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青い薔薇を活ける


ふと立ち寄った花屋さんで、青い薔薇を買った。



初めて入るお店。飾られた花を見る。向日葵、そうね、季節の花だよね。ミニブーケは結構いいお値段するのね。これはカーネーション、ガーベラ。そして薔薇のためのケースに気がつく。冷蔵庫のようなケースに、色とりどりの薔薇がたくさん入っている。

「サムライ」という大ぶりの真紅の薔薇、そのほかピンクや黄色や…その中でもとりわけ私の目を惹いた薔薇がある。

青い薔薇だ。
嘘みたいに青い。

お店の人の手が空くのを待って話しかける。
「すみません、あの青い薔薇、一本いくらですか」
「440円です」
「じゃあ一本ください」
お姉さんはケースを開けて青い薔薇を一本出してくれる。

「今ってこんなに青い薔薇があるんですね」
つぶやくと、お姉さんは
「染めてます」とサラッと明るく言った。
「ですよねですよね」私は苦笑する。そうだった。「バラ園で青い薔薇を見たんですけど薄紫っぽい色でした」と思い出したことを話す。
今の技術では、咲く花としての薔薇で出回っているものはこんなに青くない。
「でも綺麗ですよね」私は続ける。
「綺麗ですよね〜」お姉さんも言う。「これ、茎から色を吸わせてるので手に青がつくことありますけど洗えば取れるので」と言いながらハサミを取り出す。
「長さはどうしますか?」
「じゃあ、このくらいで」私が指したあたりをお姉さんが切ってくれる。私は440円と引き換えに青い薔薇を受け取る。


家に着いた私は夫の仕事部屋の引き戸をそっと開ける。
会議中でないことを確かめて「ただいま」と入っていく。
「眼鏡つくりに行ってたの?」夫が訊く。
「そう」(それがメインの外出だったのだ)

ここで私は背中に隠していた青い薔薇を取り出し、バチェロレッテよろしく「〇〇さん(夫のフルネーム)、薔薇を受け取っていただけますか」と夫に差し出した。
「はい」とニコニコしながらそれを受け取ってくれた夫は改めて青い薔薇を見て
「え?生の花なの?」と訊く。
うんうん、驚くよね。薔薇が青いんだもの。
「そう、これね、染めてるんだって。多分白い薔薇に茎から青色を吸い上げさせて。」と言うと、彼は「ああ〜、葉脈も青いもんね」と理系らしい観察力を発揮した。

それから、一度夫に手渡した薔薇を私は花瓶に活けた。

青い薔薇


嘘みたいに青い、と思った薔薇の青さはやはり嘘だった。
それなのに青い薔薇を見るとなにか神聖なものを見ている気持ちになるのはなぜだろう。普段目にするはずのないものを見ているからだろうか。青という色の持つ、しん、とした深さゆえだろうか。



青い薔薇は、神聖な嘘。聖なる偽り。
それでも花言葉は、奇跡。神の祝福。


これから数日、青い薔薇の水を替え茎を切りしながら聖なる嘘に祝福されようと思う。

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