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「疾病とは妄想であり、気づきは治療である」

「疾病とは妄想であり、気づきは治療である」

とは、インドのホメオパスのラジャン・サンカランの言葉。

どういう意味なのかというと

現実に起きた出来事に良いも悪いもありません。
ただ「起きた」それ以上でも以下でもありません。

しかし、人は自分の未消化の傷や思い込みを通じて起きたことから感情を揺らされ
その結果「目の前で何が起きているのか」を判断します。

例えば
上司が同僚を叱り飛ばしていた。
何が原因なのかとか分からないけど、怖くてたまらない。
そして「次は自分なんじゃないか」と恐れおののき
上司の機嫌を取ってしまう・・・。

なんていうのはまさに「その人らしい」反応であり
反応の中枢にあるのは未消化の傷やら思い込み。

次は自分じゃないかと恐れる状況こそ「妄想」
そして、その妄想を引き起こすトリガーとなる未消化の傷などこそが病気の原因。

そして「そうか、私はああいう傷を持っているから、誰かが怒ると次は自分だって妄想しちゃうのか」っていう事に気づくこと。
自分が現実をどのように感知して、どのような反応するか?に気づいていくこと、この気づきこそが治療
この気付きこそが、自分を苦しめる妄想から自由になるキッカケという訳です。

サンカランが言いたいことはこういう事。

この考え方は、進化占星学では「月」を通じて表現されています。

入り口は色々あっても真理がたどり着く場所は同じですね。

そして自分が抱える傷やら思い込みという妄想の原因の波動と共鳴する病気に罹るというわけです。
ですので、病気を治したいなら自分の中にある原因を明らかにする事が必要で
その方法が感情の感じ切りです。
※ 他人によって原因を明らかにすることは出来ません。
その理由は、その人の気づきや学びを奪う事になるからです。

*    *

私たちは現実に起きた出来事を通じて、自分の魂の願いに気づき、自分だけが持つ才能や個性に気づいていく。

それが本来の「出来事」の役割。

しかし、過去世から持ち越された未消化の感情があれば、この現実は「過去世から持ち越された未消化の感情の昇華」のために、まずは利用される。

まずは私達は出来事を通じて、過去世から持ち越された感情を再体験し

出来事から様々な感情を揺らされて、持ち越された感情をしっかり味わうことになる。

そして、この過去世から持ち越された未消化の感情に取り組み、未消化の感情の質量が減ったところで

出来事から自分の魂の願い、個性や才能に気づける。

<ご注意>
今回は、持ち越された感情を昇華すると、魂の願いなどに気づける、という一つのパターンを書きましたが
この過程は同時進行だったり、魂の願いに気づくから未消化の感情に向き合う過程が始まる、など人によってパターンは様々です。
しかし、結局のところ未消化の感情を昇華しないと、本格的に魂の願いの実現に取り組めません。

*    *

私たちが「不幸」と感じられる出来事の多くは、未消化の感情が強化され「昇華せざる負えない」段階であることを示します。

病気、ケガ、事故、人間関係のトラブルなど放置できない状況に追い込まれた時
人は本気で自分の感情に向き合い不幸の原因である未消化の感情を感じ切り、終わらせル事が出来るからです。

しかし、まだまだ現時点では病気は病院で悪いところを取ればいい、薬で抑えればいい
事故が続くのは悪い霊のせいだからお祓いすればいい、のような

原因を外側にもってきて、外側を変えること、それが解決策という考えがまだまだ優勢です。

病気やトラブルの原因は外には無い、すべての原因は自分にあり、未消化の感情を昇華することで根本解決が出来る。

「気付きは治療」それが当たり前になったらいいな、と思っています。

改めて、感情の感じ切りは重要です。

※ 魂の願いの実現=健康、という考え方なので
身体的不調や制限があることで魂の願いを実現できることもあります。

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