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【応募作】ルネの首③

 年下の三人とルネを対面させると、当然ながら子供たちは怯えて叫び声をあげた。
 一番年下のエミルなど、大声で泣き出したくらいだ。
「やっぱダメだよ、生首は。きょうよーとやらよりも必要だろ、カラダ」
『必要ない。人間は知性とコミュニケーションで、社会性を築く生物だ。身体がなくても、社会性は失われない』
「しゃかいせー……」
『そうだ。人との関わりが大切ということだ。このカプセルに入っていれば、生首でもこうして生きていられる。コストパフォーマンスがいい』
「こすとぱふぉーまんす……」
『意味は後で解説しよう』
「そのこすとなんたらがいい生首になって、路地裏で動けなくなってたの誰だっけ」
『さあ、どちら様かな?』
 ルネは堂々としらばっくれた。口の減らない生首である。
 ナオとルネのやりとりがあまりにものん気だったからか、年下の子たちも次第にルネが怖くなくなってきたようだ。距離を取っていたのに、そろそろと近づいてくる。
 顔を覗き込む子供たちに、ルネは得意げに語る。
『僕は君たちの役に立つ、すごい人間だ』
「首って人間なの?」
「首だけなのどうして」
「首だけなのやだ」
 三者三様の感想に、ルネはやや面くらった顔になった。
『君たち、そろって僕の存在を全否定するのはやめろ』
「ルネ、やっぱ生首はないぜ。身体もってこいよ。生首、フツーに気持ち悪いよ」
『さすがに少しは傷つくぞ』
「っていうか、生首になる前に何かギモンに思いなよ」
 ルネは不機嫌な様子で、カプセルの中でくるりとそっぽを向いた。
 一方、恐怖心を通り越して興味に切り替わったらしい子供たちは、ルネの首カプセルをつついたり揺らしたりする。
『やめろ、つつくな! 叩くな!』
 特に、女の子のキャロルは好奇心旺盛だった。
 目が輝いている。完全に面白がっている。
「えー、どうやってしゃべってるの」
『このカプセルに音声変換装置がついている』
 キャロルは意味がわからなかったようだ。
 何をどう納得したのか、彼女は首を傾げた後、カプセルをポコポコ叩きはじめる。
『やめろと言っているだろう! このカプセルは打楽器じゃないんだ!』
「ダガッキってなにー?」
『そこからか……!』
 ルネが苦悶の声をあげる。相当わずらわしいらしい。
「キャロルはまだ七歳だからな。しかたないぜ、ルネ」
『わかった……僕が悪かった。なるべく簡単でわかりやすい言葉を使おう。これはもう異文化コミュニケーションだ』
「いぶんか?」
『生きてきた場所が違いすぎるってことさ』
「な、なるほどな~」
 大げさに納得してみせたものの、別の疑問がふつふつとわいてくる。
 そもそも『ルネが生きてきた場所』って――?
 上層にいたのは確かだろう。そこから逃げてくる理由とは何か。下層に住んでいるナオは上層が嫌いだが、最初から上層に住んでいるのに逃げる理由はあるのだろうか。
 セツェンはルネが危険だと言った。そして役に立つ、と。
 ナオは、ルネがいたのであろう上層を見上げる。
 ただ、黒々とした塊にチカチカと光が見えるだけで、よくわからなかった。

 ルネが来て一週間が経つと、子供たちもすっかり生首がいる光景に慣れてしまった。
 今では、ルネがその辺にふわふわ浮いていても、何一つ気にしない。
 ルネのカプセルはどういう仕組みなのか、電力がきちんと補充されていればやや浮遊して移動することができる。けれど、電力が切れたら地面に転がり落ちる。不便だ。
 上層ではどうだったか知らないが、下層では電気の補充ができる場所なんて限られている。なるべく節約してくれなければ困る。
 というわけで、ナオは古い革靴や廃工場の残骸から集めた材料で、ルネのカプセルを固定して、背負って持ち運びができるベルトを作った。
『ナオは器用だなぁ』
「これくらいできなけりゃ、下じゃ生き延びられないぜ……でも、セツ兄は雑だよ」
『セツは不器用なのか?』
 ルネが意外そうに眼を見開く。頭しかないからか、ルネは意外に表情が豊かだ。
「不器用ってほどじゃないけど、色々と雑なんだよね」
『セツはどっちかというと、細かい性格なのだと思っていたな』
「うーん、性格はけっこう細かいとは思うけども、もうちょっと別の部分で。セツ兄は力が強くて、めちゃくちゃ重いものでもホイホイ持ち歩くから……子供ら抱えて逃げる時も両脇に抱えて逃げるし。全体的にものの扱い方が、雑」
『その方面の雑さか』
「その辺の鉄柱でも振り回すからな、セツ兄。大人も片手でぶん投げるし」
『それはまた、見た目に似合わぬ怪力だな……』
 確かにセツェンは、見た目は細くて小柄な方で、体格が良いとは言えないのに、とても力が強い。ナオたちのグループが子供だけで鉄拾いができていたのも、彼が重い鉄でも軽々持ち上げるからだ。
 どうやったらそんな怪力になれるのか聞いてみたら、「センス?」という酷く適当な答えが返ってきた。やっぱり性格の方も雑なのかもしれない。
 ルネは、ナオとはまた違った感想を抱いたようだ。
『なるほど、セツは研究所あがりかな』
「たまにきくけどさ、研究所って結局なにしてるとこ?」
 自分の兄弟が売られた先だ。多少気にはなっている。セツェンが渋い顔をするから、表立って聞けたことはないのだけれど。
『どんなって、ナオやセツにとってはろくでもないところだろう』
「セツ兄、昔は研究所にいたのかな」
『まぁ、それは機会があれば本人に聞くといいさ』
 絶対に教えてくれない。確信できる。セツェンは危ない橋を渡るようなことは、ナオが自分で気付かないかぎりは、絶対にグループの誰にも言わないのだ。
「ルネも教えてくれないんだ」
『セツには匿ってもらった恩がある。彼の背中を撃つマネはしないさ』
「背中を撃つってどういう意味?」
『裏切る、味方のような顔をして不利になるようなことをする、だな』
「ふーん、じゃあ、研究所のことはとりあえず忘れる。背中は撃ちたくないからね。仲間は裏切らない。ぼくらの約束ごとだよ」
 これは、セツェンとナオ、年下の子らも含めた、グループ内での絶対的なルール。少なくとも、グループ内にいる間は、仲間を売るような真似をしない。
『ナオは下層育ちなのにそういうところはしっかりしてるな』
「バカにすんなよ。確かに、下層は平気で仲間を出し抜くようなクズがたくさんいるけど、ぼくらにはこれでもプライドってヤツがあるんだ」
 ふふん、と胸を張る。ルネはやや、哀れみの眼差しをもってこちらを見た。
『ところで、プライドの意味は理解しているか?』
「すごい! いけてる! って感じ? セツ兄が言ってたので何となく覚えた!」
『……ギリギリ合格な答えだな。セツが言葉の意味についても踏み込んで教えてくれていたら、ルネ先生はもう少し楽をできたのだが』
「セツ兄は忙しいんだ。今日もどこかからメシを持ってくる」
『メシ……食事のことか』
「鉄拾いできない時は、セツ兄がごろつきを蹴り飛ばしてビスケット代を稼いでくる」
 カプセルの中で生首は、少し引き気味に『な、なるほど……』と泡をこぼす。
「安酒屋台のゲロジジイが、食い逃げするタダ飯食らいを締め上げたら、残飯とかあまりもんくれるんだよな。その時はパンが食べられたりするんだよ」
『ゲロ……ジジイ?』
 そういえば、ルネには下層の上品ではない言葉づかいが通じないのだった。
 知らない言葉に困惑している生首を前に、ナオはニヤニヤと笑って見せた。
「ナオ先生が意味を教えてやろうかい?」
『待て、待て……また罵倒の言葉を僕に学ばせる気か?』
「下層のスラングってやつだぜ。ゲロっていうのは~……」
『待て、僕だって単語単位で分解すればわかる。ゲロが吐瀉物で、ジジイが男の老人を指しているな? そうだな?』
「トシャブツってなんだ?」
『ゲロのことだよ! ……何を言わせるんだ!』
「自分で勝手に答えたくせに文句を言うなよな!」
 むしろ、こちらにゲロについての新たな表現を獲得させてしまったことを、もう少し反省して欲しいくらいだ。
『クソ、何でこんな無駄な語彙を覚えてしまったんだ』
 ルネがうめき声をあげる。
 割と深刻に下層のスラングを覚えたくないご様子だが、さっそく口から飛び出してしまっている。案外影響を受けやすいタチらしい。
「腹立たしい時にクソ、っていうのを覚えてしまったんだなぁ……ルネ」
『君のせいだぞ!? どうして排泄物や吐瀉物で悪態をつくんだ?』
「え? 周りが全員そうだからじゃない?」
『教育の重要性が身に染みるよ……』
 たまにこうして、ナオの方がルネをやりこめると、何だか妙に嬉しくなる。
 ナオはすっかり、ルネがいる日常に慣れていた。もう嫌いだとも思わない。仲間の一員みたいな気持ちになっている。
 ルネは実際、セツェンが知らないことまで知っていたし、役立つこともたくさん教えてくれた。どうしてそこまで、と思うくらいに良く知っていた。
 忘れていた。だからこそルネは――『危険』なのだ。

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