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『バージニア・ウルフなんかこわくない』と少子化対策(2006)

『バージニア・ウルフなんかこわくない』と少子化対策
Saven Satow
Mar. 09,2006

「ウルフは社会に出る女性でなく、暖炉のそばでうじゃうじゃおしゃべりする女性の中でふくらむイメージというものをものすごく大切にしているんです」。
森毅『ゆきあたりばったり文学談義』

 猪口邦子少子化・男女共同参画担当大臣は、先に、入院を含む出産関係費用を国が全額負担する「出産無料化」制度の導入を検討していく考えを表明したのですが、その少子化対策は尻すぼみになりつつあります。

 現内閣は「小泉劇場」と呼ばれています。猪口大臣は、劇場の登場人物にふさわしく、マーサのように振舞っています。彼女は、あたかも、エドワード・オールビー(Edward Albee)の演劇『バージニア・ウルフなんかこわくない(Who's Afraid of Virginia Woolf?)』に出てくる杯が手放せない女性です。

 大学教授夫妻のジョージとマーサは、訪れたニックとハニーに、21歳になる息子のジムのことを尋ねられます。ジムのことは口外しないと夫婦の間で約束していたにもかかわらず、マーサはあれこれ話し出します。しかし、ジョージは息子が昨日交通事故で死んだと告げます。実は、ジムは最初からいないのです。ジョージはニックに「真実と幻想…誰にその違いがわかる?(Truth and illusion...Who knows the difference?)」と問います。コミュニケーションもなくなり、冷めきった夫婦関係を続けていくために、2人が作り上げた幻想にすぎないのです。

 西洋近代演劇は舞台への人の出入りによって物語を展開します。私的空間は閉じられていますし、公的それは開かれています。ですから、酒場のような半開きの空間が舞台として適当なのです。

 ところが、この作品は閉じられた私宅が舞台です。出入りによって物語を展開できません。そのため、夫婦の会話がどんどん煮詰まっていきます。けれども、それが狙いです。会話は限界に達し、破裂します。幻想は幻想でしかないと明らかになるのです。難しい設定を逆手にとった名作です。

 タイトルにもなっているバージニア・ウルフ(1882~1941)は英国の作家で、20世紀文学を変えた一人です。1905年から第二次世界大戦期まで続いたイギリスの芸術家や学者からなる組織ブルームズベリー・グループの一員です。彼女はフェミニズトとしての発言でも知られています。

 この三幕の戯曲は1962年にブロードウェイにて初演されます。63年度トニー賞演劇部門を受賞、同年度ピュリッツァー賞戯曲部門にも推薦されています。66年、マイク・ニコルズによって映画化、同年のアカデミー賞にて主演女優賞など五部門を獲得しています。現代アメリカ演劇を代表する作品の一つです。

 猪口大臣の少子化対策はジムのようです。小泉内閣が存続する目的で、作り出された想像の産物でしかありません。都市に人口が集中すれば、生活費等がかさみますので、出生率は低下します。地方に人口が移動するような全国的な政策が少子化には必要です。これを担えるのは国だけです。なのに、猪口大臣は自治体の首長のごとく対策を示しています。しかし、ジムが実際にはいないことを人々はもう知っています。そろそろ幕引きの時間でしょう。

 なお、このタイトルはディズニー映画の『三匹の子ぶた』の挿入歌『狼なんかこわくない(Who's Afraid of the Big Bad Wolf?)』をもじっています。そう考えると、3月6日の民主党の蓮舫参議院議員の国会質問に、狼から将来を担う子ぶたをどう守るのかという内容が含まれていたのは、偶然にしては随分とできすぎた話です。
〈了〉
参照文献
森毅、『ゆきあたりばったり文学談義』、ハルキ文庫、1997年

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