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スペードのエース


【閲覧注意】
ショッキングな描写があります。大病を患っている方、闘病中の方、及びそのご家族、ご友人.....の方は特に閲覧を控えていただきたいと思います。


何度か書いている通り、私はがん患者です。2度の外科的手術で病巣は取り除けたものの、いつ再発転移するかは分かりません。

これからお話しするのは、私ががんを告知された日及び前後のことです。数年前、健診の際にがんである可能性を指摘された私は別の病院で病理検査も兼ねた手術を受けました。その結果、がんだったのですが......。

手術を受け、結果を聞くまでの約3週間は気が気でなかったです。がん疑惑がもたれてから手術を受けるまで、ネットで同じ部位の患者様のブログを読み、あちこちの病院のウェブサイトを見、本を読んだりとがんに関する情報を沢山調べました。闘病記には「結果を○日後、××日に訊きに来てください」と言われたけれど、がんと判明した時点で病院から電話があり「今、これから来ていただくことは出来ますか?詳しいことは後程お話しします......ご家族とご一緒でも構いませんよ」などと言われた話が多く載っており、私は電話が来ませんようにと祈っていましたが、来るなら早く来いとも思っていました。

結果が出るまでの間、図書館でがん関連の本を数冊借りました。いつもは内容をパラパラとめくって、面白そうか、有益そうかどうか確かめてから本を借りるのですが、がんの本を立ち読みするのは何となく抵抗があったので、その図書館の書架に置いてあった私の部位のがんの本を中身を見ずに3冊まとめてカウンターへ持って行きましたーーがん告知の前日のことです。

家に戻ってさっそく本を手にすると......あれ、何か挟まってる......なんとそれは............

喪中はがきでした。差出済みの(当然、宛先と差出人の住所も名前もバッチリ書いてあります)。

いや、驚いたなんてものじゃないですよ。ショックというよりびっくりしました。特に、一体誰が挟んだのだろう?ということが気になりました。一番自然なのははがきの受取人でしょうか、けれどそんなものを図書館から借りてきたーーしかも亡くなる方も多い病気の本へしおり代わり(?)に挟むでしょうか?消印は前年のものでしたから、届いたばかりではありません。わざわざ引き出し等、保管していたところからはがきを取り出してしおり代わりに......?いや、わざわざ自分の住所氏名が書いてあるものを不特定多数の人が訪れる図書館の本に挟むなんてことをするでしょうか......?それにこのような本を借りるということは、借りた本人や身近な人ががんを患っている可能性が高い――そうなら、こんな不謹慎なことをするだろうか......?単にうっかりなのか、何らかの意図があるのか......?とにかく気味が悪かったです。もしこれが何者かが悪意を持って挟んだのならとんでもないことですし、宛先と差出人、そして故人の個人情報を知りたくもないのに知ってしまったという何ともいやな気持ちから、私は翌日、つまり病院へ結果を訊きに行く日の朝早くに図書館の問い合わせフォームに概要を書いて送りました。私が利用している市の図書館では返却時に異物が挟まれていないか、汚損はないかと本をパラパラとめくって確かめますし、ページのちょうど真ん中あたりに挟まったはがきを見逃すとはちょっと考え難いです(レシートくらいの薄さの紙ならともかく)。ですからその点も指摘しました。また、迷いましたが、自分はおそらくがんであり、このようなものを目にしてしまって動揺している、今後このようなことがないように注意してほしいと書き加えました。

ガン告知の当日。付き添ってくれる者など誰もおらず、付き添ってもらいたい人もいない私は一人で病院へ行きました。待合室のテレビはいつもは料理番組や旅番組、芸能情報などが流れているのですが、その日のテレビ番組はまるでこれからの私のために流しているのか?といった内容でした......偶然だとは思いますが、前日の喪中はがき事件を嫌でも想起させ、スペードのエースを突き付けられた気分になりました。あの時ばかりは「お前の被害妄想だ」と誰かに言われたら反射的に殴ってしまったかもしれません。なぜって「がん患者はいかにして告知後、病を受け入れていくか」という内容ですよ......スペードのエースが1枚、もう1枚。

「占い」はピタリと当たりました。がんでした。あの病院では良くない結果が判明してもすぐに患者に連絡を入れることはしない方針なんでしょう。私としては早いところ知りたかったです。来るか来ないか分からない電話を判決、審判を待つような気持ちで何日も待っていましたから......。

告知の翌日、図書館からメールで返事が来て、通り一遍の私へのおわび(不快な思いをさせてすみませんという内容で、2行だけでした)のほかは、他の利用者のものと思われるはがきが挟まっていたとのことで、個人情報を慎重に取り扱わなくてはいけない施設でこのようなことが起きたのはまことに遺憾......とちょっとピントがずれたような内容が書かれていました。また、はがきは本の返却時にそのまま挟んだ状態でお返しくださいとのことでした。私としては一秒でもこのハガキを持っていたくない、この本も他2冊借りたものも開きたくない、仕方ない、さっさと返しに行くか......と思った矢先に図書館から電話がかかってきました。「職員で話し合った結果、これはお宅にお詫びに伺ってはがきを回収するのが筋ではないかということになりまして.....本日ご都合よろしいでしょうか?」と。私は正直、詫びてもらいたいというより、さっさとはがきと本をどこかにやってくれという気持ちが強く、またその日は雪が降っていて大変寒かったですし、出かけるのも嫌でしたので二つ返事をしました。

拙宅に職員がやってきて、メールよりは丁寧なお詫びの言葉をもらったほか「私事ながら、私も身内にがんの者がおりまして......テレビとかで『がん』とう言葉が出たときなど、敏感になってしまうのでお気持ちは本当に分かります」と言われました。本当の話かは分かりません、私に寄り添うようにすればこの問題を穏便に解決できると思ったゆえの作り話かも知れないとも思いましたが、そのようなことをされなくとも私としてはこのようなことが再び起きないようにしてもらいたかったのと、なによりはがきを私の手元に1秒でも長くおいておきたくなかったので、余程おかしなことを言ってこない限りははい、はいと聞いてすぐに終わらせるつもりでした。話が終わり、本を3冊手渡したら「もう2冊もご返却で?」と多少驚いた口調で言われました。「ええ......あと、差し支えなければ教えて頂きたいのですが、問題のはがきはどうすることになっておりますか?」と私は訊き、拾得物として交番に届けるというような回答を得たと思います。そんなことを訊いたところでこのミステリーの解決にはならないのですが......。誰が何の意図で挟んだのか、やはりとても未だに気になります。少なくとも職員は私の前に例の本を借りていた人物がはがきの受取人かどうかは調べればすぐに分かるでしょうが、その結果を私に知らせることは出来ないでしょうーー個人情報を慎重に取り扱わなくてはいけない施設ですからね。

最後に「はがき、この場で確認しなくてよろしいですか?」と訊いたら職員は「いえ、大丈夫です」と言い一礼したあと、服に降りかかる雪を払いながら家の向かいに停めてある車まで歩いていきましたーー大丈夫ですよ、路上駐車していたことについては不問に付しますので......私の関心事ではございませんから。