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野犬ちゃん

始業後すぐに第一工場を社用車で出た。

15分ほど川沿いの道を走り、工業地帯のさらにその先、橋一本でつながった人工島にある第二工場に着く前に、申し訳程度に作ったものの人があまり寄り付かない、寂れた緑地公園の駐車場で少し時間調整をした。

エンジンを切ると、ぼくの車の後ろを黒い犬が右から左へ歩いていくのがサイドミラーに映った。

雨が降っている。

ちょうど、そう、ノンと同じくらいの背格好。

黒い犬の後ろ10メートルくらいを、今度は茶色の雑種然とした犬が歩いていた。

見ていると、先の黒いほうが立ち止まり、後ろを振り返って、茶色がちゃんと付いてきているか確認しているようだった。

降りしきる雨。二匹とも背中が濡れている。

ノンは、保護犬だった。

保護される前はどんなだったのか、保護された経緯は県営のその譲渡施設では教えてもらえなかった。

うちにきたのは生後半年ほどの頃だった。

駐車場の向こうにはぼくの車以外にもう一台、ワンボックスカーがいる。運転席の様子は雨のせいでよく見えない。その雨は数分おきに強くなり弱くなりを繰り返す。いつの間にか二匹の姿は見えなくなっていた。

工業地帯の外れ。立地企業が増えてはいるが、草の生い茂った広大な空き地もまだまだ目立つ。そして人のあまり寄りつかない同じような緑地帯がいくつか。

もしかしたらと、思う。

あれはノンだったのかもしれない、と思う。

強い風が吹き、大粒の雨が斜めに降っている。フロントガラスに当たる雨粒が右上から左下に流れる。

どこか雨をしのげる場所はあるのか。

彼らに食べるものはあるのか。

5年くらい前まで、ぼくはその第二工場に勤務していた。

一度、女性が二人、A4のコピー紙に印刷したチラシを持って工場の事務所を訪ねてきたことがある。

このあたりの野犬が仔犬を産んだみたいだという情報をいただきまして、私たちはそれを保護しょうとしています、見かけたらこの電話番号まで、

と彼女らの一人はチラシの一部を指差した。保護団体らしき名前が書かれていた。

ええ、仔犬だけなんです、成犬は保護をしてもまず人に懐かないので。

ぼく自身時々人工島のなかで野犬を見かけることはあった。職場の駐車場のすみ、木製のパレットが何段にも積まれた陰で寝そべっているのを一度ならず目撃していた。

目が合うと、どこか気持ちが通じるような表情を見せた。人と暮らしていたこともあるのだろうか。

それでも(仕事中なので)仕方なしに間合いを詰めると、面倒くさそうに立ち上がり、ぼくのほうを振り返りながら向こうへ歩いていってしまった。

女性たちが訪ねてきた数日後、空き地の横で車に犬を乗せようと格闘しているらしき人の姿があった。

ぼくが保健所に電話をする人間だったなら、きっと仔犬たちの命は早かれ遅かれ、消えてしまったのだろう。

工業地帯の外れ。

橋一本でつながった人工島で暮らす犬たち。

そこまで記憶をたどったところで時間がきた。車を駐車場から出して仕事に戻った。

雨はまだ止みそうになかった。

正しいことはどこにあるのか、と考えてみたけれど。

人間の考える正しいことなんて、きっと人間にとって正しいことなのだろう。


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