【連載小説】たましいのみなと vol.3

離れの部屋には、今はもう、僕とじいちゃんしか足を運ぶ人はいない。

出入りする人が少ないからだろうか、廊下を奥に進めば進むほど、別の世界へ入っていくような不思議な感覚がする。

風の音と、鳥の鳴き声だけが耳に心地よくて、外の世界より楽に呼吸ができるのだ。

「入るよー」

離れの部屋の引き戸を開けると、窓辺の椅子に腰掛けていたじいちゃんと目が合った。

「やぁ、純くん。いらっしゃい」

読んでいた本を机に伏せ、微笑みながら眼鏡を外して立ち上がる。

その場で真っ直ぐ上に腕を伸ばしながら、大きな欠伸をした。

「また、朝からここに居たの?」

僕がそう聞くと、じいちゃんはとぼけたように肩を竦めて

「トイレに行ったり、お茶を淹れてみたりしてね。家の中を歩き回ってるよ」

と言った。

今度は僕が、肩を竦めながら呆れたように短いため息をつくと

「昨日はね、月野丘公園に散歩に出掛けたよ。スーパーで買い出しもしてきたし、そんなに心配しなくても、ちゃんと外にも出てるさ」

と、口の端を上げて満足顔をした。

「これ、こないだ寄った本屋で見つけたんだけど。」

僕はかばんから、1冊のハードカバーを取り出してじいちゃんに渡した。

じいちゃんは、パラパラと数ページ捲ると

「おお、新刊かな?」

と、にっこり微笑んで僕を見た。

「その人の本、好きでしょ。読みたいかと思って」

窓辺にある僕専用の椅子に腰を下ろし、オロナミンCに口をつける。

「私のために買ってきてくれたんだね。ありがとう、その気持ちがとても嬉しいよ」

そう言って、じいちゃんはさっきまで読んでいた本に栞を挟んで棚に戻し、僕の買ってきた新刊を手に窓辺の椅子に腰を下ろした。

じいちゃんの言葉は真っ直ぐだから、時々何となく気恥しい気持ちがすることがある。

「どういたしまして。オロナミンC、ありがと」

僕がそう言って、瓶を軽く持ち上げると、眼鏡を掛けながらじいちゃんは、またゆったり微笑んだ。

よろしければサポートお願いします!いただいたサポートは活動費にさせていただきます!