見出し画像

舞台フランケンシュタイン-cry for the moon-感想(舞台本編)。

2022年1月に東京・大阪で上演された舞台 フランケンシュタイン -cry for the moon- の感想です。
あらすじを交えつつ、場面ごとにつらつらと感想を書いていきたいと思います。
※副題は自分がわかりやすいように私が勝手に付けています。

1.怪物の誕生

この物語は「怪物」の生みの親である、ビクター・フランケンシュタインの独白から始まります。
不吉な雷鳴と共にスクリーンに映し出される数式、薄暗い実験室に、おどろおどろしい音楽。
ビクターの口から科学用語が流れるように語られ、何か恐ろしい実験が行われているのであろうと推測される中、それが誰かの病気を治すための実験であること、そして苛立つ口調から実験が難航していることがわかります。
ひと際大きい雷鳴が鳴り響いた時、鼓動の音が響き、実験室のカーテンにペタリと手のシルエットが不気味に浮かび上がります。
この夜、ビクター・フランケンシュタインは弟が抱える脳の障害の原因を探るため、死体を繋ぎ合わせた生命体を作り出したのでした。

ここまでが冒頭のあらすじです。
約10分間にも及ぶビクターの独白で、物語の背景と生み出された「怪物」の詳細が語られます。
継ぎ接ぎの体と大きく力の強い右腕、そして子どもの脳を持ち、まだ言葉も話せない「怪物」に、ビクターはあえて名前を付けることはせず「パパ」という言葉のみを教えます。
このシーンにビクターの弟への愛情、科学者としての冷酷さ、倫理観の欠如、そして身勝手さが集約されているのですね…。
自分を「パパ」と呼ばせ、発音が出来た時は大げさなくらいに喜び褒めつつも、「怪物」を実験体として扱い、弟に対するような愛情は一切見せずに麻酔も無しに実験をしようとする。そして愛着が湧いてしまうから名前は与えない。
むごいことを平気で行う冷酷さと、弟に対する愛情深さという相反するものを抱えたキャラクターを、ほぼ台詞のみで表現するのは大変だっただろうなと思いながら観劇していました。

2.怪物の逃走

ビクターによる実験に耐えかねた「怪物」は実験室を飛び出し、何もわからないまま一人外の世界を彷徨います。

「怪物」が実験室から逃げ出した後、シーツを纏って佇む姿がスポットライトに照らし出され、スクリーンには
HIROKI NANAMI in フランケンシュタイン - cry for the moon -
の文字が映し出されるのですが、このシーンの美しさに一気に心を奪われました。
階段上に後ろ姿で登場し、ゆっくりと振り返る七海さんの姿がまるで一枚の絵のよう。衣装は襤褸のシーツ、カツラもぼさぼさ、顔半分には大きなあざが広がり、首にも痛々しい縫合痕が残っているのに、なぜか美しい。
純粋な内面が現れているようなその美しい佇まいと、動き始めてからの少ない動作と視線の動きだけで、何も知らないままたった一人で世界に投げ出されてしまった「怪物」のとまどいや恐怖が表現されているのが圧巻でした…。

3.街の酒場とアガサとの出会い

街のとある小さな酒場では、労働者が唯一の楽しみである酒を飲み、踊り子が魅惑的な踊りを舞っています。その夜は偶然にも新聞記者が取材に訪れていました。
一同が談笑をしているところに、雨雲と共に突然「怪物」が現れます。
その恐ろしい姿に客や店員は一斉に逃げ出し、新聞記者も良いネタが出来たとばかりに「怪物」の写真を撮ってその場を後にするのでした。
腹を空かせた「怪物」は客の残した料理を食べようとしますが、そこに盲目の少女アガサが現れるのでした。

「怪物」が叫びながら酒場に入ってくると、その不気味な姿と恐ろしい右腕に、その場にいた人間は皆驚き、逃げ出します。
ここに登場する人間は全員どこにでもいるような、きっと普段は善良な普通の人達で、だからこそ異質なものを受け入れられず怯える姿に、観客である自分にもそんな一面があるのではないかと思わされました。

言葉による意思疎通が出来ない「怪物」は、まるで動物が威嚇をするように叫びながらも、自分の姿や右腕が人から疎まれる原因であることをおぼろげながら理解します。
「怪物」自身も自らの怪力や状況を受け入れられず、ただひたすら恐れ戸惑う様子が痛々しいシーンでした。

そんな中、ワインを買い求めにアガサが現れますが、その凛とした声とさっぱりとした明るさに、舞台の雰囲気がパッと変わるのを感じました。
アガサは目が見えないので当初「怪物」がいることに気が付きません。床に落とした杖を「怪物」が拾ったことをきっかけにその存在を気付きますが、相手をただ言葉が話せない人間だと思って接します。
「怪物」も最初はアガサの挙動に怯えるばかりでしたが、その口調と優しさに今まで出会った人間とは違う温かさを感じ、縋るようにその後を追います。

アガサとの会話の途中に雨雲が晴れて月が出るのですが、おそらくそれが「怪物」が初めて月を見た瞬間だったのですよね?
月に向かって泣くように吠える姿が印象的でした。
そして「怪物」がその右手で月を指さし、アガサにその方向を教えるシーン。
他人が忌避する右手に優しく触れるアガサの手の柔らかさと体温に戸惑い、じっと触られた腕を見つめる姿に、きっとこれが「怪物」が初めて感じる他人の温もりなのだと、目頭が熱くなりました。

4.フランケンシュタイン家

実験室から帰宅したビクターは、家族と穏やかなひと時を過ごしていましたが、朝刊で自分が造り出した「怪物」がまだ生きていること、そして街の酒場で騒ぎを起こしたことを知ります。
密かに「怪物」の始末を決意するビクターでしたが、そこに召使いのジャスティーヌが取り乱した様子で現れ、ビクターの母の死を告げるのでした。

ビクターの弟であるウィル(ウィリアム)がナポレオンの真似をするところから始まり、この一家の家族構成や状況がテンポ良く説明されて行きます。
お金持ちの家の長男であるビクター、脳に障害があるが素直で明るい性格のウィル、この家の養女でビクターが好意を寄せるリズ(エリザベス)、病床に伏す母親、口煩いが勤勉な召使いのジャスティーヌ。
このシーンでビクターの母親が亡くなり、フランケンシュタイン家の命運が狂い始めます。

ウィルやリズとの会話を通して、ビクターの家族思いな一面と実直な青年らしさが伝わってきます。
家族を大切に思うからこそ、善悪も良心すらも超えてしまう危うさに繋がるのだと、やるせない気持ちになりました(でも倫理観欠如しすぎでは…)。

5.山小屋一家

こっそり「怪物」を家に連れ帰ったアガサは、「怪物」に兄の衣服を与え、“裸足さん”と名前を付けます。
この日はアガサの兄・フェリクスと、アラビアの娘・サフィの結婚式。
「怪物」は物陰から一家の様子を観察し、言葉を覚え始めるのでした。

アガサの家族である祖父のラセー、兄のフェリクス、新しく家族になったフェリクスの妻・サフィが登場します。
異国から来たサフィにはアガサ達の言葉は通じませんが、一家の素朴ながら温かい姿と、フェリクスとサフィの仲睦まじい様子にホッとするシーンです。

この山小屋一家のシーンと、直前のフランケンシュタイン家のシーンは対比になっているのだと配信を見て気付きました。
貧富の格差はもちろんですが、家族としての有り方も。経済的に恵まれているのはフランケンシュタイン家ですが、それぞれが密かに胸に秘めていることや、思惑があるんですよね。
山小屋一家は貧しいけれど、本当に互いを思いやった温かい家庭を築いていて、人にとっての幸せとは何かを考えさせられるというか。
山小屋一家は結婚で家族が増えるけれど、フランケンシュタイン家は家族を失うことで今後の両家の命運が暗示されているのかなと思ったりしました。

6.墓前でのプロポーズ

ビクターの母の葬儀を終えたフランケンシュタイン家。
義理の母を亡くし再び天涯孤独になってしまったと嘆くリズに、ビクターはプロポーズし、二人は婚約します。

このシーンは旧約聖書「ヨブ記」の19章25節の朗読から始まります。
なぜヨブ記???と思ったのですが、原作はヨブ記に影響を受けているのでは、という見方があるようですね。
短期間で文字を覚え、たどたどしくてもヨブ記を読めるようになる裸足さん、すごすぎる…。

母の死によって人の命について改めて考え、自分は一体何をしてしまったのだろうと初めて自分の行い(実験)を後悔するビクターと、
墓前で母に「立派な大人になるから安心して」と約束するウィルの純粋さと、
フランケンシュタイン家の養女となる前の生活を思い出すと夜も眠れなくなる、と想いを吐露するリズ。
三者三様の想いが交錯する場面です。

原作を読んでいたために、すっかりリズが天使のような人物だと思いこんでいたのですが(実際見た目は天使)…ここで初めてリズに違和感を抱きました。
嬉しくて感情が抑えられないから指輪を見せて回っても良い?と、リズがビクターに尋ねるのですが、いくらプロポーズが嬉しいからって、恩のある義理の母が亡くなった日に、知人友人に婚約指輪を見せに回ろうって発想になるか?と。
さっきまで死を悼んでたはずなのに、切り替え早すぎるでしょ、と。
それでもまさかあそこまでとは思っていなかったのですが…人間って怖いですね。

7.言葉の習得

山小屋一家の家の近くに住み着いた「裸足さん」は、毎日アガサの元へ通い、驚くべきスピードで言葉を習得していきます。
「裸足さん」に言葉を教えるアガサ、目の見えないアガサのサポートをする「裸足さん」。
お互いの足りないものを補い合う二人は、いつしか信頼と温かい感情で結ばれるようになります。

まるで子どものように知識を吸収していく裸足さん、覚えるのが早いと褒められた時のドヤ顔が最高に可愛くて天使でした。
うんうん、書けたねえ、すごいねえ、えらいねえ、可愛いねえええ…と心の中のおばあちゃんが覚醒した。あんな孫が欲しい(何を言ってるんだ)。

リンゴのスペルを間違えずに書いた時に自分で「すごい!(すごいって褒めて)」と言う台詞があるのですが、これは初めて「パパ」という言葉を覚えた時に「すごい、すごいじゃないか!」とビクターに褒められた記憶がどこか片隅にあったのかな…うう、切ない。
リンゴが出てくるのはアダムとイヴからなのかな…ヨブ記とかミルトンの失楽園とか出てくるので意味がありそうな、なさそうな。

その意味を本当には理解しないまま、大切なアガサに
「アガサ、あいしてる!」「アガサ、こいびと!」
と告げてはしゃぐ姿がまさしく"大きな子ども"で、七海さんの表現力よ…。

8.判事とリズの密会

誰も訪れることのない湖のほとりにある廃屋・通称"幽霊屋敷"に、街のただ一人の判事であるダニエルとリズがやって来ます。
リズはビクターと婚約をする一方で判事と関係を持ち、二人は密会を重ねていたのでした。
更にリズはビクターに対しては何の感情もなく、ただフランケンシュタイン家の資産が目的で結婚をすること、そしていずれその資産全てを自分の物とするつもりであると告白します。

リズ…お前…そんなキャラやったんか…(すっかり騙された顔で)(動揺のあまりエセ関西弁)
判事もリズの企みを咎めるどころか「そんなことしたらお前…俺たち大金持ちじゃねえか!」って、判事としての良心とは…。
純粋な裸足さんとアガサを見た後にこの二人のやり取りを見ると、人間は愚かだ…(主語が大きい)と暗い顔をしたくなりますね。

9.拒絶

アガサが街の図書館から借りてくる本を読んで、言葉だけではなく様々な知識を身に付けた「裸足さん」。
お互いを思いやることで絆を育んだ二人は、その距離を縮めていきます。
アガサは「裸足さん」を自分の家族に紹介するので、これからは家族として一緒に暮らさないかと提案しますが、ラセー達家族は「裸足さん」の外見に驚き、拒絶するのでした。
揉み合いとなり、図らずもフェリクスに暴力をふるってしまった「裸足さん」は謝罪を口にしながら姿を消し、一家も家を捨てて別の場所へと移ってしまうのでした。

このシーンの冒頭で、裸足さんが本を抱えるアガサに向かって「ごめんアガサ、僕持つよ」(微妙に違うかも)と話しかけるのですが、突然のイケボに動揺したのは私だけじゃないはず。
初観劇時は心の準備が出来てなさ過ぎて、思わず「ヒェッ」って言いそうになりました(ギリギリ堪えた)。あの声はもはや武器。
ついさっきまで「こいびと!こいびと!」ってはしゃいでいた子どもはどこに行ったんだ…と成長の早さに震えました。
もうすっかり言葉を習得して青年らしくなり、冗談まで言えちゃう裸足さん。更にラテン語まで読もうとするとか、学習意欲が高すぎて爪の垢を煎じて飲みたいです。

そして自分をからかう子どもの真似をするアガサもイケボ…うっかりときめいちゃうから不意打ちで男役スキル発動するのやめて欲しい…(いいぞもっとやれ)。
そうそう、アガサに心無い言葉を掛ける人も腹立たしいのですが、この場面で一番許せないのは図書館職員ですよ。利用者の目が見えないからって商品カタログとか案内もなしにラテン語で書かれた本を貸し出すって有り得ないでしょ、図書館の理念はどうしたんだ!!!と言いたくなりますね…いやこの後の展開のためとはわかってるんですけど…。

ラセーとフェリクスの言動はアガサを守ろうとして…ということはわかっていてもつらい。お願い、話を聞いて!殴るなら私を殴って!(誰だよ)と、止めに入りたい気持ちでいっぱいでした。
悲痛な声で謝り続ける裸足さんと、裸足さんは友達なのだと必死に訴えるも無理矢理連れて行かれてしまうアガサの泣き声が悲しくて。
このあたりから劇場内でもすすり泣く声や鼻をすする音が聞こえ始めましたね…。横の人が大丈夫ですか?と声を掛けたくなるくらい号泣していて心配になったりしました。

10.初めての友人

アガサの元を離れた「裸足さん」は、幽霊屋敷でウィルに出会い、友達になります。
判事とリズの密会現場を覗きに来ていたウィルに誘われ、共に不貞行為を覗き見る「裸足さん」でしたが、ジャスティーヌがウィルを探しにやって来たことで幽霊屋敷の中に慌てて身をひそめます。
運悪く「裸足さん」は二人に見つかってしまい、判事はその姿に驚いて銃口を向け、助けようと割って入ったウィリアムを誤って銃殺してしまいます。
「裸足さん」はその場を逃げ出し、屋敷の外にいたものの状況を察し、判事の顔を見てしまったジャスティーヌも命からがらその場を去るのでした。
残されたリズはジャスティーヌに罪を擦り付けるための計略を練ります。

自分の右手を怖がらず友達になろうと言ってくれるウィルの存在は、裸足さんにとってすごく救いだっただろうなと思うのですよね…。
家族やジャスティーヌとの繋がりしか描かれず、学校にも通えていない様子から、恐らく同年代の友達がいない(か少ない)であろうウィルにとっても、きっと裸足さんは出会ったばかりでも大切な友達だったはずで。
だからこそ大切なお母さんの形見をあげようとしたし、秘密を共有したり、ピンチに駆けつけたりもしたのでしょうね。本当に良い子。
もっと深い友情を育めたはずなのに、おのれダニエル、考えなしのお前のせいで…と言うか後先考えずに発砲したり倫理観が欠如してたり、なぜ君は判事になったんだ…どう考えても向いてないよ…。

11.ジャスティーヌの逮捕

ウィリアムの死体が発見され、フランケンシュタイン家に警察官がやってきます。
ジャスティーヌが事件当時犯行現場にいたと発言したこと、ウィリアムの高価なネックレスを所持しており、更には部屋から拳銃が発見されたことから、ジャスティーヌは警察に連行されます。

このシーン、いまだにわからないことがあるんです。
なぜジャスティーヌはすぐ警察に駆け込まなかったのでしょうか?
気が動転したのか、話したら自分も殺されると思ったのか、ウィルにちゃんと付いていなかった自分が罰せられると思ったのか…真っ先に警察に行っていれば、濡れ衣を着せられることはなかったかもしれないのに、と、それだけがずっとモヤモヤしています(後々の展開のためだけだったらどうしよう、いやまさかそんなことはないと思いたい)。

そしてリズが怖い。
ジャスティーヌに泣きつくふりしてポケットに形見のネックレスを入れたんですよね…?更に同情心を煽って発言を促して、そのまま自白に誘導するとか、鬼の所業じゃないですか。怖すぎる。
(警察官も「話は署で聞く」って言ったんならちゃんと聞いてあげてよ…)

12.ビクターとの再会

わずかな手掛かりを頼りに「裸足さん」はビクターの元へたどり着きます。
自分を家族として受け入れて欲しいと懇願する「裸足さん」をビクターは拒絶し、もう一人同じような”家族”を造る代わりに、どこか人間のいない場所で暮らすことを要求するのでした。

ビクターとの再会を果たした裸足さんは、初めてはっきりと自分の生い立ちを知ります。
自分は化け物ではなく感情を持つ人間だ、だから家族として受け入れて欲しい、フランケンシュタイン家に住まわせて欲しいと懇願する裸足さんでしたが、ビクターはそれを拒否します。
当初は人間のいない土地(グリーンランド)にでも行って、一人で暮らせと裸足さんを突き放すビクターでしたが、その悲痛な訴えを聞いてもう一人の「怪物」を造ることにしたのでした。

裸足さんの
「外は寒いんだよ、怖いんだよ。…雨って冷たいんだよ」「僕はずっと一人だった」
という切々とした訴えに堪え切れず泣く人続出。もちろん私も。
…なぜビクターはここまで裸足さんを拒絶するのかな、とずっと疑問に思っていたのですが、ビクターは裸足さんが言葉を覚えたことも知らなかったし、酒場を襲ったという新聞の報道を鵜呑みにしていたからなのですかね。
裸足さんをこの世から消し去ることが、怪物を造り出した自分の責任だと思っていたのか…そうだとしてもあまりにも非情ですけども…。

13.裁判

ダニエルによって、弁論の余地も与えられないままジャスティーヌには非情な判決が下され、すぐに刑が執行されます。
ビクターは屋敷で弔うという口実でジャスティーヌの亡骸を引き取り、新たな「怪物」を造るためにその脳を利用するのでした。

このシーンはジャスティーヌの
「これが人間のすることですか!裁判長、あなたは人間じゃない!」
という叫びがもう…“見た目は人間でもあなたは化け物だ”という、この物語の本質を突くような台詞だったなと感じました。
最期の瞬間の絶叫も聞いていて苦しくなってしまう…。ジャスティーヌはリズが黒幕であることには気付いていたのでしょうか。あまりにも残酷な事実だから、いっそ気付いていない方が良いのかもしれないですね…。

14.親子の会話

もう一人の「怪物」を造るため、ビクターと「裸足さん」は実験室で準備を進めます。
初めてじっくりと話す内に、少しずつ二人の心の距離が近付いていきます。

準備を進める間だけの、束の間の穏やかな時間に交わされる会話。
科学の知識だけでなく、お互いの愛する人について話したり、裸足さんの生まれた時のことを話したり…このまま親子として関係を築くことも出来るのではないかと思ってしまうようなシーンでした。
このシーンでは裸足さんの「好きってどういうこと?」という台詞があるのですが、裸足さんは知識としては知っていても実際の経験や感覚とは大きな乖離があって、そのアンバランスさが切なくて、愛おしいです。

15.もう一人の「怪物」

ビクターは「裸足さん」のためにもう一人の「怪物」を造り出します。
大人の脳を持って目覚めた「怪物」は人間への激しい憎悪を抱いており、その様子に危機感を抱いたビクターによって殺されてしまうのでした。

詳しくは後編で書くのですが、「怪物(女)」が目覚めた時の動きや喋り方がジャスティーヌそのもので鳥肌が立ちました…。
それにしても生前は冤罪で処刑され、脳を勝手に使われて甦ったのにすぐに殺され、一体ジャスティーヌが何をしたと言うんだ…あまりにもむごい仕打ちでした。
ジャスティーヌは判事に対して「あなたは人間じゃない」と言うのに、怪物(女)は自分の姿を見て「化け物」と言うのが皮肉だなと。
喪失の瞬間の裸足さんの絶叫が未だかつて聞いたことのない声で、ここから舞台の終わりまでは息もつけないくらいに引き込まれました。

16.幕切れ

再びフランケンシュタイン家を訪れた「裸足さん」は、エリザベスと鉢合わせます。
ウィリアム殺害の際の目撃者を全員処分する計画を練っていたエリザベスは「裸足さん」に銃口を向けますが、そこにビクターも帰宅。
「裸足さん」の証言によって事件の全容が明らかになりますが、ビクターはエリザベスの凶弾に倒れてしまうのでした。

リズはね…お金が目的なだけなら、ビクターと結婚するだけでも充分に豊かな生活が出来たと思うんですよ。それでもここまでしてしまうのは、結局は自分以外の人は信用出来なくて、いつかその生活を失うことが怖くて仕方がなかったのかなと思いました。同情は出来ないけれど、幼い頃の壮絶な体験で歪んでしまった淋しくて可哀想な人だったんだな、と。
ダニエルが出頭したのは、利用されるだけ利用されていつか自分も殺されるかも?という思いがあったからなのか(実際冗談だとしても銃口を向けられたりしましたし)とも思ったりしました。良心の呵責とかではなさそう。
そして私はこういう時に冷静に弾数を数えてしまうのを止めたいと思いました。

リズが逮捕された後の、たった一言「愛してる」と言って欲しかったと泣く裸足さんの語り掛けに胸が潰れそうで…。
最初に酒場に現れた時も、そしてビクターが死んだ時も裸足さんは「パパ」と叫ぶのですが、同じ叫びでも裸足さんの成長によってこうも表現が違うのかと舌を巻きました。
舞台冒頭はただ動物の鳴き声のような本能的な叫び声だったのに、最後は悲しみに満ちた人間の慟哭になる変化が本当に見事で、舞台役者だけでなく声優をしている七海さんだからこその演技だと思いました。

17.再会

ラセー達一家は新天地を求めてグリーンランドに移住することになりました。
移住地に向かう途中、アガサの耳がスイス民謡の「おおブレネリ」を捉えます。それは確かに聞き覚えのある「裸足さん」の歌声でした。
離ればなれになっている間にアガサからそれまでの話を聞いたラセー達は、「裸足さん」にかつての仕打ちを謝罪し、共に移住することを提案するのでした。

一家で移住先に向かう途中、ラセーが今夜は満月だからだと、空を指差して「月はあのあたりに見えるんじゃないか?」と話すシーン。
この台詞の時にアガサがとても切ない表情で小さくため息をついて、すぐに自分に何かを言い聞かせるように前を向くのですが、その表現がすごく好きでした。
家族の中でアガサだけは月の場所がわからず、もう裸足さんと言う目になってくれる存在もいない寂しさ、初めて裸足さんと会った日を思い出す切なさ、それを言っても仕方のないことだと諦める苦しさ、全てがこもっているように感じました。

続いて裸足さんとアガサの再会シーン。
まずこんな悲しい「おおブレネリ」あります…?トラウマになりそうなくらいのもの悲しさで、私の涙腺はもうダメでした。
その声を頼りにアガサが裸足さんに駆け寄るのですが、初めて歩く土地で杖を投げ捨てて動くって、ものすごい恐怖だと思うんですよね。実際すぐ近くに断崖絶壁があるわけですし。
それでもためらいもなく駆け寄るところに、アガサの必死さと裸足さんへの信頼が見えて私の涙腺はもう(略)。

ラセーとフェリクスの裸足さんへの謝罪も胸を打ちます。
本来とても心が温かい人達であることがわかる、真摯な謝罪。そして家族として一緒に移住しないかという優しい提案。
更にはフェリクスが裸足さんに掛けてあげた上着が、フェリクスのお父さんの形見だと聞いて、いったいどれだけ泣かせる気ですか…裸足さんに素敵な家族が出来て本当に良かった。

そしてアガサが裸足さんに想いを伝えるシーン。
劇中では何度も「愛してる」という言葉が出てきますが、最も実感が伴った、心のこもった「愛してる」をこの二人の口から聴けて幸せでした。
アガサに「愛してる」と言われた時の、裸足さんの最初は驚いたような、意味を理解した瞬間は胸が詰まったような、そしてじわじわと喜びが溢れてくる表情の変化が素晴らしくて、何度見ても泣いてしまいます。

最初に酒場で二人で月に照らされるシーンと、最後に二人で月に照らされるシーンで、こんなにも状況が変わるのだなと感慨深かったです。
どちらのシーンも幻想的ですごく美しかった…ブロマイド化してくれてありがとう公式さん愛してる…。

感想まとめ

舞台の上演が発表されて原作小説を読んでいた時には

舞台のホームページを見ると、既存のイメージを覆すような「麗しい怪物像」と書かれているので、必要以上に美化されているのではと少し不安ではありますが…

https://note.com/saya_favorites/n/n90fd6446de3f

などと書きましたが、実際に舞台を見てみると、人間の愛憎が痛々しいほど真っ直ぐに描かれたとても素敵な作品でした。
愛がテーマの物語と公式や七海さんが仰っていましたが、人や場面によっても全く違う愛の対比の物語だったなと思います。

胸を裂くようなシーンも多く何度も涙しましたが、優しく美しい終わり方で観劇の後には大切な人への想いが溢れるような温かい気持ちになりました。
2022年最初の観劇がこの作品で幸せでした。
素晴らしい作品をありがとうございました。

長くなってしまったので、各出演者・キャラクターの感想は次の記事に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?