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ある統一地方選挙(2003)

ある統一地方選挙
Saveu Satow
Apr. 30, 2003

「軍勝五分をもって上となし、七分を中とし、十分をもって下となす」。
武田信玄

 岩手県に北上市という地方都市があります。同県では盛岡市に次ぐ第二の人口9万人を抱えているのですが、全国的には、その名はあまり知られていないことでしょう。北上市出身の有名人と言えば、最近では、「藤原組長」と呼ばれるプロレスラーの藤原喜明氏くらい,。

 その北上市でも、今回統一地方選挙の一環として、市長選挙が行われています。投票結果は次の通りです。

当 伊藤彬(無・現)30607
  菅原安雄(無・新)4489

 全国から注目されるような話題もなく、岩手県内でも、現職がその強みを発揮し、新人候補をよせつけなかったという程度の認識しかされていません。

 確かに、どこまでも凡庸な選挙にしか見えませんが、地元では、この選挙結果は当選者の今後の政治生命に暗雲が漂うほどのものなのです。

 伊藤彬氏(63)は北上市の旧家に生まれ、祖父は北上市の前身の旧黒沢尻町長を務めています。東京で、14年間、会社勤務の後、家業の不動産賃貸業を継ぎ、40歳の時、市教育委員長、52歳で北上商工会議所会頭に就任するという経歴の持ち主です。前回、新人同士の一騎打ちを制し、同市初の民間出身の市長になった人物です。

 一方の菅原安雄氏(67)は政治とはこれまで無縁で、北上市では、ほぼ無名の人物ですが、その経歴はいささか風変わりです。市内の高校を卒業後、東京で大学生活を送り、大手自動車会社の東京支社に勤務しています。ここまでは、珍しくはありません。問題はその後です。会社勤めは11年で区切りをつけ、幼児期から鋭かったという霊能力を生かし、都内で霊感相談所を開業しています。79年に帰郷後も貸家業を営みながら、96年まで相談所を経営しているのです。

 選挙運動も対照的です。伊藤氏は市内を三巡し、演説会も頻繁に行っています。他方、菅原氏は選挙公報に考えを記しただけで、不謹慎と思われるほど、一切の運動をしていません。ポスターさえ貼っていないのです。本人に言わせると、青島幸男氏の選挙活動を参考にしたということです。

 今回の選挙は、実は、無投票の公算が大です。伊藤氏の優勢は揺るがず、共産党ですら、候補者擁立を見送っています。菅原氏は無投票を阻止するという理由だけで、立候補しています。勝てるなどとさらさら思っていません。菅原氏自身、メディアの取材に対し、自分の選挙結果以上に、ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手の成績の方が気がかりともとれる発言をしています。

 今回の選挙の関心は、そのため、勝ち負けではなく、伊藤氏がいかに勝つかという点に絞られています。菅原氏の得票を3桁程度に抑え、7万2千人の選挙人名簿登録者数の半数を上回る圧倒的な票を獲得して、2期目の市政に臨むというのが伊藤氏陣営のシナリオです。

 ところが、結果は先に述べた通りです。おまけに、前回史上最低の投票率だった69.71%からおおよそ20%も低い投票率まで記録してしまいます。伊藤氏には、まともな候補者に惜敗する以上にみっともない勝利です。自分が立候補していたら、菅原氏よりも票をとれたと巷の人々は、笑っているくらいです。全然選挙活動をしない霊感能力者相手にこんな有様ではそう噂されても仕方がないでしょう。この結果を踏まえて、次回の選挙に向けて、有力候補者も準備を進めるようです。

 マスメディアはこういった口コミの話題を報道することはしませんが、今回の統一地方選挙の結果は、一見凡庸でありながらも、北上市に限らず、おそらく、その地元でないとわからない事情があることでしょう。得票結果と投票率は伊藤氏への懲らしめと共に、対抗する候補者を立てられない政党に対する有権者の抗議です。誰も菅原氏が市長に適任だなどと思っていません。

 ただ、みっともなさに引け目を感じつつ、政策を実行していく方が政治家としてはちょうどいいのです。後ろめたさを胸に秘めている方が深みがあるというものです。毅然として胸を張っているのは、後ろめたさと対峙することを恐れているだけです。自信ありげな態度を捨てれば、政治家ももう少し人々の口コミのつぶやきに耳を傾けるでしょう。みっともなさを振り切ろうと躍起になって政策を執行しているジョージ・W・ブッシュ大統領の姿を見ていると、実際、そう思わざるをえないのです。
〈了〉
参照文献
有馬朗人、『日本例話大全書』、四季社、2000年

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