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ペ・ヨンジュンに見る自己回復(2009)

ペ・ヨンジュンに見る自己回復
Saven Satow
Mar. 16, 2009

「ぼくは今日一日をもっとも意義のある価値のある一瞬一瞬として、一生懸命生きたらそれで幸せです」。
ペ・ヨンジュン

 スカパーが、2009年1月から3月までの期間、「ペ・ヨンジュン祭り」を開催しています。韓流ブームも一時ほどの勢いはありませんが、ヨン様の人気は根強く、別格と言っていいでしょう。イ・ビョンホンやチャン・ドンゴンなども侮れませんけれども、これほどの特集企画が組まれてはいません。

 しかし、ペ・ヨンジュンは、よく知られているように、韓国での評価は必ずしもトップではありません。最近では、映画『スピード・レーサー』(2008)でハリウッド・デビューを果たしたRain(ピ)も大変な注目を浴びています。

 これまでにも海外以上に日本で愛された映画俳優もいます。その代表がオードリー・ヘプバーンです。ヘプバーンと言えば、欧米では、オスカーを4度受賞したキャサリンであり、彼女ではありません。オードリーはまさに日本人好みの女優です。その理由は歴史に見出せます。終戦後、日本女性が新たな女性像を探し求めていたところに登場したのがオードリーです。日本女性にとって、そのため、オードリーは特別の女優です。

 「微笑みの貴公子」が最初に日本で広く知られるようになったのは、NHKのBS2でドラマ『冬のソナタ』が放映された2003年4月からです。メガネをかけた涼やかなハンサムな青年に対する熱狂も「なーに、すぐに冷めるさ」と見くびっていた人も少なくありませんでしたが、これは見事に外れたことになります。何しろ、あの放映開始からもうすぐ6年も経っています。

 あまりの人気ぶりにやっかみ半分の反発が男性の間から沸き起こったと同時に、ペ・ヨンジュンがなぜこんなに受けるのかという疑問への答えも模索されています。

 その一つが懐かしさです。『冬のソナタ』の中心的ファン層は40歳以上の女性だとされています。『君の名は』から『愛と死を見つめて』といったラジオや映画、テレビなどで人気があったラブ・ロマンスを思い出すというわけです。

 確かに、不自然なまでに二人の間に障害が次々と現われる点は似ています。今時珍しい古風なドラマに安心感を覚え、心のときめきを感じ、彼女たちは癒されているというのです。

 けれども、この説明は『冬のソナタ』の人気には当てはまるとしても、ペ・ヨンジュンその人に対しては不十分です。なるほど、彼のブレークは『冬のソナタ』です。ペ・ヨンジュンは数多くのドラマや映画に出演しているものの、彼の魅力が最も出ているのは、今でも再放送が繰り返されているように、『冬のソナタ』です。『冬のソナタ』の撮影スポットの観光ツアーも依然として好評です。

 しかし、その後の受容は『冬のソナタ』から飛び越えています。むしろ、ペ・ヨンジュン自身を見つめる方が適切でしょう。

 ペ・ヨンジュンは強烈な個性を発するエッジのきいた俳優ではありません。やさしく、穏やかで、聞き上手といった少々フェミニンな印象があります。女性が疲れて膝に手を置いていると、そこに自分の手を重ねて、軽く微笑み、ゆっくりとうなずくような男性です。

 日本の女性は清潔感があり、聞き上手、自分をいつも気にかけ、尊重してくれる男性に好感を持ちます。もちろん、これは一般論で、個別的にはそう思わない女性も要るでしょう。もてない男は、概して、不潔で、人の話を聞かず、うるさく、マメではないものです。

 自分の周りにこういう男性がいないという不満から彼に惹かれるのではありません。そのとき、おそらく、彼女は見失っていた自分自身を取り戻したと感じられるのでしょう。この自己回復がペ・ヨンジュンの人気の理由だと言えます。

 本当の私はやさしく、穏やかで、聞き上手なはずなのに、日々のわずらわしさの中で、それを見失ってしまっているけれども、ヨン様はその自分自身を取り戻させてくれるのです。自分を見失えば、自身を大切にできず、他人のこともないがしろにしてしまうものです。微笑みの貴公子はそれをハッとさせます。ペ・ヨンジュンに見ているのは、本来の自分自身です。ヨン様は彼女たちにとって自分自身を映し出す鏡にほかなりません。

 夢を見せたり、現実を見つめさせたり、等身大の生活にも幸せがあると思わせたりする俳優が多い中で、ペ・ヨンジュンは、少なくとも、日本ではそう受容されません。自己回復をもたらして彼は女性たちの心をつかんでいるのです。

 『冬のソナタ』にしろ、ペ・ヨンジュンにしろ、そんな意図はなかったでしょう。ヨン様人気に対する無理解は日本の男性社会が女性の気持ちをわかってこなかったことの現われです。

 やさしく、穏やかで、聞き上手になってみようとするとき、ペ・ヨンジュンに惹かれる女性たちの気持ちがわかる気がします。それを人生において維持していくことがいかに難しいかをペ・ヨンジュン人気は教えてくれるのです。
〈了〉

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