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徒サ日記#005 はじめてサウナに行った夜のこと(ホテルホワイトシティ)

はじめてサウナに入ったのはいつだったのか。記憶の糸を手繰り寄せ、どうにかこうにか書き起こせるレベルまで思い出せた。サウナに関する記述は数行で、大半は自分語りだ。よほどの暇人以外はこれ以上読まないほうがいい。僕が僕だけのために書くメモだ。

いいか、読むなよ、読むなよ、絶対に読むなよ(魔法)。

モータースポーツジャーナリストになりたいという夢があった。どうやったらなれるかわからないから、勢いだけで、そこそこいい大学を中退して、ライターという世界からその夢を切り拓いてみようとした。委細割愛するが、残ったのは借金と絶望だけだった。

次なる手段として、Web編集者として道を拓いてみると、あるモータースポーツ誌の公式Webサイトの編集に携われることになった…はずだったのだが、入社前に肝心の雑誌が急遽廃刊となり、1日も働いてない。

もうスッパリと諦めよう。

そう思って、IT業界の門を叩いたのは2004年。「未経験者歓迎!充実した教育制度あり!1人前のエンジニアに育てます」という謳い文句を掲げた会社に入社した…はずだった。

「Javaで3目並べを作りましょう」という指示だけ受けた。僕はどうにかこうにか3日間で、勝敗判定はできないけど、3×3のマスに○と×を出力するだけのプログラムを自力で書いた。4日目には人さらいにあい、5日目からは、新横浜でC言語とにらめっこする羽目になった。ひとりで。

誰の監視もないことをいいことに、僕は勝手に午後出社をして定時に帰るということをやりはじめた。こんなことしてたら、愛想をつかされ、配置転換されるだろうと思ったら、なんのお咎めもない。頭にきて、私服で出社するようになったけど怒られない。VSS上で管理してるプログラムをいくつか削除したらやっと怒られて本社に戻ることになった。ここまで1年を要した。

そこで出会ったのが、KとJだ。どちらも同い年。Kは営業で、Jは先輩エンジニア。ひとりでいることが当たり前だったので、彼らとの出会いは嬉しくて、僕は彼らの腰巾着になることを決めた。

そして運命の日は訪れる。2005年の秋だった。二人が池袋で飲むというので僕もついていった。そして、ベロンベロンになったところで、「風俗に行くぞ」という話になり、池袋西口にあった「ツーピース」というイメクラに行くことになって、記憶が確かなら、痴漢コースを楽しんだはずだ。

各々楽しんだらカプセルホテルに集合という手はずになっていた。待ち合わせの場所はホテルホワイトシティ

先輩エンジニアJが先についていた。

「Kはひとりだけ90分コースで楽しんでるからサウナ行こうぜ」

ハイスペック腰巾着だった僕は、はじめてのサウナに対する期待と不安が入り混じった不思議な気持ちで、Jに着いていく。身体を洗ってから、サウナ室に入る。意味わかんない。暑すぎる。

「ねーねーJさん、こんなの何がいいの?」
「明日のために酒抜くんだよ」

見渡すと不思議な空間だった。寝てるおじさんもいた。髭剃ってるおじさんもいた。歌ってるおじさんもいた。新聞読んでるおじさんもいた。なんか知らんけど自由なとこだなと思っていると、Jが立ち上がったので僕もついていく。サウナのあとは熱い湯船に限るそうだ(殴りたい)。

しばらく熱湯に浸かっていると、僕はモーレツに気持ち悪くなって、トイレにかけこみゲーゲー吐いた。そしてカプセルに引き返し寝た。もう二度とサウナなんかいかねーと腹を立てながら。

あのときせめて水風呂に入っていれば、もう少しサウナに興味を持つのが早かったんだろうけど、とにかく最悪なサウナデビューだった。次にサウナに入るのは14年後。そらそーだ。

なんだかんだIT業界に寄生して20年が過ぎ、今では週6回はサウナに通うようになった僕だけど、頑なに部下をサウナに誘わないのは、この出来事が大きく影響している。

追伸
肝心の「ホテルホワイトシティ」今はインターネットカフェになっている。閉館日は2009年9月30日とのこと。

サポートは不要です。そのお金でサウナ行ってください。