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同姓同名

この間、デパートで口紅を買った話を書いたけれど、その時ふと思い出したことがある。

「メンバーズカードはお持ちですか?」
「もう長いことこちらで買い物してなかったので、今日は持ってないのです」
カード、どこにしまったかな。紛失したかもしれない。
「ではお名前をいただけますか?こちらにお名前だけでよろしいので入力して下さい……」
タブレットを手渡された。

(もちろん、本名を入力したのだが、自伝などでは自分の名前を「南美穂」ということにしているのでこの記事でもそれに倣う)

「みなみみほ」と入力すると候補が何件か出てきた。住所は町名まで表示されている。
南田美穂、南美保、南野美歩……違う……お、南美穂を発見!あ、けどこれは住所が違うや。スクロールすると自分の住む町の「南美穂」が出てきた。
「これです」
「最後にいらしたのは一昨年の1月ですね。パレットをお買い求めいただいて……」
ちなみにそのアイシャドウパレット(10色入り)は気に入ってるが似合わないというか上手に使えないので封印している。

このことで何を思い出したかってのが今回の話なんだけど、小学生時代まで遡る。私は当時うちの裏にあった書道教室に通っていた。先生のお宅は洒落た日本家屋で、庭には木々や季節の花が咲き乱れ、池には錦鯉が泳いでいた、水車もあった。けれど成金趣味のそれではなく、きちんと手入れの行き届いた風情のあるものだった。春になると水仙が咲いて芳香を放っていた。硯で摺った墨の薫りと水仙の匂いのする教室で正座して書道に励んだことをついこの間のように思い出せる。

その教室は墨泉社という横浜の書道の会に属していて、毎月冊子を発行していた。その冊子には先生たちの素晴らしい作品の他、生徒の優秀な作品が掲載されていて、級や段が上がった生徒の名前も列記されていた。生徒の作品や名前には通っている教室の名前や居住地は一切添えられていなくて、ただ名前だけが記載されていた。
月のはじめには教室に入るなり、生徒たちは積まれている新しい号の冊子を開き
「あ!ついに初段になった!」「今月もまだ2級止まりだ……」と喜んだりがっかりしたものだった。

で、ある日、その冊子に私と同じ「南美穂」という名前を見つけた。彼女は書道教室に通い始めたばかりなのかまだ5級。その時私は確か3級。以来私はこのどこぞの南美穂を秘かにライバル視するようになった(ま、実際は少し気になってただけだけど)。

書道教室には3年生から5年生まで通っていたのだけれど、結局2段までしか上がらなかった。もう一人の南美穂さんはめきめきと頭角を現し、何度か作品が掲載されていたけど私のは一度も載ることはなかった。

秘かにライバル視してた南美穂さんのことなどとっくに忘れかけていた高校三年生の冬休み、私は郵便局で年賀状の仕分けのバイトをしていた。
「戸別組み立て」って作業で、ざっくりと分けられた郵便物をさらに家ごとに分け、特製の箱に挿していく。
黙々と作業をしていると局員さんが
「南さん宛ての年賀状見つけたよ!」と年賀状を手渡してきた。
あ……、確かに私の名前が書かれているけど住所が違う。もしやこれは…….
あの「南美穂さん」じゃなかろうか?そう思うとなんだか感慨深くて懐かしくてたまらなかった。もしかしたら全然別人かも知れないけどね。
「え、違った?『来年は卒業だけど、これからも友達でいようね』って書いてあるからさ~。南さん高校3年生だからそうだと思ってたよ」
おいおい、局員が勝手に私信を読むのはダメなんじゃないかいっ!
この局員は何かと私を贔屓?してたんだけど(お菓子やミカンをくれたり、ちょくちょく声を掛けてきたり)、今思えばストーカーっぽい人だったのかな。怖いっ(今更気づいてどうする💦)。

46年(もうすぐ47年だけど)生きてきて同姓同名の人には出会ったことがないーーあの時横浜のどこかにいた彼女を除いて。