ジョーのクルクルの秘密

ジョー・エリオットはくせっ毛である。

 生まれついてのサラサラストレートヘアーってアングロ・サクソン人種では少ないのではないだろうか。(少なくとも俺の周りでは見たことがない)ジョーとの付き合いは、奴がATOMIC MASSのオーディションを受けに来たときからなので、もう何年になるだろうか…

大柄で目立つ雰囲気のその男は「ジョー・エリオット、18歳だ」と名乗った。ギターもドラムもそこそこ演奏できるのは分かったが、
俺達と大して年が変わらないのにこの貫禄は一体どこから来ているのだろうか?ほとんど思いつきで「ちょっと歌ってみてくれないか」と言うとさすがに驚いた顔をしていたが、
「LED ZEPPELINでも良ければ…」と言い、Black Dogを歌い出した。声量もあるし、ロック向けの声だし、悪くない。俺達は顔を見合わせて「楽器をやるよりも歌わないか?Vo.として入ってほしいんだけど、どうかな」と言ってみた。ジョーはとても驚いた様子だったが一瞬の間の後「わぁ、Vo.なんて嬉しいよ!これからよろしく頼むぜ」と言って手を差し出し、ガッチリと握手をした。あの日のジョーはキツいパーマで髪がくるんくるんだったな。もっとも、70年代終わりのあの頃の英国ロックシーンでイカす連中はみんなパーマの長髪でくるくるだった。俺だって真似してたなぁ…顎に親指と人差し指を当てて、しばらくの間ぼおっとジョーを見ていた。

 「何だいサヴ、さっきから俺のことばっかり見て」「…べっつにー。何でもねぇよ」俺はジョーから目を離して煙草に火を付けた。すると「見て見て!俺、エクボでマッチ棒挟めるようになった!」「…何やってんだお前、いくつだよ?」笑うと出来る大きなエクボはジョーのチャームポイントだ。両頬のエクボにマッチ棒の根元を押し込んだジョーが「練習したんだよ」と言った途端、マッチ棒は落っこちた。俺はたまらず吹き出した。
「…それじゃあまだまだだな。更なる練習を」
 「練習ってばさ、…あいつらまだやってんの?」マッチ棒で凹んだエクボ跡を触りながらジョーは言った。彼の言う「あいつら」とは、おおむねギターの2人-フィルとスティーヴのことだ。今日も朝食後まもなく二人は部屋にこもり、何やかややっている。最近はトイレまで一緒に行きかねない二人の仲の良さがどうにも羨ましくて仕方ないらしい。「今日こそあの曲のヴァースを完成させるって言ってたな」俺は朝刊を手に取りテレビ欄をチェックした。あと15分ほどでフットボールの中継が始まる。

 「ふーん……」ジョーは不満げに髪をいじっている。顎の近くの同じ所を同じようにいじるので、いつも同じクセがついている。右3回、ちょっと縦ロール気味。…俺の視線に気づいたジョーはずいっと近寄ってくるとこう言った。

 「なぁサヴ、お前さ、…もしかしたら俺のこと好きなんじゃね?」

 …吸い込んだ煙が変なところに入って俺は盛大にむせた。な、なんで???なぜそうなる?!「…好きってどういう意味よ?」
 「だってお前最近、アッツ~い目をして俺を見てるだろ。そのでっかい目でじーっと見られると、どうしたらいいかわかんなくなっちゃうんだよ」…俺はソファからもう少しでずり落ちるところだった。「生まれつきこういう顔だよ。悪かったな」と言ってジョーを見ると赤くなってもじもじしている。目の前で恥じらう身長190cmのこの男になんと答えれば良いのだろう?同性から告(こく)られるのってこの先の人生でまた訪れるのだろうか。つとめて平静を装い「好きは好きだけど、お前が考えているような『好き』っていう意味とは違うな」と、煙を吐き出しながら答えた。

「お前は見てて飽きないんだよ。表情もよく変わるし、時々誰も考えつかなかったようなこと言ったりやったりするだろ」「…たとえば?」
…た、たとえば、だと?今みたいなことだよ!と言うのはあんまりだと思った。ジョーは叱られている子供のような顔をしているんだもの。「例えばだな、お前何か気にくわなくてイライラし出すとそうやって髪の毛いじり出すだろ」ジョーはハッとした顔をして手を止めた。「いっつも同じ向きにくるくるしてるから右に3回巻いてるんだよな。ついでに枝毛もあるの知ってる?」枝毛は一本や二本じゃなかった。ジョーのこんな顔、誰かに見られたらかわいそうかも。

俺は笑いを噛み殺して「まぁここに座れよ相棒」と、ソファをポンポンと叩いた。「もうすぐシェフィールド・ユナイテッドのゲームが始まるし一緒に見ようぜ」…ジョーは俺の隣にそっと腰を下ろした。ユナイテッドの大ファンなのに試合の予定を忘れるなんてよっぽどだ。まだ決まり悪そうにしているジョーを見ると、天の邪鬼虫がどうにも疼いて困ってしまう。律儀に3回くるんとした巻き毛を触ってみると思ったより手触りは柔らかい。「巻き毛の可愛いジョー、大好きだよ」と囁いてエクボにキスしようとした途端……

ジョーが「ギャーッ!」と叫んでソファから数cm飛び上がり、俺は逆にソファから転げ落ちた。(床に突き落とされたのではなかったと思う)
 もう我慢できずゲラゲラ笑っていると上から「人をからかうのもいい加減にしろー!!」と声が降ってきた。「ちょっとフィルの真似しただけなのにスゲー効き目だな」床に転がったまま俺は腹を抱えて涙が出るまで笑った。
「…随分楽しそうじゃないか。俺がどうしたって?」咳払いをしながら現れたフィルを見て俺はようやく立ち上がった。「お、そろそろ試合始まるぞ。みんなで見るならお茶淹れるか。」と台所に立つとジョーの口が(逃げやがって)と動いた。「スティーヴは?」「あともうちょっとで何か出来そう、ってうんうん唸ってる。先行ってって言われたから来ちゃった」そうか、と言いながらヤカンを火に掛け、やはりスタジオにこもっているリックを呼んでくることにした。地下に向かうドアを開けると後ろからフィルの「なんかサヴのあんなバカ笑い久しぶりに聞いたよ。何があったんだ?」という声が聞こえた。何でもないよ、サヴにおちょくられただけだ、とジョーは答えてテレビをつけた。「あ、もう始まってる!」上がってきたリックはさっさとテレビの前に陣取った。カップを出しているとジョーがまた寄ってきて、お前さっきの話しゃべったらタダじゃおかねぇぞ、とすごんだ。

…俺はちっとも恐くない。「誰が言うかい。試合見なくていいのか?ホラ、チャンスだぞ」
一瞬の後で良いシーンを見逃したジョーの悔しがりようったら。いやホントこの男は飽きない。目をギラギラさせて俺の前に現れたあの日からずっと。


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