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NiCE(3) コウタからのLINE

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お金に関するフィクション
『NiCE』の3回目です。
本文はそのまま読めます。第1回はこちら
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 ナイス区はもうここにはない。男性からそう言われて、コウタと顔を見合わせる。
「あたしはここに2年前に越してきたんだけどね、ときどき来るんだよ、あんたたちみたいにナイスって場所を探している人。で、あたしがここを買った不動産屋に聞いてみたけどねえ」

 初老の男性が話してくれたのはこういうことだった。この辺りの物件は、3年ほど前にオーナー達が一斉に売りに出したと言う。別荘管理会社が倒産し、その後管理がなされていない別荘地だ。今は別荘もなかなか売れない時代。だから仲介を引き受けた不動産会社はあまり熱心でないところも多かった。しかし、男性が購入した不動産屋は違った。

「『来てみたら、なんかここだけ森も間伐されているし、物件も浄化槽含めてきちんと修繕されて、エコになってるんですよ。ランニングコスト、低いですよ。お買い得ですよ』って不動産が言うんだよ。

 来てみたら、本当にそうでさ。実は外の水道にはあの小川からの水が引かれているし、うちにはないけど、井戸のある別荘もある。電気代も太陽光で安く上がる。家の中で薪ストーブが使えるし、給湯は電気も使えるけれど温熱給湯器もある。風呂もやる気になれば薪で沸かせる。静かだし、管理費もない。物件も安い。買ってよかったなと思ってるんだけど、ときどき変わったお客さんが来るのが玉に瑕だね」

 ニヤリと笑った男性に、臆せずコウタが質問する。
「ここに住んでいた人がどこに行ったかは、わかりませんか?」
「よく聞かれるから不動産屋にそれも聞いたんだけどね。もともと別荘用の土地だし、誰も住んでいなかったってみんな言うんだってさ。それはともかく、あんたたち、ナイスって場所はお金が必要ない場所だって聞いて来たんだろ。そんな夢みたいなこと言ってないで、働いて稼ぎなさいよ」

 帰りのバス代分のチャージがPASMOに入っていない、現金もないというコウタのバス代を立て替えてやり、軽井沢駅まで戻ることにした。
「いやあ、ナイス区がないということを想定していなかったから、片道分しかお金がなかったんです。ゆかりさんがいなかったら困ったところだったな」

 バスの席で隣に座ると、コウタは悪びれずに言った。
「ついでに白状すると、軽井沢駅から東京の家まで帰るお金もないんです。今、口座もすっからかんで。帰ったらバイトしてLINEペイで返すんで、1万円くらい貸してもらえませんか」

 半日一緒にいただけの、返してくれるかもわからない人に1万円も貸せるほど、裕福な暮らしはしていない。しかし、10歳ほど年下の人にそんなことは言いたくなかった。そして、コウタには何か憎めないところがあった。

「今日は平日だし、バスで帰れば軽井沢から新宿や池袋までは2,000円くらいで帰れる。新宿から1,000円もあれば帰れるでしょう? 貸すんじゃなくて、3,000円あげる。でも、それ以上は無理」
 いや、返しますってと繰り返すコウタに、じゃあいつでも良いからと言ってLINEで友達になる。

「ナイス区だったら、こんな風にお金の心配をする必要はなかったんですけどね」とコウタはため息をつく。
「あ、良いこと思いついた。もしナイス区のことがわかったら、私にも情報をシェアしてよ。3000円はその情報料ってことで」

 ときには原稿を書くための下調べで数日飛んでしまうことだってあるのだ。コウタがナイス区のことを調べてくれたら、それを記事にできるかもしれない。コウタが「ナイス区は情報が世に出ないように気を使っている」と言ったことを思い出しながらも、そう考える。
「もちろん、シェアしますよ。ゆかりさんも何かわかったら教えてください」
 もう少し軽井沢でナイス区について調べられないか粘ってみるというコウタに、ATMで引き出した3000円を渡して別れた。

 それが、2ヶ月前のことだ。そして今日、コウタからこんなLINEが届いた。
「ゆかりさん、ご無沙汰しています。5月に軽井沢であったコウタです。実は今、ぼくはナイス区に住んでいます…」

 2ヶ月ぶりに届いたコウタからのLINEには、こんなことが書いてあった。
 どうやらナイス区というのは一箇所ではなくあちこちにあるそうだ。でも、そこがナイス区だと住民以外に公言してはいけないことになっているらしい。そして軽井沢から東京までの交通費をくれたお礼に、コウタが今いるナイス区への行き方を教えるという。ただし、コウタから教わったということは伏せないといけない。そのために、じゃっかんの小芝居が必要だと言うのだ。

「このナイス区に公共交通機関は通っていません。バスは数年前に廃線になりました。なのにゆかりさんがここに来るのは不自然です。誰かが教えたのではないか、ということになってしまいますからね。なので、山菜取りに来て、そのまま迷ってしまったということにしませんか。

 ナイス区の周りには山菜がいっぱいあるんですよ。まだワラビとか、あるはずです。雨が降ると滑りやすくなる場所がたくさんありますが、ナイス区はちょっと怪我してくるくらいでちょうどいいかも、です。なんなら記憶喪失風でも◎です。荷物も、特に何もいりません。何でも誰かがくれますよ。Googleマップのリンクを送ります。もしよかったらきてくださいね」

 (4) に続く

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