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2020年10月10日13時36分東京発やまびこ63号(5)(2020)

一ノ関
 一ノ関には16時10分に到着、停車時間は4分と少々長い。この駅での楽しみは発射メロディーだ。NSPの『夕暮れ時はさびしそう』が使われている。だから、早く発車時刻になって欲しい。

 これを知ったのは、泉賢司記者による『朝日新聞』2019年2月27日3時00分更新「発車メロディーに『N.S.P』 一ノ関駅新幹線」という次の記事を読んだからである。

 東北新幹線が一ノ関駅(岩手県一関市)を発車する際、一関高専出身のフォークグループ「N.S.P」のヒット曲「夕暮れ時はさびしそう」が流れることになった。26日発表された。3月20日の始発列車から上下線のホームで流れる。
 市と同駅によると、東北新幹線の県内7駅で独自の発車メロディーは初めてといい、東北新幹線の駅では5カ所目という。発車アナウンスの後、編曲されたメロディーが約30秒流れる。3月1日から市の公式Facebookで視聴できる。
 勝部修市長が東京出張の乗り換え時に仙台駅で流れる「青葉城恋唄」を聞きながら「一ノ関駅でも」と思い立ち、昨年秋から市とJR東日本などが協議。メンバーの平賀和人さん(65)の協力を得て実現したという。

 NSPは、一関工業高等専門学校の同級生三人が在学中の1972年に結成したフォーク・グループである。このNSPは「ニュー・サディスティック・ピンク(New Sadistic Pink)」の略称だったが、後にそれにとらわれず、自立して用いられている。メンバーは、一関市出身の天野滋(G&V)、宮古市出身の 中村貴之(G&V)、花巻市出身の平賀和人(B&V)である。この左利きのベーシストの「平賀」という姓は藤井と並んで花巻に多いとされる。残念ながら、リーダーの大野は2005年に52歳で亡くなっている。

 今はYouTubeなどSNSからブレークするミュー寺社もいるが、このバンドはラジオかが出発点である。彼らのデモテープがNHK盛岡放送局の『FMリクエストアワー』で放送され、11週間連続1位を達成する。

 70年代は、後半に至るまで、NHK盛岡放送局だけでなく、岩手放送の中波もローカル番組で県内のフォークの曲をしばしば紹介している。テレビは家庭に一台で、家族で見る。けれども、成長すれば、自分だけの世界が欲しくなる。そうしてラジオを聴き始める。そこでテレビで見る歌謡曲と違うフォークやロックと出会う。

 高専在学中の73年に第5回ヤマハポピュラーソングコンテストにおいて『あせ』でニッポン放送賞を受賞、同年6月に『さようなら』でデビューしている。翌年、高専卒業を機に上京『夕暮れ時はさびしそう』がオリコン11位を記録、彼らの代表曲となる。同年のアルバム『NSP III ひとやすみ』がオリコン4位、76年には『赤い糸の伝説』がチャート3位とヒットし、叙情派フォークを代表するグループと認知される。

 元漫才師の島田紳助はフォークの大ファンで、中でも『夕暮れ時はさびしそう』を自分でもギターで演奏したとテレビ番組で坂崎幸之助に語っている。島田紳助は、その際、「こんな河原の夕暮れ時に 呼び出したしてごめんごめん」と歌詞の一節を口ずさんでいる。タイトルは忘れたが、深夜番組だったと記憶している。NSPは歌詞が平易で直截的、凝った表現がなく、楽曲も市プル、難しさはない。主人公は傷つきやすく、内気、くよくよと思い悩み、素朴、地方出身者と思われる男女である。これらはNSPに限らず、マイペースやシグナルなど叙情派フォーク全般にみられる傾向である。同時期に流行し始めたニューミュージックが演概して奏技術や歌唱力の要求される曲だったこととは対照的である。その意味で叙情派フォークは親しみやすい。

 70年代は石油ショックによる不況の時代である。公害や過疎過密など高度経済成長による様々な歪みも依然として続いている。そんな不安に覆われた社会ではオカルト・ブームが起こる。学生運動の衰退もあり、若者の関心も内向、音楽も反戦ソングのような社会派的メッセージ性はなく、日常に目を向けたラブソングが主流になる。叙情派フォークはそういった時代的・社会的背景の下で主に若者に受容される。

 ただ、ニューミュージックが60年代のフォークとの決別を強調しているのに対し、叙情派はその上書きを志向している。一例を挙げると、前者がステージで黙々と演奏・歌唱するが、後者は曲の合間に話術で観客席の笑いを誘う。NSPもそういうステージ・パフォーマンスを行っている。また、ニューミュージックはドラムの出番があるが、叙情派フォークにそれが乏しい。ニューミュージックと叙情派フォークはドラムからその違いをとらえることができる。ただし、フォークのドラミングもあくまでハイハットを使うロック系で、ジャズ系のようにライドシンバルでリズムを刻むことはあまりない。

 80年代にはいると、叙情派フォークの人気は衰える。日本は不況を脱した、高度消費社会を迎える。若者はもはや貧しくなく、消費文化をけん引する。都市の新中産階級を扱うニューミュージックはこの時代の変化にマッチし、オフコースや松任谷由実など人気はさらに拡大する。叙情派フォークはそのニューミュージックに合流したとみるべきだろう。それは村下孝蔵がよく物語っている。彼は叙情派フォークのテーストを持ちながらも、ニューミュージックによって洗練化・再構成した曲でヒットしている。

 NSPは80年代も活動していたが、70年代のようにはうまくいっていない。しかし、今、『夕暮れ時はさびしそう』は時代ではなく、土地との結びつきによってよみがえっている。

水沢江刺
 水沢江刺は16時24分に到着、停車時間は1分だ。今回の新幹線の移動で最も楽しみにしていたのがこの駅である。発車メロディーに大瀧詠一の『君は天然色』が10月1日から使われるようになったヵらだ。

 『岩手日報』は2020年9月10日更新「大滝サウンド 来月〝発車〟 水沢江刺駅で『君は天然色』導入」において次のように伝えている。

 奥州市江刺出身の音楽家大滝詠一さん(1948~2013年)の代表曲「君は天然色」が、10月1日から東北新幹線水沢江刺駅の発車メロディーに導入されることが決まった。下りは曲の「Aメロ」部分、上りはサビ部分に設定。15~20秒程度にアレンジし、利用客に爽やかな曲を届ける。
 導入に向け、市と地元有志らでつくる実行委は6月、JR盛岡支社に要望書を提出。同支社は9月4日付で了承した。9日の定例記者会見で発表した小沢昌記市長は「駅利用者や市の知名度アップの起爆剤にしたい」と強調した。

 大瀧詠一が2013年12月30日に急死したため、翌1月5日に次のような『大瀧詠一、あるいは近代日本社会における音楽史』を書いてそのショックを癒そうとした記憶がある。

 けれども、大瀧詠一の最高傑作は金沢明子の『イエロー・サブマリン音頭』だろう。そこには彼の音楽史における意義が凝縮されている。それは近代日本社会における音楽の諸課題を録音媒体による回答を示しているからだ。
 『イエロー・サブマリン音頭』はビートルズが1966年に発表した『イエロー・サブマリン』を日本語でカバーし、大胆なアレンジで仕上げた曲である。大瀧詠一がプロデューサーを担当、1982年にシングル発売されている。なお、日本語訳詞は松本隆、編曲が萩原哲晶である。
 近代を迎え、日本社会が西洋音楽と接触した時、さまざまな課題が表面化する。いかに西洋音楽を消化するか、西洋音楽の旋律に日本語をどのようにあわせたらいいかなどがその代表である。こうした課題は新たな西洋音楽が流入してくる際に、その都度復活し、表現者が取り組んでいる。このような過程を経て日本の人々の耳は西洋音楽化していく。大瀧詠一がメンバーだったはっぴいえんどの「日本語のロック」もこうした近代音楽史に位置付けられる。
 近代音楽は芸能も変える。音頭もその一つである。神社の祭礼や寺院の儀礼、年中行事などの従来の祭は共同体の生活文化と結びついている。民俗的芸能の伝承音頭は地域によって行われる。しかし、明治後期から昭和初期にかけて、東京音頭を始め歌謡音頭がそうした従前の音頭を駆逐する。近代化の進展によって都市化を代表に共同体が変容し、新たな祭が必要となったからだ。
 この歌謡音頭はほぼシラビックで占められている。それは、一つの音節に一つの音が対応する歌唱で、近代化された耳には自然に感じられる。なお、伝統音楽には、シラビックの他に、メリスマがある。それは一つの音節に複数の音が与えられる歌唱で、義太夫節がその一例である。
 新しい祭が生まれる時に、人々に共同体を意識させるため、音頭が出現する。それは東京五輪のような現実界のみならず、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』を始めとするテレビ番組や映画、アニメといった想像界においても同様である。
 大瀧詠一は「分母分子論」や「ポップス普動説」を唱えるなど理論志向の表現者として知られる。分母分子論は、どんなジャンルであれ、明治以降、分母に西洋音楽があり、日本はあくまでも分子だと歴史的な配置を示した論考である。その彼は近代日本社会における音頭の機能を承知している。彼にとってのイーハトーブであるナイアガラの音頭を創作したことからも明らかだろう。ところが、『イエロー・サブマリン音頭』は具体的な祭を背景にしておらず、しかもビートルズのカバーである。
 けれども、そこに意義がある。フィル・スペクターの革命を芸術的に引き継いだのが後期ビートルズである。ビートルズの転倒はフィル・スペクターのそれをも意味する。大瀧詠一はビーチ・ボーイズとビートルズを通じてフィル・スペクターに挑んだというわけだ。
 ビートルズは60年代以降の音楽だけでなく、社会に多大な影響を与えている。日本語の歌詞で音頭によって編曲されたビートルズは、それが日本社会に内面化されていることを意味する。しかも、音頭であるから、ビートルズがもたらした潜在的な共同体を顕在化させる。『イエロー・サブマリン音頭』は近代日本社会における音楽の歴史をコンパクトに遡行し、その諸課題の多くをとりこんだ作品である。
 耳の歴史性に意識的であるのだから、他のアーティストに提供する楽曲が忘れ得ぬものになっても不思議ではない。大衆迎合的ではなく、彼の個性によって小林旭や森進一、松田聖子、太田裕美などもヒットしている。

 …想《お~も》い出~は~ モ~ノクローム~ 色を点けてくれ~ もう一度《い~ちど》~ そ~ばに来て はなやいでうるわしのの Color Girl♪

眠るような顔のそばに花を置きながら、 ぼくの言葉と君の旋律は、こうして毛細血管でつながってると思いました。 だから片方が肉体を失えば、残された方は心臓を素手でもぎ取られた気がします。
午後4:54 · 2014年1月4日·Twitter Web Client

北へ還る十二月の旅人よ。ぼくらが灰になって消滅しても、残した作品たちは永遠に不死だね。 なぜ謎のように「十二月」という単語が詩の中にでてくるのか、やっとわかったよ。 苦く美しい青春をありがとう。
午後4:59 · 2014年1月4日·Twitter Web Client
(松本隆@takashi_mtmt)

北上
 北上には16時32分に着く。車内アナウンスが到着間近と伝えている。停車時間は3分。雨は降っていないように見える開業当初から東北新幹線に乗ってきたが、実は、北上と盛岡以外の駅に降りたことがない。他の駅はいつも窓から眺めるだけだ。

 “Ladies and gentlemen, we will soon make a brief stop at Kitakami. The stop after Fukushima, will be, Shin-Hanamaki”.

 スマホを黒いポーチバッグに入れ、立ち上がってそれを右肩からかける。新幹線は北上川を渡り終えている。すると、前の座席の男性も降り支度を始める。確か、同じく東京駅から乗車したと記憶している。40歳前後の勤め人に見える彼はスマホをテーブルに立てて、動画をずっと眺めていたように思える。黒いマスクをしているので、髭があるかどうかはわからない。

 折りたたみ傘と雨水を拭いたタオルを入れた白いビニール袋を手にして、3号車寄りの出入口に向かう。車両の後部には2人席の窓際に一人、3人席の通路側に一人が座っている。いずれも男性で、白いマスクを着けている。出入口の直前にある大型荷物置場から黒いスーツケースを取り出し、デッキに出て、左側のドアの前に立つ。新幹線は和賀川を越えていく。雨は降っていないように見える。さっきの男性も小さめのスーツケースを引きながら、後ろに並んでいる。

 新幹線はゆっくりと停車する。プシューという音がして、白いマスク姿の映ったドアがガタガタと開く。ひんやりとした外気が吹きこみ、眼鏡が急に曇ってしまう。

 「これから東京に行く。大学にはいる。有名な学者に接触する。趣味品性の備わった学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間で喝采する。母がうれしがる」。それは確かに「別の世界」のことである。

三四 すぎゆく驛は七つ八つ
山おもしろく野は廣し
北上川を右にして
つくは何くぞ盛岡市
(『鉄道唱歌/奥州・常磐篇』)
〈了〉
参照文献
原武志、『日本政治思想史』、放送大学教育振興会、2017年
ノースロップ・フライ、『批評の解剖〈新装版〉』、海老根宏他訳、法政大学出版局、2013年
丸山眞男、『戦中と戦後の間【新装版】』、みすず書房、2018年
宮崎総一郎=林光緒、『睡眠と健康』、放送大学教育振興会、2017年
『世界の文学』3、朝日新聞社、1999年

山口啓一、「2年かけて1分短縮へ 新幹線上野―大宮間の工事着手」、『日本経済新聞』、2018年7月9日12時28分更新
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32754010Z00C18A7940M00/
泉賢司、「発車メロディーに『N.S.P』 一ノ関駅新幹線」、『朝日新聞』、2019年2月27日3時00分更新
https://www.asahi.com/articles/ASM2V4DZVM2VUJUB006.html
大部俊哉、「GoToトラベルは文法ミス?『日本語の一員といえる』」、『朝日新聞』、2020年7月23日17時31分更新
https://www.asahi.com/articles/ASN7R5FF8N7QUHBI034.html
「新幹線 換気と消毒組み合わせ 新型コロナ感染防止策を徹底」、『NHK』,2020年8月7日7時05分更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200807/k10012555281000.html
「大滝サウンド 来月〝発車〟 水沢江刺駅で『君は天然色』導入」、『岩手日報」、2020年9月10日更新
https://www.iwate-np.co.jp/article/2020/9/10/84645
「東北本線一ノ関ー盛岡間130周年 記念ビール発売/岩手」、『IBC岩手放送』、 2020年10月10日12時00分更新
https://news.ibc.co.jp/item_40795.html
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/index.html

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