浴衣(2)

この宿の人気サービスのひとつが宿泊客への柄物浴衣無料貸出だそうだ。もちろん着付もやってくれるし、日本風の履き物や小物も貸してくれる。俺たちはソロゾロと連れ立って行ってビックリした。浴衣は普通に日本人が着るようなしっかりしたもので種類も豊富だった。 「へぇ~、てっきり観光客向けだと思ったら意外に選べそうだな」お洒落が好きなサヴが目を輝かせる。

「うわー、見て!コレ、可愛い!!僕にピッタリだと思わない?」とスティーヴが指さしたのは、店の入口のディスプレイだった。ピンクの地に紫のバラと蝶の柄・・・「どう見ても女物だよな」顔を見合わせる俺たちを気にもせず、スティーヴはその前から動かない。
 「ヘイ、スティーヴ?女物を着る気かよ」
からかい気味のジョーに「何だよ?いいじゃないかこんな時くらい好きなものを着たって!」・・・あ、ヤバイ、雲行きが怪しくなりそうなので、俺はジョーの背中に触れてから言った。「いい色だな、スティーミン。サイズが合うなら当ててみれば」すると絶妙なタイミングでお店の人が「お客様のサイズのご用意がありますので当ててみませんか」と流暢な英語で声を掛けてくれた。「昨夜フロントにお電話下さったお客様ですよね?中にもいろいろありますのでどうぞご覧下さい」
 「おー、中も見てみようぜ。フィル、後は任した」とジョーが俺の背をポンと叩いて店に入っていった。スティーヴが気に入ったピンクの浴衣の隣には、同じようなテイストの紺の浴衣が飾られている。「こっちも僕のサイズがあったら一緒に持ってきて下さい」お店の人はかしこまりました、と微笑んで奥へ行った。「わぁ、フィル、これ着てくれるの?似合いそうだなと思ってたんだ」「サイズがあればね」どう見てもこのディスプレイはカップル向けだが、・・・ま、いいか。スティーヴが喜ぶなら。つい、こいつの喜ぶ顔が見たくてサービスしちゃうんだよな。


 残りの3人は店の中程でわちゃわちゃやっている。「・・・やっぱ俺にはみんなちょっと小さいのかなぁ~」「日本の人ってそれほど大きくないからねぇ」リッキーは早くも決まりそうなのか、2枚ほど手に持っている。
「お前がデカいんだよ、ジョー」とサヴがにやにやして「これならいいんじゃない?」と指さしたのはスモウレスラーが着た写真が飾ってあるコーナーのものだった。「えー!これは横幅が・・・さすがにこんなに大きくないぞ」「さて、そいつはどうかな。着てみれば」服の上からジョーが羽織るとそんなに大きすぎるふうにも見えない。「ほら、なかなかいいじゃん」
「そんな・・・スモウレスラーと同じかよ・・・」俺たちは大ウケ。
 そうこうしているうちにお店の人が試着用の浴衣を持ってきてくれた。ジョーには「こんなものもありますよ」と「ジンベエ」というセパレーツになった浴衣を見せてくれた。
「これならサイズは問題なさそうだね」「着るのも楽そうじゃない?」「いや、でもみんなユカタガウン着るんだろ?俺だけ違うのじゃ、ちょっとやだなぁ」珍しくジョーがふくれている。サヴがすかさず「じゃあ、スモウレスラーサイズ」「あんまりだ~!」
 
「お二人様はこちらでしたね」
「わ、どっちもサイズあったんだ!ありがとうございます!」服の上からスティーヴが羽織るのを見て、俺たちは息を飲んだ。

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