調べる楽しさ ~江夏の○○球~

先日、Twitterでこんなクイズを出しました。


主に野球ファンの方へ向けてのクイズです。ありがたいことに104名の方にアンケート回答頂き、結果は上記のようになりました。


私はこのtweetのツリーに、このような文章を紐づけしていました。

「調べて正解してくれても問題ない。むしろ、調べてもらう事が目的、といっても過言じゃない。」

今回はこのクイズを題材として、「調べる楽しさ」について少し書いてみたいと思います。


このクイズは、野球ファン(特に長年のファンの方)であれば恐らく耳にした事がある、一つのフレーズを軸に作っています。一体どんなフレーズなのか? それは、まさに「調べて」みれば比較的すぐに分かります。

私も今試しに検索してみましたが、例えば「1979年日本シリーズ」と検索しても1ページ目にはそのフレーズが出てきます。さらに「江夏 日本シリーズ」で調べると、もっと分かりやすく一番上にそのフレーズのWikipediaが出てきます。そうです、このフレーズは、単体でWikipediaが出来る程度には有名なフレーズなのです。

それが、こちら。

江夏の21球、です。

Wikipediaの冒頭を読むと分かりますが、この「江夏の21球」というフレーズは、山際淳司さんというスポーツライターの方が書いた短編ノンフィクションのタイトルです。

Wikipediaの紹介文をそのまま引用すると「1979年の日本シリーズ第7戦において、9回裏に登板した江夏が自らピンチを招くも後続の打者を打ち取って日本一を決めた様子を収めた短編ノンフィクション作品である。」という内容の文章です。

今なお刊行されている「Sports Graphic Number」の創刊号に掲載され、9回裏の江夏豊投手の21球、その1球1球における心の動きを本当に見事に描写した、スポーツノンフィクションの傑作です。私ももう、何度も読み直しています。興味のある方は、今でも単行本「スローカーブを、もう一球」などで、この文章を読むことが出来ます。

この「江夏の21球」がある程度の野球ファンには浸透している事を前提に、「投球数が何球だったか」という形式の問題にする事でその部分を答えさせる、あるいは少し調べればこのフレーズにたどり着いて回答出来るはず、というのが、冒頭のクイズの設問意図になります。

その上で、あわよくばこの名作に興味をもってもらえればいいな、という私の気持ちでもあります。












と、ここまでが表向きの(でも決して嘘ではない)クイズ出題の意図です。

ここからが、この記事のもう一つの本題です。


さて、「江夏の21球」のページを実際にめくっていくと、こんな文章が出てきます。


「江夏がこの日、大阪球場のマウンドに登るのは、その直後、7回の裏、ワン・アウト・ランナー一塁という局面だ。」


そうです。


この試合、江夏投手がマウンドに登ったのは、7回裏の事でした。


ここで、冒頭のクイズのtweetをもう一度引用します。


私がこのクイズで問うたのは、「この試合での江夏投手の投球数は何球だったでしょう?」という内容です。


江夏投手はこの試合、7回裏から登板しています。


つまり、江夏投手がこの試合で投げた投球数は、21球ではないという事になります。


何度か「江夏の21球」を読み返していた私は、この事実自体は知っていました。しかしある時「ん? という事はつまり、江夏はこの試合何球投げたんだ?」という疑問が急に湧いてきました。

40年以上前の日本シリーズの1ピッチャーの投球数なんてそんな簡単に分かるものかしら、と思いつつインターネットで調べてみると、いともあっさり詳細が出てきました。さすがインターネット。すごいぞインターネット。さびすけはインターネットを応援しています。

さて、以下がその詳細になります。

江夏の21球

マニエル、懐かしい。水沼、ホームラン打ってたんだ。お、吹石が盗塁してる。あ、ちなみにこの吹石という選手は、女優の吹石一恵さんのお父さんです。

いや、そんな豆知識はどうでもいい(でも、これも「調べる楽しさ」)。


この試合の江夏投手の投球数は、「41球」でした。


現代の野球では「ストッパー」といえば、9回に登板して1回をピシャリと抑えてゲームを締めくくる、というイメージがあります。たまに8回から出てくると「イニングまたぎで○○投手が出てきました」と表現され、それは「この試合はどうしても落とせない」という意味を持つ投手起用だったりもします。

しかし、1979年当時はまだ「リリーフ」という分業制がようやく確立され始めたばかりの時期で(ちなみにそれを確立したのが江夏投手自身と、名将・野村克也なのですが、ここを掘り下げると長くなるので割愛)、試合を締める役割の選手も9回1イニングだけ投げる、という訳ではありませんでした。実際この年の江夏投手はレギュラーシーズンで55試合に登板していますが、投球イニング数は104.2イニングと、ざっくり計算しても1試合に2イニング弱は投げている計算になります。


私は普段クイズを作っている人間ではありませんが、この事実を知った瞬間「なんか、これはクイズにしたい」と思いました。それも、野球ファンには知られていて、そうでない人でも調べればたどり着けるであろう「江夏の21球」という有名なフレーズを隠れ蓑に、「へえ、そうなんだ!」と思ってもらえるような、さらに向こう側にある面白さを知ってもらえるような問題を作れたらいいな、と。

そうやって考えたのが、Twitterで出題した問題文です。「野球の知識クイズです」と冒頭に投げておいて、かつ「江夏の21球」から連想しやすいように、投球数を問う形にしておく。その上で、本当の答えはそこでストップせず、さらに調べないと出てこない回答になっている。もしそこまで調べてくれる方がいれば、きっと自分と同じような「おお、そうなのか!」を感じてくれるはずだ、と。

「調べて正解してくれても問題ない。むしろ、調べてもらう事が目的、といっても過言じゃない。」

まさに、そんな気持ちで作った問題でした。

まずはアンケートでクイズに参加してくださった皆さん、本当にありがとうございます。tweetの拡散に協力頂いたフォロワーの皆さんにも、感謝です。そして、正解された17%の皆さん、おめでとうございます。どういう風に正解を導き出されたのか(調べるまでもなく知ってたよ、という方がもしいらっしゃったら、本当にすごいと思います)、出題した私も知りたいです。そしてもしその過程で「おお、そうなのか!」を感じて下さった方が1人でもいらっしゃったとしたら、この上なく嬉しく思います。

そして、最後に改めて。

この山際淳司さんの「江夏の21球」は、日本のスポーツノンフィクションの金字塔、と言っても過言ではないくらい、本当に素晴らしい作品です。1球ごとに変化する状況、江夏投手から見た相手打者の分析、自軍ベンチの動きに対する怒り、それに気づいた三塁手、衣笠祥雄の行動。たった1イニングにこれだけの事が凝縮されていたという事実を見事に描き切った、傑作中の傑作です。

山際さん自身は残念ながら若くしてお亡くなりになられていますが、今でも彼が残したたくさんの作品はスポーツファンの心に残り続けています。是非、機会があればお手に取って読んで頂ければ嬉しいな、と思います。


それでは、また次のnoteで。

ありがとうございました。

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