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対数眼鏡のすすめ(1)(2013)

対数眼鏡のすすめ
Saven Satow
Mar. 31, 2013

「とかく数字をよく使う世のなかで、グラフがどこでも目に入る。しかし、どういう数字を利用して、どのようにグラフに表現するかは、文化の持つ数学力にかかわる」。
森毅『差より率』

第1章 対数のすすめ
 政治・経済・報道の関係者がマスメディア上で数字に触れながら意見を述べる時、数学がわかっていないことが少なくありません。そうした社会科学系の教育歴を修めた人たちは、小学校から数学を学習しているのに、なぜこれだけわかっていないのか不思議でならないほどです。数学の発想がわかっていないのです。

 数学をわかっているかどうかを判断する際に基準となるのが比や率への認識です。数字を挙げても、それを量や差で語っているとしたら、その人は理解していないと思って間違いありません。

 例を挙げましょう。「国会議員は多いので、定数を削減すべきだ」という主張は数字を量だけで捉えています。国会議員が多いか少ないかの判断は、議員定数と人口もしくは有権者数の比率を国際比較したデータがその材料になります。量ではなく、率です。こうした比や率の認識を欠く意見においていくら数字が挙げられても、それは「数字もどき」でしかないのです。

 経済学者やアナアリストは数字に触れたり、数式を用いたりすることが多いですが、数学的には食わせ物が結構あります。個々は差し控えますが、「今日東証は今年最大の下げ幅を記録しました」と報道されることがあります。実際には通時的・共時的に通貨価値が一定でありませんから、下げ率で報道しないと過去との比較になりません。

 量や差に囚われて、比や率から状況を把握できないことは致命的です。基本的な変化の法則は指数的です。その最も有名なものはマルサス・モデル、すなわちy’=kyでしょう。指数的変化は社会や自然の現象のパターンの一つなので、指数を理解していないと、科学的思考は成り立ちません。自然科学のみならず、社会科学であっても同様です。

 3・11の際に起きた自然現象にも指数的変化が見られます。

 地震の規模を表わす際に用いられるマグニチュードは地震のエネルギーの大きさを示しています。マグニチュードは1大きくなると、エネルギーが10の3/2乗倍になります。マグニチュードが2大きくなれば、エネルギーは1000倍なのです。M6のエネルギーが広島型原爆1発分に相当します。東日本大地震はM9ですから、広島型原爆3万2000個分のエネルギーを持っていたことになります。3・11の地震は一度だけではありませんので、実際にはさらにエネルギーは巨大です。

 地震によって発生した津波の速度も指数的変化をします。津波はソリトンで、海中で減衰しません。津波の速度は水深と重力加速度の積の平方根、すなわち1/2乗です。重力加速度は9.8m/s^2です。これによれば、水深5,000mで津波が発生した場合、その速度はジェット機並みの時速800kmに及びます。1960年のチリ地震による津波が20時間ちょっとで太平洋を縦断して日本を襲ったのもよくわかります。

 さらに、この式は近海で津波が起きた時の恐怖も物語っています。水深10mで発生した場合、速度は時速36kmになります。100mを10秒で移動するのです。陸地までの距離が短ければ、津波は瞬く間に到達します。津波が来たら、てんでんばらばらでいいから、とにかく高台に逃げろという「津波てんでんこ」という三陸の標語はまったく正しいのです。

 この指数関数を認識するのに適しているのが対数目盛です。社会科学の領域のグラフに接すると、数直線目盛はほとんどで、対数目盛が利用されていないことに気がつきます。けれども、対数目盛を用いると、反比例やn次関数など等間隔目盛のグラフでは曲線として示される関数が直線化できるのです。森毅は『魔術から数学へ』の中で対数目盛を「対数眼鏡」と呼んでいます。うまい比喩です。

 長期的な推移や爆発的な変化を示す際には、対数目盛が適しています。経済のグローバル化やインターネットによる情報爆発など対数目盛でないと表わせない現象の出現が常態化しています。しかし、対数目盛ではなく、往々にしてマスメディア上では数直線目盛のグラフが使われています。一般のグラフの目盛は1、2、3…といった具合に等間隔で刻まれています。数直線目盛は差を見るのには便利でも、率が見えません。

 一方、対数目盛は間隔を1、10、100…と10倍にして刻みます。10の指数法則は桁数の法則と言い換えられます。10倍すると、桁が1つ増えます。1は10の0乗、10は10の1乗、100は10の2乗ですから、累乗を目盛に拡張したと考えればよいのです。反比例やn次関数を指数の世界から見直したのが対数目盛なのです。

 もっとも、こうして対数目盛の意義を説いても、数学がわかっていない人にはピンとこないでしょう。そもそも対数が何かを十分に理解していないからです。対数がわかっていないことは数学をわかっていないことにつながります。

 指数と対数の関係は、通常、次のように定義されます。aは1でない正の数です。

 a^x=y
 x=log_ay

 なお。aが10の場合、一般的に底が省略され、logyと記されます。

 対数が指数の別の見方だということは知っていても、初心者にはよくわからないでしょう。実際、ウィキペディアを含め事典などの対数に関する解説を読んでも、初心者が知識を内面化できるようには思えません。世にはびこる数学もどきが見抜けるリテラシー習得が当面の目標なのです。そこで、ざっくばらんに対数について説明してみましょう。

 指数法則は桁数の法則です。対数目盛の際に言及した通り、1は10の0乗ですから、0桁、10が10の1乗で1桁、100が10の2乗で2桁です。これを小数式桁数と呼びます。一般の桁の数え方は非小数式です。それでは、2や3など他は何桁になるのかという疑問が湧きます。これが対数なのです。

 対数は、指数同様、掛け算を足し算に、割り算を引き算にする手法です。例えば、10×100=1000です。10の1乗と10の2乗を掛けると、10の3乗になるのですから、累乗が足し算になっていることがわかります。

 こうした指数の法則から次のような法則があることを理解しておいてください。なお、ABはA×B、NlogAはN×logAのことです。

logAB=logA+logB
logA^N=NlogA

 ただし、AとBは正の実数、Nは実数です。

 10の桁数を1にすることは、log10=1と表わせます。2の1乗から10乗まで列挙してみましょう。

2. 4. 8. 16. 32. 64. 128. 256. 512. 1024

 2は3回掛け合わせると、10、すなわち1桁にちょっと足りず、10回掛け合わせると、1000、すなわち3桁をちょっと超えます。この条件から、2を3分の1桁にすると、大きすぎますから、およそ0.3桁とするのが妥当でしょう。これがlog2です。log2=0.3となります。

 4の桁数は2の2倍ですから、0.6桁、8の桁数は2の3倍ですので、0.9桁にそれぞれなります。log4=2log2、log8=3log2より、log4=0.6、log8=0.9です。

 2の桁数がわかると、5の桁数も導き出せます。5は2を掛けると、10になります。桁数1に達するのです。log10=log5+log2より、1から2の桁数0.3を引けば、5の桁数になります。5の桁数は0.7、すなわちlog5=0.7です。

 5がわかると、7が求められます。7の2乗が49ですから、これを50の近似と捉えます。50=5×10ですので、さっきの要領でlog50=log5+log10とします。07と1を足して、1.7=2log7になります。2で割れば7の桁数が得られます。log7=0.85です。

 3に進みましょう。これは7の時の手法を使います。3の4乗が81ですから、80に近似していると考えます。80=8×10とできますので、4log80=log8+log10となります。0.9と1を足すと、1.9です。これを4で割れば、3の桁数がわかります。log3=0.475です。

 3が求められれば、9の桁数も得られます。9の桁数は3の2倍ですから、log9=0.95です。

 2と3の桁数がわかると、6も導き出せます。6=2×3ですから、2と3の桁数を足せばいいのです。log6=0.775となります。

log2 0.30
log3 0.475
log4 0.60
log5 0.70
log6 0.775
log7 0.85
log8 0.90
log9 0.95

 もちろん、これは手作りですので、かなり大まかな値です。何回も計算していると、誤差がとてつもなく大きくなってしまいます。けれども、logが何を意味しているかこれでつかめるでしょう。

 付け加えると、ここから10進数を2進数に変換した際の桁数がおよそ3.3倍になるとわかります。1を0.3で割ればよいのです。コンピュータは2進数を使っています。この桁数の増加を念頭に入れて設計する必要があるわけです。

 桁数の話で説明しましたが、その数が10の何乗なのかと言い換えることもできます。2は10の0.3乗、3は10の0.475乗、5は10の0.7乗などというわけです。こうすれば、対数を指数に変換できてしまうのです。先に言及したマグチュードの話の中の10の3/2乗も概算できます。実際に欲しいのは10の1/2乗の値です。10の0.5乗のことですから、3よりやや大きいとなります。10の3/2乗は30強ですので、だいたい 合っています。

 対数がわかると、指数的変化のイメージがつかみやすくなります。江戸時代の数学書『塵劫記』で紹介されているネズミ算のエピソードを例にしましょう。ある時、秀吉が曽呂利新左衛門という武士に褒美を授けることになります。新左衛門は秀吉に米1粒を願い出ます。ただ、条件がついています。今日は1粒ですが、明日はその倍の2粒というように、翌日は前日の2倍にして一か月間米を与えて欲しいと申し出ます。秀吉は喜んでそれを承諾します。ところが、しばらくして秀吉はこれが100万石を超える途方もない量に達すると気がつきます。慌てて別の褒美に代えてくれと頼んだというお話です。

 これがいくつになるか厳密に計算する必要はありません。むしろ、どれくらいになる見当をつけられる方が、すなわち概数を知る方が数学をわかっていることになります。11日でおよそ1000粒です。21日なら、さらにその1000倍で、100万粒以上、31日なら、さらに1000倍で10億粒以上になります。指数法則は桁数の法則です。指数的変化に接した際、桁数に注意が向く方が数学がわかっている証拠なのです。

 指数や対数という名称を知らなくてもかまいません。その発想さえわかっていればいいのです。そうした原理的な姿勢こそが真に実用的なのです。

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