展をやれましたし、今年の2月から独立したので、25歳までの目標は達成したんです。それに、専門学校卒業後に漫画家デビューもしたので、小さい頃の夢は全部叶ってますね。なので、今後の目標を改めて考えている最中という感じです。

※インタビュー当時26歳、現27歳

記者:小さい頃の夢を全て叶えられているって、すごいですね!次の目標を模索している最中ではあるかとは思いますが、今思う中では、次にどの様な夢や目標を描いていますか?

繁田:そうですね。最終的な目標は、地元に県内出身の作家さんの作品が飾られている青森県立美術館があるんですが、その中に飾られるような作家になりたいなと思っています。
あと、30代のうちに画集を出したいとも思っています。人様の目に触れられるものを世に残すことが、親や自分を応援してくれているファンの方への恩返しにもなるかなと。

記者:地元の美術館に飾られたら、本当に嬉しいですね!

繁田:はい。でも、地元の美術館に飾られるというのは「そうなれたらいいな」という感じで、一番は見てくれる人の心に寄り添える作品を作ることですね。今はネットを開けばいくらでも美しいものがあるし、どんどん新しいものも生まれていきます。そんな中で、「そういえば、あれよかったな」といつまでも人の心に残っている、何かフックのあるものが残せたらなと思っています。

やっと叶えた夢と祖父の死

記者:そう思うようになったきっかけが何かあったんですか?

繁田:私は元々、メディアに取り上げられるような商業のイラストレーターとかになりたかったんです。でも、いろんな作品や作家さんと出会う中で、クライアントからの発注があって受け答えするというよりは、自分が表現したいもの・伝えたいものを世に発信して行く方がやりたいんだなということに気付いたんです。それでイラストレーターではなく、画家というアーティストになりたいという気持ちの方が強くなりました。

最近は、死生観や輪廻転生とかをテーマにしています。身近な人の死別とか、そういう悩みや心の傷みたいなものとかに共感して、わざわざ買いに来てくれる方もいます。アートって、世の中に対する不安とか、そういうのを払拭できるものなのかなと思うんです。なので、そういう人たちの感情を代弁することを、絵画を通して出来たらなと思っています。

記者:死生観や輪廻転生というテーマを題材にしようと思ったのはどうしてですか?

繁田:それは、自分の25歳の目標であった初個展の開催中に、祖父が亡くなったことですね。

私は、個展を開くまでに本当に紆余曲折あったんですよ。専門学校卒業後すぐに漫画家でデビューしたのですが半年で打ち切りになり、その後、職につくもなかなか上手くいかず。やっぱりアーティストでやろうと決めた後も、自分に自信がなくなってしまって、能力がなかったのかなと思って地元に戻ろうと思った時期もあったんです。

だけど、やっぱり諦めきれなくて。あと1年間だけ踏ん張ろうと決めて参加したイベントで、初めて絵が売れたんです。それをきっかけに色々やった結果、25歳までに軌道に乗るという夢というか目標が達成されました。そして、個展までやることが出来たんです。

やっと自分の目標にしていた初個展を開催出来た、その最中に祖父が危ないと連絡が来て。私はおじいちゃんっ子だったし、祖父はテイラーで、オーダーメイドスーツを作るような職人だったので、職人的な意味でも私の憧れの人だったんです。

なので、初個展中ではありましたが、お見舞いに一回だけとんぼ返りして、またこっちへ帰ってきたんです。そしたら、その次の日に祖父は亡くなってしまって。個展が終わった後、片付けを友達に任せて急いで地元へ向かいました。

自分がやりたかった個展を片付けの最後までやり切れなかったという悔しさと、祖父を看取れなかったことへの悔しさから死生観や 生きるとか死ぬとかってどういうことだろう、という気持ちをすごく駆り立たせてくれて。

そこからですね。改めて自分がやりたい表現って何かなと考えてみた時に、絵は、心の救済的な気持ちの整理とか、そういったもののためのものなんじゃないかなと思ったんです。そういう意味で誰かの気持ちと言うか、そういった寄り添えるものを作っていきたいなと思っています。

以前、個展に来てくださった方からお手紙をもらったのですが、その方はお子さんを亡くした方で、私が祖父を想って書いた絵を見て、それで救われたと書いてあったんです。すごく嬉しかったし、逆に救われた気持ちになって、私が表現したことが間違ってなかった、誰かのためになったんだなって思い、一番嬉しかったですね。

だから、その一瞬でも、その人の気持ちの代弁や心の安らぎを提供できたなら、それが一番よかったなと思います。

そうそう。話してて思い出しましたが、実は幼稚園から高校ぐらいまで、ずっといじめられっ子で。その辛い時に手に取った絵入りのエッセイ本に救われたんです。それで「私が今度は、他のそういう人のために何かやりたい」と思って、絵本を書こうと思い上京したんです。そう考えると、何か誰かの助けになるようなことをしたいということは、昔から一貫してるかもしれないですね。

                                                                                       繁田穂波さん作      

絵は筋トレみたいなもの。表現したいものを表現できる私の探求。

記者:「人の心に寄り添えるもの作っていきたい」、それを具現化するための目標計画を教えてください。

繁田:私の専門時代の恩師に「5年後、10年後を考えて生きていけば絶対に大丈夫だから」って言われてから、5年毎に考えていて、30までは何となく描けているので、どちらかというと今は35歳、40歳の計画を練らないといけない時期なんですけど、今はまだ色々考えている段階ですね。

直近ではありますが、今年は勉強の年かなと思っています。人の心に残る、心に寄り添うものを作ろうとした時に、今一度自分の表現方法があっているのかというのを考え直しています。表現したいもののために何が必要か、逆に何が私が分かっていないのか。

技術面で言うと、知識を深める新しい表現方法を今は模索しています。具体的には、日本画を習ったり、デッサンを学び直したり。絵って結構筋トレ的なものがあって、やらないと出来なくなるんです。
私は座学よりは実践型なので、とにかくやってみる。普段使わなかったものを使ってみたりとか、新しいやり方を模索したりとか。実際に美術館やギャラリーを見に行って「こういう表現があるんだな」とかを見たり聞いたりしています。

記者:積極的に自らいろいろな情報を吸収していっている時期なんですね。

繁田:アウトプットする仕事なので、そのために今は一生懸命インプットをしているタイミングですね。でもまだ足りなくて、ちょっと旅行とかにも行きたいなと思っています。自分が表現したいものは人間の内証とかなので、いろんな人とのコミュニケーションやいろんな価値観に触れることで作品の幅が広がるなと思っています。なので、メンタル面で言えば、今回のインタビューもそうですけれど、なるべく外に出かけようと思っています。

あとは、表現って、見てくれる人がいるから成り立っていると思うんです。だから、自分の展示を見てくれた方に、プラスの面・マイナスの面全部含めて、どういう感情を持って見て頂いてるのかをヒアリングしてみたりと、いろんな人とコミュニケーションを図っていますね。

記者:なるほど。人と話をすることで見えてくる世界ってありますよね。

繁田:私がコンセプトとしていつも想っているテーマが「ここではないどこかへ」なんです。変な話、常に帰りたいと思ってるんです。ここではないどこかに帰りたい。違う場所に行って、違う人と出会って、違うものを表現していく。逆に色んな所に行くといろんな帰る場所が出来るなと思うので。「ここではないどこか」を常に目指している旅をしていきたいなという感じですかね。

この場所が合わない、というわけではなく、より良いところを目指しているという感じですね。止まるのが苦手なんですよね。常に前進することで現状維持が出来ていると思っているので、常に進んでいたいという意味で「ここではないどこかに行きたい」って思いますね。

どんな人でもあると思うんですよ。家の中にいるのにすごく帰りたい気持ちとか、どこか寂しい気持ちとか。でも、その寂しさが逆に愛しかったりもすると思うんです。夜の公園だったり、終電前の駅のホームだったり、逆に朝の3時4時くらいの道路とか、ちょっと物悲しい空間とか存在とか。それらがすごく好きで、たぶんそれって、寂しさとか、孤独感とか、切なさとかがすごく愛しいんだけど、それをうまく処理しきれてないのかなって。そういうところを共感したいのかもしれないですね。でもその反面、誰にもわかって欲しくないという気持ちもあったりして。そこが多分人間の面白い感情と言うか、ちぐはぐな部分で、未完成で面白いのかなって。

またそれが自分の作品に出てるじゃないかと思うんですね。私も常に変わっていくし成長していくので、そういった意味での変化とかを見てて、面白い反面不安だったりとかっていうのを見てる側も感じてくれてるのかなって思ってますね。

今後の活動について

記者:今後の活動展開はどのように考えていますか?

繁田:個展はやっていきたと思っていますが、それ以外にも、自分が主催で展示会をしたり、自分だけじゃなくって、自分以外の人を巻き込んでどんなことがアプローチができるかという意味も含めて、今は自分のやり方を探しています。作家としてだけではなくて、オーガナイザー的なところでより人と繋がれるかなと思うところはありますね。

今年独立したので、そういう意味では自分が全部責任持てるので、「私にとっての絵画表現ってどこだろう」や「私が普段、人から褒められる事ってどれだろう」というところをちょうど見直しをしてるところです。何が求められているのか、何が人様の役に立つのかっていうところですね。

ただ、ビッグサイトとかでやるような大型イベントなどの即売会に出てましたが、来年以降は出るのはやめようかなと思っています。

理由としては、自分のやりたい表現がより明確になってきたので、そういう大型イベントではちょっと表現しきれないなと感じたんです。自分の本当に伝えたいこと、やりたいことを表現できる場所に腰を据えたいなと思っています。

記者:自分がこうしたいという表現が明確になってきたということですね

繁田:30代に向けての舵を取っていく最中、方向性を定めていく時ですね

記者:それがさっき言っていた「死生観」や「人に寄り添えるようなもの」に固まってきたということですすね。

繁田:はい。人に寄り添える作品を作りたいなって思った時に、例えばファストフード店よりはちょっと落ち着いたカフェに、クラブミュージックとか聞きながらアイスティーとか飲んでもらって、みたいな感じの、よりターゲットが絞られてきた感じですね。

今一番の財産は、応援してくれる家族、友人、お客様。

記者:様々な経験から心の寂しさとか悔しさとかを表現していくことを通して、気づいた事や発見したこととかはありますか?

繁田:そうですね。私は因果応報を信じていて、良い事も、悪い事も、喋った言葉も、全部自分に返ってくると思っています。人にいっぱい感謝できれば、感謝される人になれるって事だと思うし、逆に誰かを傷つけてしまったら、同じぐらい傷を傷つけられるだろうし。

私の作品の原動力は、寂しさや悔しさやその反骨精神だったりもするんですけど、結果的に悲しかったり、悔しかったり、辛かったりというのはバネであって、実際に何かを届ける仕事という意味で、届ける相手に対しては感謝や、逆にこちらから提供できる安心感というものも伝えていきたいと思っています。その方が私も幸せだし、相手も幸せだなと思うんです。さっき言った手紙の話じゃないですけれども、私が誰か思って出す手紙が、そのうち私のもとに帰ってくるかなって思いますね。

それこそ、昔いじめられてた時期とかには無かったのが大人になってやっと手に入ったんです。自分が届けたいものに対して支えていただける友人や両親・親族、絵を買ってくれる人、先輩などいろんな人との関わりが出て来たんです。それが、自分の現時点での一番の財産です

これは、今までネガティブな中で頑張った結果なのかなって思います。ネガティブなことがあったおかげで、そのプラスの方に持っていけるようについてきた結果な気がしています。

それに、いろんなことがあったけど、そういう応援があったから頑張れたのかなって思うんです。落ち込んだ時も、そういう味方の人が応援してくれる。応援してくれる人がいるからまた頑張れるし、頑張った分が、今いろんな形で帰ってきてるのかなって。まだまだこれから伸びていく予定なので、もっとやれることからやっていきたいなって思っています。

記者:貴重なお時間いただき、ありがとうございました!
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繁田穂波さんのご活躍はこちらのURLからご覧頂けます。

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Webサイト
http://shigeta-honami.com/

【編集後記】
取材および編集を担当した牛田、美談です。繁田さん取材にご協力頂き本当にありがとうございました。とても繊細な感性と、力強い行動力が美しいと感じました。これからも益々のご活躍楽しみにしています。

この記事は、リライズ・ニュースマガジン“美しい時代を創る人達”にも掲載されています。

https://note.mu/19960301/m/m891c62a08b36

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