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爺ヶ岳東尾根山行

コロナ禍で散々イレギュラーな事が起こった2020年末に向かったのは爺ヶ岳東尾根。
1泊で行ける手頃な冬山がないかと思い、冬山バリエーションの入門とも言われる爺に決めた。
とは言え、僕にとっては初めての山でしかも冬。大丈夫だろうかと思ったが、天気予報は悪くないし体力にはそれなりの自信がある。ネットで色々見る限りではそれほど大変そうではない。山頂まで6時間弱で辿り着き日帰りする人もいるそうだし、ならばとあまり心配せずに出掛けることにした。

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僕の住んでいる八ヶ岳周辺とは違い、大町を過ぎる頃には辺りにはそれなりの積雪が見られ、登山口である鹿島山荘の駐車場には太もも辺りまで雪があった。
車は3〜4台ほど止まっており、僕らが入山する直前に一人の紳士が山に入った。
ダラダラと準備をしていると9時になり、予定より1時間ほど遅れての出発になった。
相棒のNさんは新調した冬靴があまり合っていないのか前日の八ヶ岳山行で少し足を痛めたそうだが、天気の良さと年末の雰囲気からか身体は軽そうに見えた。

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歩き始めると間もなく急登になった。身体はあまり起きていないし、思ったほどトレースが無いので足が取られて早々に疲弊する。あっという間に汗だくで、上着を脱ぎベースレイヤーだけで登っていくが、なかなか前に進まない。
今回の山行で何を失敗したかと言えばギアのチョイス。ワカンもストックも持たず雪深い山に入ればどうなるかは自明の理。つぼ足ではとてもじゃないが進めない。直前に入山した紳士のトレースを申し訳なく盗みながら踏んでは沈み、踏んでは沈みする雪道をひたすらに登り続ける。樹林帯を抜けジャンクションピークに着いたのは出発して3時間半が過ぎた頃だった。
見上げるまでもなく青い空が広がり眼前には爺ヶ岳が聳える。お隣の鹿島槍はわずかに雲に入ったまま。昼だと言うのに低い角度で照りつける陽の光に尾根の影が伸び陰影の深い山の姿を作り出していた。美しさ。それはこの光景。この瞬間。そんな世界に僕はいる。高まる胸と吹き出し続ける汗。ここからの稜線歩きはひたすら気持ちよく、夢の回廊歩きのようだった。
1時間もせずにP3に到着。この調子ならP2まで行けるかなとも思ったが、Nさんの足がもう限界だった。雪を掘ってテン場を作り、買ったばかりのファイントラック・カミナドームを張る。スノーフライを被せて中に入ると思った以上に暖かく快適だった。
夜も天気は穏やかで、ほとんど風も無く、輝く星の下で静かに眠りについた。

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翌朝は3時半の目覚ましでなんとか起き上がり、ダラダラと朝ごはんを食べる。ここですぐ出発すれば良かったのだが、何故か2度寝を決め込んでしまった。
そしてテントを出発したのは日がすっかり上がった7時過ぎ。予定より2時間も遅れてしまった。やれやれ。
空には雲が多く山頂は見通せない。良く眠れたので軽い足取りで進みたいところだがやはりこの日もラッセルが続く。トレースはほとんど残っていない。サラサラの雪は踏んでも踏んでも足場が出来ず、先頭を変わりながらP2への到着は1時間半後だった。
ここで足を痛めていたNさんはリタイヤ。残念ながらテントまで引き返すことになった。

ナイフリッジを超え1人ラッセルで進む。無心で足を進めること1時間。夏道と合流するP1に到着した。帰りのことを考えると11時半までには山頂に立ちたい。あと2時間。なんとかなりそうだ。そう思いながら広い尾根を歩き始めた。少し行くと昨日、先にいた紳士のものらしきテントが張られていた。1日であの雪の中をここまで来るなんて相当健脚だな。今日は鹿島槍を目指したのかな、なんて想像してみる。
目の前にあるはずの山頂は全く見えず雲の中。雪は飛ばされているのかそれほど足は沈まない。30分ほどでP1-山頂間の1/3くらいまで進んだ。これなら大丈夫かなと余裕が出てきたが、だんだん雪が多くなってきた。そして風も強くなり、辺りが真っ白になり始める。こりゃホワイトアウトしちゃうかな、なんてまだ少し余裕の気持ちで進む。ただトレースは全く無く左右前後もほとんど見通せないので、今登ってるよね?と自問自答しながら一歩一歩足を出す。風は強まったり弱まったりで時折り止む。シンとした空気の中ザクっザクっと聞こえる己の足音。しかしすぐに吹きつける風音にかき消される。
登りが少し急になるといよいよ胸辺りまで雪で埋まる。出した足は元の位置まで沈み込み一向に進まない。ピッケルで雪をかき、なんとか身体を持ち上げ、少しづつ少しづつ進む。身体はそれほどキツくないがなかなか先へと進めない状況に心が疲れ始める。それでも1人で格闘し続けるが、やはり雪にまみれてもがくだけでほとんどトレースは伸びない。時計を見ると11時。gpsを見ると、前に確認したところから30mも進んでいない。あれ?さっき10:15分やったよね。山頂までは標高にしてあと90m。諦めるか。

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山頂が見えていればもう少し頑張れたかもしれない。しかし全く姿を現してくれない爺ヶ岳を相手に頑張るモチベーションは湧かなかった。
ゆっくり腰まで雪に埋まりながら泳ぐように下山を始める。自分でつけたトレースがもう消えかけている。紳士のテントは入り口にピッケルが刺さってあり、あ、停滞してるんや、となぜか少しホッとした。
テントに戻りNさんと撤収作業。下山途中、何組かのパーティとすれ違い登山道の状況などを伝えた。みんなちゃんとワカンを持っていた。鹿島山荘へはこんなに長かったっけ?と思いながら時折尻シェードしながら降った。駐車場に辿り着き、見上げた山は依然雲の中。
今度はちゃんと装備を整えて鹿島槍まで足を伸ばしたいなと、すっかり敗退しながら欲張りな気持ちが湧き上がっていた。

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