浴衣(4)

お祭りは俺達の宿泊場所から歩いて数分の場所でやっていた。綺麗な浴衣を着せてもらいテンション高めのスティーヴがニコニコしているのを見るだけで暖かい気持ちになってくる。「みんな早くー!もう始まってるよ!」

ステージでもないのに先頭で駆けだしていくのは本当に珍しい。「分かったから落ち着けよ、逃げやしないって」と苦笑いするジョーもどこか表情が柔らかい。大柄な彼が選んだ浴衣はどうも丈が不足気味で、にょきっと出た手首と足首が夏風に吹かれている。

 「お面がいっぱい売ってる」と入ってすぐの露店でリッキーが立ち止まった。「知ってるキャラクターが全然ないんだけど…面白いから何か買おうかな」…でも、財布の中に小銭がない。それを見ていたジョーが「俺も欲しいのあるから一緒に買ってやるよ」…エッ?!

 ジョー以外の全員が耳を疑った。これは、ジョーの機嫌が相当良い証拠である。サヴが大きい目をさらにデッカくしてグルグル回しだした。「何だよ〜。俺の気が変わらないうちにどれが欲しいか言ってみな」「…ホントにいいの…?じゃあ、コレ。」「ハイっ、ウルトラマンね」俺はコレにしよう、とジョーが手に取ったのは日本のアニメの女の子の面だった。「…知ってるの?」「知るわけないだろ!なんか日本ぽくて面白いから買ってみるよ」ガハハハ、と笑うジョーにお面屋のオヤジは「プリキュア」っていうんだ、と教えてくれた。大柄のジョーがそんなお面を装着すると不気味すぎる。「おい、子供が怯えてるからやめろよ」クックック、と笑うサヴ。お面を付けたまま顔を見合わせる2人にみんな大笑い。カメラを持ってきた俺はどんどんシャッターを切った。昨日スティーヴと2人で来た時よりももっと楽しくなると確信したから。

 「お昼軽めにして正解だねー。あっビール売ってる!」「待て、スティーヴ」俺は咄嗟に止めた。「こんな時間から飲んだらお前は止まらなくなるからやめとけ」スティーヴが俺の顔を見る。

「なんだよ偉そうに!」言葉とうらはらに迷子のような表情(かお)をした。みるみる萎れるお前を見るのも辛いんだぞ。俺より少し背が高いのに上目使いをする器用なヤツ。「明日はもう帰るんだから、夜みんなで飲めばいいだろ」「そんなこと言ってフィルは飲まないじゃないか」…唇を噛んでもう泣きそうな顔になっている。「…なぁスティーミン、酔っ払った赤い顔もその着物には似合わないが、今のその表情(かお)にはもっと似合わないぞ」スティーヴの後れ毛がふわりと俺の鼻をくすぐった。

「フィル…」「今日、このお祭りでピンクの浴衣を着ている人の中で、お前が一番綺麗だよ」…いっ時、祭りの喧騒が途切れた気がした。少し強めの風がざぁっと吹いた。何か言おうと動いたスティーヴの唇を俺はキスで塞いだ。

「…お前が一番綺麗だ。掛け値なしに。浴衣の日本の女の子よりも。だから、酒の力を借りる必要はない」スティーヴの頬と目が赤くなった。女の子と変わらない薄い肩を抱き寄せて「今日もチョコバナナ一緒に食べよう」と微笑むと、スティーヴは鼻をすすり上げてから「うん」と笑顔を作った。

 ちょっと無理やりな泣きベソ笑顔を写真に残しておきたかったけど、俺の網膜に焼き付けるだけにした。メンバーだけではなく、他の誰かには見せたくないから。


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