”新野球場棟がイチョウ並木を殺す!?”
イチョウ並木に決定的ダメージを与え、枯損を加速させる「野球場棟」建設計画は白紙に!
神宮外苑再開発計画では、世界に誇る景観として親しまれているイチョウ並木が保全されるかが大きな焦点となっています。再開発によりイチョウ並木を枯損させる要因として指摘されているのは、神宮球場を取り壊したあと、移転先の場所で新たに建設される予定の「野球場棟」です。
本稿では、この新野球場棟計画がイチョウ並木へどのような影響を与えるのかについて、考えてみたいと思います。
1.「4列の並木」と「18本の並木」
初めに、神宮外苑のイチョウ並木について確認しておきましょう。
イチョウ並木は、青山通りから聖徳記念絵画館に向けた通り沿いに植えられた146本のイチョウによって構成されています。
この146本のイチョウはすべて同じ種から育った「兄弟木」です。明治14年(1908年)新宿御苑の在来木から採集した種子から育ち、大正12年(1923年)外苑に植栽されてからさらに100年かけてすくすくと成長してきました。
並木は大きく分けて2つの部分から構成されています。約300メートルにわたる見事なビスタ(見通しのいい景色)を提供する4列128本(以下「4列の並木」)と、途中西折して秩父宮ラグビー場に至る2列18本(以下「18本の並木」)です。
イチョウ並木の保全については、この「4列の並木」と「18本の並木」が守られるのかという点を見ておく必要があります。
2.新野球場棟予定地の「18本の並木」は失われる!!
まず「18本の並木」です。
「4列の並木」ほど認知度は高くないかもしれませんが、同じく100年の歴史を持つ兄弟木として成長し、端正なトライアングルの樹姿を見せています。秩父宮ラグビー場へ訪れるラグビーファンにはおなじみでしょう。
問題は、新野球場棟建設予定地が、まさにこの場所に当たっていることです。このため「18本の並木」は当初「伐採対象」とされていました。事業者はその後「移植検討」に変更しましたが、もともと事業者が公開しているデータでも「移植不可」と判定しているものであり、変更した経緯・根拠も不明です。
それぞれのイチョウの間隔は数メートル、地面の下では100年にわたってこの大木を支えてきた根が複雑にからみあっていることでしょう。「検討の結果、移植は不可なのでやはり伐採」となる可能性は捨てきれません。
仮に移植するとしても、枝や根を切断し、丸太に近い姿にして運搬するしかないのではないでしょうか。
また巨額の費用と労力を投じ、移植を行ったとしても、この地で100年の命をはぐくんできた18本のイチョウにとっては、大きなダメージとなることは間違いありません。移植後の場所で元のようなトライアングルの樹姿を取り戻すまでに何年かかるのか、それまでに果たして命をつなげるのか。事業者はこうした疑問に明確に答える責任があります
3.「4列の並木」の枯損は避けられない!!
次に「4列の並木」についてです。
新野球場棟がイチョウ並木を枯損させるという批判の高まりの中で、事業者は「4列のいちょう並木は守ります」というアピールを盛んに行っています。しかしそこには上記で述べた「18本の並木」は含まれているのでしょうか。また「4列の並木」を守るという主張にも根拠があるのか疑問です。
計画では、新野球場棟の外野フェンスは4列の並木の至近距離に迫っています。マスコミ報道などでは、その距離は約8mとされていますが、資料を詳細に見ると、実際にはもっと近いことがわかります。以下の事業者公開資料の図(「いちょう並木の根系調査の実施について」2023/1より、一部加筆)をご覧ください。
つまり、8mというのは舗道までの距離であり、イチョウの幹の中心までの距離は約6.5mとなります。新野球場棟の杭の深さは40mとされており、「工事ヤードを差し引けば、根を張ることのできる空間はわずか4.5mしか残されていない」(石川幹子「危機に瀕する外苑いちょう並木」『世界』2024/3月号より)とのことです。
新宿御苑トンネルの建設に伴う樹木保存帯の設計に携わった経験のある石川幹子中央大学教授は上記論文で、工事から35年後の再調査で「擁壁から15メートル以内の樹木の残存率は33%に過ぎなかった」と指摘しています。4.5mという距離は、イチョウ並木の保全のために十分とは、とても言えないのではないでしょうか。
さらに問題なのは、現在のイチョウ並木に中に、すでに樹勢に衰えが見られるイチョウがあることです。
樹齢1,000年を超えることも多く生命力が強いと言われるイチョウですが、このような顕著な衰えが、西側の1列を中心に複数本見られるようになった要因は、猛暑日の増加など環境の変化が考えられるとも言われています。
また、衰えが見られるイチョウが、西側の1列に集中して見られることから、近接する建造物が樹体の生命力に何らかの影響を与えている可能性も否定できません。だとすれば、今回の計画で、至近距離に新野球場棟を建設することには、最大限慎重な配慮が求められるべきです。
いずれにしても、イチョウ並木の保全を言うならば、146本のイチョウが「すべて健全」とした評価に基づく現在の新野球場棟建設計画はいったん白紙に戻し、衰えが見られるイチョウの快復措置にまずは全力を注ぐべきではないでしょうか。確証のないまま計画を強行し、取り返しのつかない事態を招くことは避けねばなりません。
4.「セットバック」案でイチョウ並木は保全できるのか
事業者は、以上あげた疑問に、具体的根拠をもって答えるべきです。そうでなければ「4列のいちょう並木を守ります」というスローガンも、一時逃れの空文句と言われても仕方ないのではないでしょうか。
影響調査が不十分という指摘を受け、事業者が2023年末から2024年明けにかけて都に提出すると表明していたイチョウ並木の新たな保全策も、いまだ提出されていません。その一方で、新野球場棟については、保全策のひとつとして「セットバック」を検討するとも言い始めています。これは、新野球場棟の設置位置を現在の建設予定地から後方にずらすというものです。
「セットバック」の詳細は明らかにされていませんが、敷地面積が限られている中、イチョウ並木の保全に十分な距離の確保が可能なのか疑問符が付きます。また、すでに削減されることが明らかになっている新球場の外野席またはフィールドをさらに削らなければ実現できないでしょう。野球場としての機能を犠牲にし、観戦環境をさらに悪化させる懸念をはらむものです。
5.新野球場棟計画は白紙に! 既存の場所で神宮球場の改修を!
神宮外苑再開発計画は、大規模でさまざまな要素が絡み合っている複雑な計画ですが、以上見てきたように、その中でも神宮球場取り壊し・移転新築とイチョウ並木の保全の問題は、密接な関係があり表裏一体と言えます。
事業者は「移植不可」との評価を下した「18本の並木」について、具体的根拠は明らかにしていないものの、「伐採対象」から「移植検討」に見直しました。一方で、神宮球場については「既存の場所での改修は不可」という一方的な主張に固執しています。
イチョウ並木の保全を言うならば、神宮球場について改修できない理由ばかりを並べ立てるのではなく、外部の意見(※)も広く参考にして、既存の場所における改修の可能性を検討する必要があるのではないのでしょうか。
※既存の場所における改修については、新建築家技術者集団東京支部による以下の提案があります。
「秩父宮ラグビー場と神宮球場の現在地での再生提案」