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作者という嘘

 中学生の頃、学校にはほとんど行かなかったが夏休みの宿題として出された読書感想文だけを書き、それが東京都で優秀賞だか何かを受賞したことがあった。地元でちょっとしたニュースになり、学校で地域誌のインタビューを受けた際、私は、「感想文の域を超え、複雑化する社会と親子関係を鋭い洞察力と洗練された言葉で批判したもはや解説書であり、中学生ながら田部マリさんは社会と家族の関係性の変化について鋭い眼差しを有している」と評されたことについて「全て違うと思います」と答えた。
 
 淡々と私は、「父が、ちゃんと学校に行ったら一万円、宿題をやったら五千円くれると言うので書いただけです。正直言うとその本はざっと流し読みしただけで内容はほとんど覚えていません。私はただお金のためにそれっぽい言葉を並べただけで、社会とか家族とか、ましてやその関係性とかに興味もなければ、大した意見もありません。なので自分が何を書いたかも今は全部忘れました」と続けてインタビュアーを呆れさせた。

 それを傍らで聞いていた担任の顔は紅潮していた。彼はあたかも私の受賞は自分の指導による賜だと記者達に傲慢な態度をとっていたのでそれを打ち砕きたいというのもあったが、私はただ正直に思ったことを言っただけだった。実際、本の内容も私の感想文も、そしてその評価も結局は何も言っていなかった。空疎な言葉を連ねただけの綺麗事で、美辞麗句が踊るだけのただのオママゴトだった。私は、作者だってお金や生活のために書いていたと思いますよと付け足したところでインタビューは打ち切られた。もちろんそれが記事になることはなかった。

 教師はインタビュアーが帰った後に私を教室に残し、どうしてあんなことを言ったのかと平静を装って問い質したが、私は、嘘を付くのは良くないので正直に応えただけですと繰り返した。ジャージを着た若い体育教師だった。サッカー部の顧問で、いつもグラウンドでやっているように今にも殴りかかってきそうな勢いだったが、さすがにそれは耐えているようだった。それは私が女だからではなかった。彼は女だろうがなんだろうが、なんの躊躇もなく生徒をよくひっぱたいていた。しかし私はそれを悪いとは思わなかった。生意気な生徒はぶん殴ればいいのだし、私はそれを窓から眺めるのは嫌いではなかった。私は彼のそのやり方には賛成していたが、私の父を恐れて手を出せないという、地元有力者にペコペコしているそのチキンぶりに苛ついていたのだった。

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