祭りのひよこ🐤

「あー、何このひよこ、かわいー」
急にしゃがみ込んだスティーヴは色とりどりのひよこを手に取った。
白っぽい小さな身体を赤いまだらに染めた1羽が2人によちよちと寄ってきた。
つぶらで曇りの無いちいさな瞳がこちらを真っ直ぐ見て、身体に似合わない大きな声でピィ!と鳴いた。
「ハハ、何こいつ。俺を選んだつもりかな」
「ねぇ知ってる?」スティーヴは声をひそめた。
「こういう屋台で売ってるヒヨコってすぐ死んじゃうんでしょ」

思わず顔を上げると、スティーヴが小さなヒヨコと同じ瞳をしてフィルを見ていた。-僕だってそれくらい知ってるんだよ、と微笑むと僅かに瞳を曇らせて「ねぇ、なんかこいつ僕に似てると思わない?」

やめろよ変なこと言うの。
-いつもならすぐ出る次の言葉が、なぜか今日は出て来ない。祭りの薄暗がりでうろたえる自分の顔がなるべく見えないようにと願った。…
「おい、もう帰るぞ。ジョーが心配する」スティーヴの手首を掴みながら、ジョーのせいにするのか俺は、と軽く苛立った瞬間、
「フィル、急にどうしたの?痛いよ」と怯えるスティーヴを見て我に返った。

「あぁ、ごめん、…」
「怒っちゃった?」
ヒヨコの瞳で俺を見るなよ。この手は…か弱いヒヨコなんか一瞬でひねり潰せるんだ。
「…ねぇってば」
フィルはギュッと目を閉じ次の瞬間、目と口を同時に開けた。

「スティーヴ、お前さ、ずっと俺と一緒にギター弾こうな。Def Leppardで」
言った瞬間、顔がカッと熱くなるのが分かった。スティーヴは一瞬きょとんとした後、ケラケラ笑い出した。
「何、急に〜?なんか今日のフィル、変だよ」
「バカヤロ、俺は真剣だぞ」「やだな、当たり前じゃん。ツインギターだもん」「…約束できるか」

俺さっきから何言ってるんだろ?こんな気持ち…
「ハイハイ、約束♪約束ね」スティーヴがいつものようにふんわり手を握った。「ねぇ、みんなにベビーカステラ買って帰ろ?」「そうだな。…」
蒸し暑いあの夜、人いきれの中でベビーカステラを焼く甘ったるい香りと、スティーヴの煙草の匂いが混ざってふわりと漂っていた。
俺は何年経っても思い出せる。甘い匂いとひよこの瞳を。

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