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Midnight Rose

 今夜はちょっとビールを飲みすぎたようだ。ベッドサイドの時計はとっくに0時を回っている。今日は久しぶりにジョーとサッカーを見に行き、延長戦の末にシェフィールド・ウェンズデイは全く良いところなく負けてしまったのだ。贔屓チームの負けが込むと杯が進む。というか、飲まずにいられるか。話はいつしかバンドのこと、音楽のことになり、ジョーとサヴは肩を組みやっとのことでこの合宿所に帰ってきたのだった。なんとか2人はシャワーを浴びた。

ジョーはロクに髪を乾かさないまま、ほぼ墜落睡眠状態で寝てしまった。くせっ毛にパーマをきつく当てたサヴがそれを真似ると翌朝頭が鳥の巣のようになって収拾がつかなくなるので、眠いのをこらえてドライヤーを使い、つい先ほど落ち着いてベッドに潜り込んだところだ。左隣のベッドではジョーがぐうぐう鼾をかき、右隣のベッドではリッキーがすやすやと寝息を立てていた。…やっぱりもう一度トイレに行ってから寝よう。リッキーを起こさないように、サヴはそっと起き上がった。ギターの2人は隣の部屋でアイディアを出し合い、眠くなったらそのまま寝てしまうのが常だった。ドアを開けて廊下へそっと首を出すと、隣からは薄明かりが漏れている。…まだ頑張ってるのか。トイレを出てからサヴはなんとなくその部屋の前で立ち止まった。

 すると。…聞こえるボソボソした低い声はフィルだ。ギターを爪弾く音の代わりにすすり泣くような声が微かに聞こえる。何を言っているかまではわからない。続いて、ベッドの軋む音…

 おい、おい…ここはオンナ禁止だぜ。…いや違う。これは女の声じゃない。とすれば…答えは一つしかない。サヴの寝ぼけ眼は普通の大きさになった。己の耳と勘の良さをこれほど呪ったことはない。ボソボソ声に応えるような喘ぎ声。Oh,God…スティーヴはついにフィルに食われちまったか…マジか、と思ったとたん急に鼻がムズムズして大きなくしゃみが出てしまった。「は、は、ふぁっくしょーん!」…ベッドの軋む音と悩ましい声がその瞬間、ピタリと止んだ。(わっ、やべ!!)サヴが自分の寝室に入ってドアを閉めたのと、腰にタオルを巻いたフィルがドアを開けて「誰だ」と言ったのは同時だった。危ないところだった。

 …って、俺は何も悪いことしてないのに何でこんなに焦って逃げなきゃいけないんだ?と思ったその瞬間、サヴはベッドの脚に小指を引っ掛け、寝てるジョーの上に倒れ込んでしまった。「イッテェェェ!」「わー、何だ?サヴ⁈ どうした?」鼾をかいていたジョーが飛び起きた。「悪ぃジョー、便所から帰って来たら目が慣れなくて転んじゃった。ごめんごめん」…嘘は言ってない。気づいてやっと身体を離すとジョーはアクビ混じりに「お前さ、夜中に迫るならもうちょっと色っぽく雰囲気出してやってくんない?あぁビックリした。おやすみー」ジョーは向こうを向いて再びぐうぐうと寝てしまった。俺、顔赤いかな…と顔に手をやるとリッキーが「サヴ大丈夫?お腹痛いの?」と声をかけてきた。「あぁ、大丈夫。ごめんな起こして。」「うぅん、おやすみー」

 サヴは布団を頭からかぶり頬をつねった。いててて。打った足の小指もまだじんじんする。…ったくあいつら…いずれはそうなるかと思っていたけど…ジョーが知ったら大変だぞ。まぁ黙っててやるか…しかし、フィルって今の彼女と別れてたっけ?そんな話聞いてないし。てことは両刀…女にはもう飽きたのかな。世界が二倍に広がってお得なのかなぁ、などとつらつら考えているうちにサヴも眠りに落ちていった。

 「…誰だったの?」隣の部屋でシーツにくるまりながらスティーヴが言った。「さぁ…わからなかった。誰かいたと思ったんだけどなぁ」とフィルは首を傾げた。「ま、いいじゃない。続き❤」スティーヴはシーツの片側を空けてフィルを誘った。「途中でやめないでよ」ピアスを器用に避けながらスティーヴは俺の耳たぶを齧った。ベッドに滑り込むと脚を絡ませながら素早くスティーヴの唇に人差し指を当て「お前、今日声大きいかもしれないから気をつけろ」とたしなめた。「…誰のせいだよ」と言いながらスティーヴはぱくりと俺の指を咥えた。出歯亀さんは誰だろね?と言いながらペロペロと俺の指をしゃぶり、反対側の腕が俺の尻に伸びてくる。この調子じゃ今夜も寝不足だな。フィルはさっきよりも少し熱いため息をついた。願わくばこの秘密の時間が、なるべく長く続くように。俺の腕の中のこの淫蕩な天使が我に返って何処かに飛び去っていかないように。


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