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東アジアのコクガンの現状 -論文紹介-

2017年から実施してきたコクガンの発信器による追跡の成果が、ガンカモ類の専門誌 Wildfowlに掲載されました。

Sawa Y, Tamura C, Ikeuchi T, Fujii K, Ishioroshi A, Shimada T, Tatsuzawa S, Deng X, Cao L, Kim H, Ward D. 2020. Migration routes and population status of the Brent Goose Branta bernicla nigricans wintering in East Asia. Wildfowl Special Issue 6: 244–266.

今回の Special Issue 6は、東アジアのガンカモ類の渡りと個体数推定の特集です。中国科学院のCao Lei教授が中心となり進めてきた、ガンカモ類の渡り追跡の大規模プロジェクトの成果をまとめています。
コクガンの他、オオハクチョウ、コハクチョウ、コブハクチョウ、サカツラガン、ヒシクイ、ハイイロガン、マガン、カリガネ、ヨシガモについての成果がまとめられており、かなり読み応えのある内容になっています。

コクガンでは、以下の3つをまとめました。

① コクガンの渡りの追跡
② 東アジアにおけるコクガンの重要生息地
③ コクガン個体数推移

■ コクガンの渡り追跡

2017年、2018年に野付湾で発信器を装着した個体のうち、有効なデータが得られた10羽の渡りについてまとめています。
秋の渡りでは、野付湾に飛来した個体は、北朝鮮、下北半島、志津川湾、気仙沼など、各越冬地へと渡ったデータが得られました(下図左)。
一方、春の渡りでは、1例だけ9月まで追うことができ、オホーツク海を縦断して渡る様子が明らかになりました(下図右)。

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ここで最も重要な成果は、野付湾のコクガンが、中国大陸に渡っていったということ。

以下の記事でも解説していますが、野付湾には秋の渡り時期に8600羽が飛来します。しかし、そのうち日本国内での越冬数は2500羽と推定されています。残り6000羽は中国大陸に渡って越冬していると推測されていますが、中国、朝鮮半島でのコクガン越冬地が解明されていないのです。

渡り鳥を調べる!!コクガン標識調査の成果のご報告

今回の結果から、「野付湾から中国方面に渡るルートがある」 そして、「中国、朝鮮半島にまだ明らかになっていない越冬地が存在する」ということが明らかになりました。
それと同時に、野付湾は東アジアに飛来するコクガンのほぼすべてが集結しているだろうということが改めてわかりました。

一方で、春の渡りは残念ながら、繁殖地ではないところにコクガンが行ってしまいました。この段階では渡りの全貌は明らかにすることはできませんでした。

■ 東アジアにおけるコクガンの重要生息地

2つ目は、ロシア、日本、北朝鮮、韓国、中国のコクガンの記録を秋、冬、春のシーズンごとにまとめました。

主なソースは、ロシアは1980年代の記録、日本は2014-2017年の記録、北朝鮮は文献2~3こ、韓国は全国的な水鳥調査の結果、中国は沿岸域の水鳥調査の結果を用いました。

その結果、コクガンの東アジア個体数推定値の1%を超える数(65羽)が飛来する生息地は、現段階で26つあることがわかりました。
内訳は、極東ロシア:7、日本:16、朝鮮半島:1、中国:2です。

生息地

しかし、ロシアは情報が古くさらなる調査が必要です。特に、春の渡りではマガダン周辺を中継しているはずですが、文献ではどれくらいの数が通過しているのか確認ができません。重要な生息地が含まれているはずで、今後の調査が必要な地域の一つです。

また、北朝鮮の元山市で秋の渡り時に150羽が確認されており、朝鮮半島東海岸は中継地がもっとあるのではないかと思われます。韓国では、全国的な水鳥調査がされていますが、越冬期の確認数は数羽のみとなっています。さらに越冬期の調査が主ですので、秋の調査も望まれるところです。

中国では断片的にコクガンの越冬が記録されているのみで、定期的な飛来地は確認されていない状況です。

今回特定できた26つの重要生息地は、コクガンの生息地のうちほんの一部しかカバーできていないと思われるので、今後、渡りルートの解明とともに生息地の状況を明らかにしていかなければなりません。

■ コクガン個体数推移

最後に、コクガンの個体数推移を解析しました。
解析したデータは、以下の通り。
・越冬期の個体数推移
  →【日本】ガンカモ類全国一斉調査
    1998-99年~2018-19年シーズンのデータ
  →【韓国】全国水鳥調査
    1998-99年~2018-19年シーズンのデータ

・秋の渡り、春の渡りの個体数推移
  →【日本】モニタリングサイト1000ガンカモ類調査
    2004-05年~2017-18年のデータ

越冬期の個体数推移の解析の結果、日本の越冬数は「増加傾向」が検出されました。一方、韓国は有意な増減傾向は検出されませんでしたが、過去に比べ激減していることがうかがえます。主要な越冬地であった洛東江や光陽市の開発が影響している可能性が考えられます。

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モニタリングサイト1000のデータを用いた、秋、春の渡り時期の解析でも増加傾向が検出されました。
増加の割合はガンカモ類一斉調査のものよりも多くなっています。このひとつの要因としては、日本のコクガンモニタリングの技術が上がってきている可能性が考えられます。
2014年から道東コクガンネットワークにより全国規模のコクガン一斉調査が行われています。それにより、調査員のコクガン発見率があがっている可能性も否定できないと考えています。そのため、増加傾向をうのみにせず、今後のモニタリング結果も見て判断する必要があるかと思っています。

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秋、冬、春と日本では個体数推移を解析するデータがとても充実していますが、その他の国では韓国の越冬期調査以外、利用可能なものがありません。
個体数推移の全貌を明らかにするためには、やはり各国での足並みをそろえたモニタリングが必要になってくるでしょう。

一方で、「東アジアの個体数推移をモニタリングする」という観点では、秋の渡り時期に、野付湾に中国大陸に飛来するコクガンも中継していることがわかりましたので、「野付湾を含めた道東エリアの秋のモニタリング」により東アジア全体の個体数推移をモニタリングできるのではないかと考えられます。

やはり、東アジアのコクガンを理解するためには、野付湾・道東エリアが非常に重要な役割を果たすことがわかります。

■ まとめ

今回は、特集号に合わせて、コクガンの衛星追跡の途中結果も含め、現状をまとめましたが、改めて、まだまだわからないことが多い!ということがわかりました。

今後も発信器による追跡を継続し、渡りルートの全貌、中継地、越冬地、繁殖地を明らかにしたうえで、各地での現地調査を進めていくことが重要です。

まだまだ道のりは遠いですが頑張りたいと思います。

■ あとがき

今回の特集号は、前述の通り、中国科学院が進めてきた大規模プロジェクトの成果の賜物です。規模、内容ともに、圧倒されます。鳥類の研究分野でもいかに、中国が力をつけているのかがよくわかります。
そんな中、この特集号に唯一、中国科学院以外の筆頭著者として滑り込むことができました。

日本もガンカモ類にとって重要な越冬地、中継地をたくさん有しています。もっと、日本から発信していくべきこともまだまだあります。次の特集号は、ぜひ日本から!という思いを抱きつつ、研究を進めていきたいと思います。

2021/1/5追記
東アジアの中で、日本が先行している分野は、モニタリングや市民科学かなと思います。モニタリングサイト1000やガンカモ一斉調査はもちろん、マガン羽数一斉調査、フライングギースなど、様々な市民参加の取り組みがあります。ここら辺はまだまだ中国、韓国には負けていません。この力を活かした特集などができれば面白いと思います。

渡り鳥の研究には、旅費や発信器購入、罠の作成など、そこそこのお金がかかります。もちろん科研費や助成金などを最大限獲得していますが、それだけでは大変厳しく、手弁当も多いです。渡り鳥についてもっと知ってみたいという方々のご支援よろしくお願いします。