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ケーキがいっこあったら、ふたりで半分こ(2018)

ケーキがいっこあったら、ふたりで半分こ
Saven Satow
Dec. 24, 2018

「やさしいはるかぜ ふいたら(ふいたら) 希望も 半分こ」。
若谷和子『ふたりで半分こ』

 クリスマスに、どうしたらケーキを公正に切り分けられるかは子どもたちにとって大問題です。兄弟姉妹が要ればなおさらでしょう。大きいのを食べたいけれども、それ以上に小さいのではおもしろくありません。

 そんな大問題の解決法を説いたのが17世紀イングランドの政治哲学者ジェームズ・ハリントン(James Harrington)です。それは切る人と分ける人を別々にすることです。

 彼は、主著『オセアナ(Oceana)』(1656)の中で、二人の少女によるケーキの公正なシェアについて次のように述べています。

 一人の少女は相手に、〈お切りなさい、わたしが選ぶから〉あるいは〈切らせてください、あなたに選ばせてあげるから〉と言うであろう。そしてこの合意さえ成立すれば、それで十分なのである。

 切る役の少女は分けることができません。均等に切らないと、損をする可能性があります。また、分ける役の少女は切ることができません。得をしたくても、均等に切られては、思い通りになりません。切る人と分ける人を別々にすると、公正に切り分けることが合理的な選択行動にならざるを得ません。

 ハリントンは、何も、ケーキの公正な切り分け方を訴えたいわけではありません。彼はこの寓話の意味を次のように説明します。

 偉大な哲学者たちが無益に論じていることが、二人の愚かな少女によって明らかにされる。国家のあらゆる謎でさえ、これで解かれる。それはただ分けることと選ぶことにのみ存するからである。

 このケーキの譬え話は国家、すなわち政治社会において権力が暴走したり、私益に走ったりしないための方策を物語っています。決定と実行や行使と監視、推進と規制を分け、チェック・アンド・バランスが働くようにすれば、その判断行動は合理的にならざるを得ないのです。

 ハリントンはその著作で公正のためのさまざまな政治制度を提言しています。ケーキの寓話を踏まえて、法を作成・提案する元老院とその審議・承認する議会の二院制を主張します。前者は富裕層、後者は庶民層からそれぞれ選ばれます。他にも、憲法制定議会や秘密投票制度、役職の交代制など興味深いアイデアも述べています。また、彼は政治制度が経済構造に基づくと考え、革命も肯定しています。非所に先見性のある思想家です。

 ケーキの寓話制度設計の重要性を物語ります。よいルールを作れば、ゲームはおのずと公正になると言うわけです。たとえプレーヤーが邪悪であっても、ルールが抑制すれば、思惑通りにならず、否が応でも公正に振る舞わざるを得ません。こうした発想に基づく制度の好例が三権分立でしょう。

 切る役と分ける役を同一の人が担えば、その判断行動は不公正になります。これは子どもでもわかる理屈です。公正さを保障するために、権力を分立する必要があります。権力の私物化はこの子どもでさえ気がつく方法を無視することによって生じます。安倍晋三首相を始めチェック・アンド・バランスの精度を壊し、恣意的に権力行使をしようとするリーダーが幼稚に見えるのはそのためです。ただ、それを許す社会も幼稚だということを自覚しなければならないのです。
〈了〉
参照文献
浅沼和典、『近代共和主義の源流―ジェイムズ・ハリントンの生涯と思想』、人間の科学新社、2001年

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