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リンドグレーンと「ひとりぼっち」について

リンドグレーンの伝記を書いたイェンス・アナセンへのインタビュー記事にこのテーマがあり、色々と考えさせられたので紹介しようと思います。

リンドグレーンといえば、「長くつ下のピッピ」「エミールはいたずらっ子」「山賊の娘ローニャ」など、日本でもよく紹介される作品がたくさんある。伝記作家のイェンス・アナセン氏によると、リンドグレーンは様々な作品のなかで、「ひとりぼっち」でいることを一面的な、ネガティブなものとして描かず、生きていく力をも与えてくれるもの、多様な面をもったものとして描いているという。


「孤独」や「ひとりぼっち」が、ネガティブなものとしてとらえられることは北欧でもありがちだ。記事によると、北欧の30%の子どもが「寂しい」「孤独だ」と感じているとか。もちろん、寂しいという気持ちがどんな理由からくるのかにも寄るし、場合によってはその状況を改善する必要性もある。だが、リンドグレーンの作品を読めば、「ひとりぼっち」は必ずしも「寂しい」とは直結しない。

ピッピが「ごたごた荘」(っていうのですね、日本語で!)にひとりで暮らしているのも、エミールがお父さんに怒られたあと、納屋の中で一人木彫りの人形を作っているときも、ローニャがお父さんに逆らって、一人で森で暮らし始めた時も、それは「寂しさ」としては描かれていない。むしろ、主人公たちが、自分らしくいる様子として描かれているように思う。

リンドグレーンは「幸せは外からくるのではなく、自分自身からわき出てくるものです」といったとか。そしてその力は、自分自身と向き合う中から生まれ、私たちの人生を豊かに、強いものにしてくれるのだという。アナセン氏も「例えば私たちは、海岸で一人、石にぶつかる波を眺めながら、大きな決断をすることがある。そんなときは完全にオフラインで、自分自身と、自分の頭の中の思考だけに身を任せている。それが実はとても重要なことだ」と付け足す。
ひとりでいる、ということを、一面的な孤独や寂しさとしてではなく、自分自身と対話する時間、生きる強さを養う時間として捉え、描く。多くの物語を通して、リンドグレーンは子どもたちにそんなメッセージも送っていたのかもしれない。

参考:
”Det lykkelige barn er også et ensomt barn” af Freja Bech-Jessen. Kristeligt Dagblad 21. November 2015.

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