金魚すくい

https://note.com/terrortwins2020/n/n4c4a48ffe0a2 のお話の続きです。

(ボーイズは翌日、揃ってお祭りに出かけました)

 俺たちはひととき、子どもに帰った気分で騒いだ。ジョーは射的でお菓子を当て(本当は大きなプラモデルを狙ったのだがやむなく外れてお菓子になった)リッキーは右腕一本でモグラたたきを楽しみ、俺とスティーヴは楽しそうな仲間を見て目を細めた。

 「あれ?サヴどこ行った?」煙草でも吸ってるのかと思ったら金魚すくいの店先で腕組みして佇んでいる。「それ、結構難しいぜ。昨日俺たちやってみたけど一匹も取れなかった」「ふぅん・・・もしかしたら俺、こういうの得意かも」片方の口元を上げてサヴはにやりと笑った。「おー、じゃあみんなでやってみる?」金魚を掬う「ポイ」は10個で100円。一人ずつ買うより割安だ。俺たちは5人だから一人2つずつ。ルールはポイが破けるまで。「いいんじゃない?」

 「よぉ〜し、昨日のリベンジだ!」張り切ってはみたが、そう簡単にはいかない。ポイを水の中に入れると金魚がスーッと逃げていく。コレ、と狙いをつけた奴ばかりに逃げられる気がする。あっという間にポイは破けてバトンタッチ。「下手くそだなぁ、俺様がデカイの取ってやるよ」そう言ったジョーは大きくて派手な金魚ばかり追いかける。もうちょっとのところでポイが破けた時の悔しがりようにみんな大笑い。「ちぇっ、面白くねぇなぁ。…次は誰だ?リッキーか?」「えー、出来るかなぁ?そろそろ誰か一匹くらい上げてもいいよねぇ」

 そう、何故か俺たちはまだ小さいの一匹すら掬えていなかった。スティーヴに至ってはポイが破けて水がバシャッと顔にかかり「もうやだ。俺ポイ1個でいい」と拗ねる始末。「こうなったら一匹くらい上げて帰りたいよなぁ」…誰からともなく出た言葉に、それまで静かに見ていたサヴがニヤリと「…そろそろ俺の出番かな」「何だよ、自信ありそうじゃない?」「ま、見ててよ」

 ポイは手持ちの2つにスティーヴの1つで計3つ。取った金魚を入れる桶を左側に浮かべ、右手でポイを握り、片膝をついてしゃがんだと思ったら、サヴは鮮やかな手つきで金魚を掬い出した。1匹、3匹、4匹、…無言でシュッ、シュッ、とポイを器用に操りどんどん金魚たちを桶に入れていく。「おい、見ろよ」「ちょっと、どういうこと?」「俺たち全然取れなかったのに!」11匹掬ったところで一つ目のポイが破けた。2つ目を取りながらサヴは振り返ってこう言ったのだ。「俺様の動体視力はダテじゃないぜ」

 ジョーが「…もしかしてお前、金魚屋のバイトしてたとか」「まさか」クスリと笑ってサヴは第2ラウンドに突入した。「さ、本気出すかな」あっという間に12、15、19匹…気がつくと周りに少しずつ人だかりが出来ていた。「ママ、あのガイジンのお兄さんすごい!」「しかもカッコイイし」

 「ねぇ、サヴ、目が血走ってない?」リッキーが着物を引っ張るので気がついた。サヴは取り憑かれたように金魚を掬っている。「おーい、大丈夫かぁ、それくらいにしとけば?」「なんか止まらなくなっちゃった、どうしよう」手元の桶には金魚がうようよしている。

 「ストップ、ストーップ!」険しい顔をして見ていた店の親父が手を叩いた。「お兄さんプロだろ?ちょっとは遠慮してもらえないかな」俺たちも周りの人たちもドッと笑った。「これ、全部もらえるのかな」2個目のポイがまだ破けてないが、桶に既に30匹はいる。「1匹だけなら持って帰っていいよ。あとは商売道具だから戻してくれないかね」と親父は言った。

 振り返ったサヴが「リッキー、どれが欲しい?好きなの取ってやるよ」「…じゃあ、こいつがいい」リッキーが差したのは大きくて綺麗な黒い金魚だった。「よし」サヴは最後のポイであっさりとその金魚を掬い取った。「出目金だね。お兄さん、良い趣味だね。毎度!」親父さんは水を入れたビニール袋にその金魚を放り込んで渡してくれた。なぜか周りからパチパチと拍手が起こった。立ち上がったサヴが言った一言がケッサクだった。「ねぇ、これって食べられるよね?」…観賞用だから食べても美味いかどうかはわからないよ、と言った時のサヴのガッカリっぷりといったら!ジョーは腹を抱えて笑っている。「お前さ、食えるかそうじゃないかで判断するの、そろそろやめたら?」「なんだよ…食えるかと思って一生懸命たくさん取ったんだぜ」「全部持って帰る気だったの?俺たちツーリストだぜ?」「ホテルに持って帰って料理してもらう」

それじゃ、嫌がらせだろ!俺たちは本当に呆れた。サヴって奴は時々おかしなことを言い出すのだ。「リッキー、なんでこの金魚にしたんだい?」と訊くとリッキーは「サヴに似てるから」と答えた。「ステージで演奏しているサヴはこんな感じだよ」

 目が大きくて尻尾を振りながら他の金魚の間を縫うようにして動き回るその様子は、確かにステージ上のサヴに似ている。なるほどねぇ、と笑いながら聞いていたサヴが「でもこいつはホテルの人にあげようか。浴衣でお世話になったしね」と言った。「おー、それがいいよ。」「花火、今日も近くで上がるみたいだよ。見てから帰ろうよ!」スティーヴもご機嫌だ。人の流れに沿ってついていくと頭上で大きな花火がドーン!と上がった。「うわっ、すごい!日本の花火って本当に綺麗だねぇ!」とリッキーがはしゃぐ。「ああ、すごいな」余韻を残して静かに消えていく花火を見ていると、スティーヴがぎゅっと俺の手を握って何か言った。「どうした」花火の音が大きくてよく聞こえない。「俺、ああいうギターを…」火薬の匂いがして散った灰が風で飛んできてむせそうだ。「なんだって?」「俺はぁ、あんな花火みたいなギターを、フィルと一緒に、弾きたいんだよ!」バーン!と一際大きな花火が俺たちの頭上で炸裂した。観客がわあっとどよめいて、キラキラした美しい燃えかすが降ってくる。このバンドに加入して初めてのライヴでスティーヴと並んで弾いて、観客が盛り上がった時のことを思い出した。「ああ、出来るさ、これから何回も。世界中で。」と答えるとスティーヴが嬉しそうに笑ってぎゅっと手を握り返した。目頭が熱くなった。「ベビーカステラ買って帰ってみんなで食べよ♫」無邪気なスティーヴに手を引っ張られて転びそうになりながら夜道を歩く。あの日の美しくも儚い大きな花火を俺はその後何度も夢で見ることになる。


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