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地獄拠点デステラ

「オレ、みんなに弱虫だって言われてるし、ハンターになんか慣れっこないよ…モンスターが怖いんだもの」

茶屋の長椅子に腰掛けた里の少年シヨタは、すっかり意気消沈している。目の前で仁王立ちする狩人に(遠慮したのに)買い与えられたうさ団子は、一口齧ったきりだ。お団子からはみ出した真っ赤なイチゴの餡は、さながらモンスターに食い荒らされた臓腑のように感じられた。

「シヨタ君、私の話をしてやろう」

臓腑イチゴと同じくらい真っ赤な鎧を着込んだ狩人は立膝になり、少年と顔の高さを合わせると、そう語りかけた。狩人の頭は金ピカのインゴットヘルムで覆われているが、そのスリットの向こうには、優しく、自信に満ちた眼差しを感じられるのだった。

「私の使っているこの重弩、テオ=フランマルスは、古龍テオ・テスカトルの素材でできている。私と、私の仲間は、力を合わせてかの龍を討った。私はそのとき、この重弩の名前にあやかって、ハンターネームを改名したのだ。貴君がもう少し幼き頃、改名ブームがあったのだよ」
「…フランマルスなのに、ランマルスにしたの?」

シヨタは純粋な疑問をぶつけた。

「かつて、私のあだ名は『腑抜け』だった。否、今でも腑抜けなのだ。私は臆病を覆い隠すために、鎧で全身をくまなく覆い、強者の言葉遣いを学んだ。だが、私には頼れる仲間がいる。仲間と一緒なら、腑抜けでも古龍を狩ることができる。私は…」

ランマルスは立ち上がると、愛砲テオ=フランマルスを展開し、肩に担ぎ上げた。気高き炎帝の重弩は陽光を浴びてその輝きを増す。ダマスクメイルのマントが風ではためき、桜の花が舞った。啓示的な光景であった。

「『フ』抜けのフランマルス…故に、ランマルスだ」

ランマルスはそのポーズのまま固まり、弱虫少年の反応を待つ。ランマルスを見上げるシヨタの口もとは、みるみると緩んでいき…ついには「ふふ」と吹き出した。

「オレ、もうちょっと考えてみる。弱虫でもハンターになれる方法をさ。ランマルス、ありがとう」

シヨタは齧りかけの団子に喰らい付き、胃の腑へと流し込んだ。イチゴの赤には、もはや厭わしさを感じることはなかった。

「礼には及ばん!それから…この話は他言無用だぞ!」

会話の全てを立ち聞きしていたヨモギが、ヒノエが、センリが、あるいはその様子を屋根の上から見下ろしていたウツシが、その他大勢の里民が、くすりと笑った。

ここはド辺境、カムラの里。
腑抜けの秘密は、全て筒抜け。


××××××【禍群重弩衆】××××××


「禍群重弩衆!禍群重弩衆は…いるでゲコか?」
 
ギルドマネージャーのゴコクが、狼狽え声をあげながら集会所に入ってきた。太鼓奏者のドンとドコはお昼休みをとっており、集会所は静まり返っている。ゴコクの顔面は蒼白しており、ヨツミワドウの体に疲れたゴシャハギの頭をくっつけたような風体であった。
 
「寝てるのか…お〜い、ガ性ガ強太郎。お休み中のところ悪いが、みんなを起こすでゲコ」
 
ゴコクはテッカちゃんによじ登りながら、湖畔に面したテラス席で爆睡しているハンター4人組に呼びかける。腕組みをしていた男がぱちりと目を開けた。

「みんな、起きろ。ゴコク殿がお呼びだ。エイム・E、ランマルスを起こせ」
 
黒染めのインゴットメイルを来た短髪の男は、隣で突っ伏している女を肘でつついた。
 
「んグッ…んん…ふぁーーーーあーーー…」

エイム・Eと呼ばれた女はむくりと起き上がり、だらしなく欠伸をした。薄水色のココットショートに紫色の唇。装備しているアルブーロメイルの胸元には『狙 い が 良 い』の文字がデカデカと刺繍されている。
 
「ランマルス、おきろー…」
 
エイム・Eはテーブルの下に転がっている物体…金ピカのインゴットヘルムをコンコンと爪先で蹴った。睡眠時にも鎧兜を決して脱がない変人ランマルスが、ガチャガチャと音を立ててテーブルの外に這い出でてくる。

「善く、寝た」
「お前、どんなとこで寝てんだ」
「うむ…何事か」
「ゴコク様が呼んでる。ヘビィチャンも起こしてよ」
 
向かい側の長椅子では、レイアメイルを着た小柄な女ハンター(彼女がもし齢13歳程と冒涜的な虚偽申告をしても、騙される人は騙されるだろう)が仰向けになって寝息を立てている。

「おきるのだ!ヘビィチャン」
「んっ……うるさ…」

ヘビィチャンが不快そうに目を擦り、起き上がった。

「1年の眠りにつく夢を見たわ…あら、ゴコクさまが帰ってるのね」

4人はぞろぞろとゴコクの前に集まった。今回は、呼び出されるような心当たりが無い。

「禍群重弩衆、参上しました」
「お早いお帰りでしたね、ゴコクさま」
「うむ…雷坊と弓塚の件をギルド本部に報告してきた」
「そうでしたか…」

少しの沈黙が流れた。雷坊はライトボウガン、弓塚は弓の優れた使い手であった。だが、ちょうど2ヶ月。彼らは寒冷群島に狩猟に行ったきり、帰ってくることはなかった。ギルドの処理部隊が現場に到達した時、残されていたのは狩猟対象の討伐体のみ。2人はクエストを達成したのち、忽然と姿を消したのである。
 
雷塚コンビはカムラの里で流行した『変なハンターネームへの改名』の先駆者であり、禍群重弩衆の面々は面白がって真っ先にこれに倣った。ライトボウガンや弓のような小癪なガンナー武器を使う点だけは気に入らなかったが、その小粋さに於いてはリスペクトに値する2人組であったのだ。

「残念だけど、手掛かりに関しての進展は得られなかった。ただ、あの手練れ2人のことでゲコ。ワシはきっとどこかで生きてると信じとるよ。…家出かも?」

ゴコクは強いて普段の柔和な笑顔を作った。否、信じているのは本心であろう。ゴコクの気がかりは、別のところにあった。

「今はその話はさておいて欲しい。ここからが本題でゲコ。百竜夜行の収束から早半年。ハンター業は緩徐に有閑となり、今やお昼寝すらも許される日々が続いておる。そんな中起きた 2人の失踪事件。ギルド本部は、我が里のハンターの腕前に疑義ありとの通達を出してきた」

(カンジョニユウカンって何)(暇ってことよ)
(ギギは)(吸血生物。寒い地方の)(怖っ)

ーーー他の地域のハンターはキークエストと呼ばれる秘密の昇格条件を満たしてハンターランクを上げていくのに対し、カムラの里のハンターは受付嬢の選んだ任意のクエストをこなすだけでトントン拍子で昇格していく。これは百竜夜行襲来という非常事態下ゆえに容認してきた制度であり、元来であれば認められるものではない。今回、 2人ものハンターが消息を絶ったのは、その能力の不足に起因するところが大きいと考えられる。カムラの里のハンター各位には、今後の調査ののち、改めて妥当なハンターランクの付与を行う。拒否する場合には、相応の罰則を覚悟されたしーーー
通達の内容は、概ねこんなものであった。

「…くだらぬ言い掛かりだ」
「雷塚の2人に落ち度があったかはわからないだろう!」
「みんなのハンターランク、下げられてしまうの?」
「べつにランクなんか気にしねーよ。またクエスト受けりゃいいんだしさ。力の証明が要るってんなら、ランマルスの大砲でも見せつけてやったら?」

そこなのだけど。ゴコクは眉根に皺を寄せる。

「ギルドはハンターランク再認定にかかる処分として、現在のハンターランクで所持を許可されている武器を……全て押収する気らしい」
「なッ…!?」「バカな!」

エイム・Eとランマルスが叫ぶ。禍群重弩衆が現在所持している武器は、当然ながらそのハンターランクに見合ったものだ。ゴコクの言葉を理解すると同時に崩れ落ちるヘビィチャンを、ガ性ガ強太郎が支えた。…特に彼女にとっては、重弩収集は生きる意味に等しい。

「そんなの、アリかよ!?武器はハンターの命だろうがッ!」
「横暴に過ぎるのでは!?我が愛砲は誰にも渡さぬぞ…!」
「ってか防具はどうなんだよ!?高級な鎧玉も、希少な装飾品もしこたま注ぎ込んでんだぞ!」
「紅玉をいくつ使ったとお思いか!」
「装備見りゃ腕前なんか一発で分かンだろ!ギルドはアホ組織なのか!?」
「お前達、少し黙れ」

恐慌状態に陥った2人を、ガ性ガ強太郎が制する。

「強太郎!お前は平気…」言い掛けて、エイム・Eは口をつぐむ。ガ性ガ強太郎の双眸はどす黒い怒りを湛え、ゴコクを真っ直ぐに見据えていた。「それで」

「それで、ゴコク殿は、既に考えておられるのでしょう?俺たちが、俺たちの武器を…なかんずく、ハンターランクを奪われずに済む方法を。ギルドのやつらに、一泡吹かせてやる方法を!」

「然り」ゴコクは杖を突き出し、言葉を絞り出した。

「お前たちは、行かなければならない…偉業を打ち立て、ギルドの連中にわからせてやらねばならない!」

「禍群重弩衆よ、新海域古龍追撃団へ合流せよ!そこにはギルドの抱える厄介事がある。おまえたちの力で、これを見事解決してみせよ!」

「向かうのでゲコ!仮設拠点デステラ…またの名を…地獄拠点デステラへ!」

テッカちゃんがふんす!と寝息を立てた。



××××××【禍群重弩衆】××××××


禍群重弩衆2
   地獄拠点デステラ



××××××【禍群重弩衆】××××××



その夜は満月だった。カムラの里。船着場。
水面に浮かぶは、肥えた竜人の真ん丸いシルエット。

「武器を持ってトンズラさせるとは、考えたもんだ」
「あ!もう!魚が逃げるだろうが」

釣り糸を垂らすゴコクの横にどっかと胡座をかいたのは、里長のフゲンだ。彼がお猪口に酒を注ぐと、ゴコクはそれをひったくり、一息に飲み干した。

「扱いはクエスト出発中と同じでゲコ。あいつらが帰ってくるまで、武器の差し押さえは無い」
「で、ギルドが欲しがってるのはハモンの技術か?それとも、優れたハンターか?」
「なんでも、全部、ゲコ。連装式の撃龍槍なんかは、特に興味を示していたな」
「素直に教えを請う気は無い、か」
「やっかみだよ。辺境の小さな里に優れた技術、強大な防衛力。これを良しとしない者がおる。これからも、何かにつけて難癖をつけ、ヒトやモノの巻き上げを図ってくると思う。実績で黙らすのがいちばんでゲコ」
「それで件の仮設拠点か。重弩衆には難儀なことを押し付けてしまったなあ」
「心苦しいでゲコ。でも、フゲンもあいつらのことは信じてるでしょ?」
「言いよるわ!」

その時、ゴコクの釣竿が大きくしなった!

「む、かかった!なにやら重い!」
「いいぞ!気焔万丈!」

フゲンは呵呵と笑い、酒をおかわりした。

「ぬぉりゃあ〜〜ッ!」

満腔の力を込めてゴコクが竿を振り上げると、何かゴツゴツしたものが水面から飛び出し、ゴトリと音を立てて桟橋に落下した。

「なにこれ」
「おう、これは…!」

フゲンはその物体を抱え上げると、正面をゴコクに向けた。月明かりに照らされててらてらと輝くそれは、湖底で静かに眠っていたガルク地蔵の頭部であった…!

「ハッハッハ!なんたる巡り合わせか!」
「里を建て直した時、船の積荷から落っこちたお地蔵様があったっけね」
「それだ、それだ。よくぞ戻られた。お体を作ってお祀りしましょうぞ」

里長フゲンは地蔵の頭部を撫で、絡まった釣り糸を優しく解いた。全ての者が、首以外の部分も欠けることなく揃って、里に帰ってくることを願いながら。

「エイム・E、今いいかしら」
「おう。入って」

ゴコクの夜釣りと同刻。ヘビィチャンが訪ねたのは、里の外れにあるエイム・Eのマイハウス。畳8枚分程度の室内には、木製のベッドと、作業机を兼ねた鏡台。ストーブと水瓶。そして、その他の私物を全て詰め込んだアイテムボックスがドカンと3つ。エイム・Eはベッドに腰掛け、足の爪を磨いている。

エイム・E曰く、これは外のハンターの生活様式を真似たものなのだという。入り口には鍵のつくドア。この部屋には無いが、天井から吊り下げる照明器具で部屋を照らすのだそうだ。彼女は里のプライバシー皆無の生活を疎み、狩りで稼ぎ、小さな城を建てた。

「お昼はごめんね。ショックで倒れることってあるものね」
「もういいのか?ゼンチんとこ行った?」
「必要ないわ」「そか」

ヘビィチャンはベッドにぽふんと座り、ストーブに目をやる。カブレライト合金で出来た堅牢な箱の内部では、熱源である紅蓮石が空気に触れ、淡い輝きを放っていた。

「煙が出ないの、便利ね。あたしもハモンさんに頼もうかしら」
「それ作ったのナカゴさん」
「そうなの?」
「アイルーが扱うと火事になりそうだって、譲ってもらった。コジリでも使える奴を作り直すんだと」
「ふうん」

エイム・Eは足の爪をフッと吹くと、ベッドから乗り出してヤスリを引き出しにしまった。

「出発は明日の夜。荷物は最小限。最近行けるようになったばっかのへんぴな島に行って、古龍を狩ってこいってさ」
「古龍?」
「ハッキリしねえんだ。どんな龍なのか、とかさ。詳細は現地で説明されるんだと」

ギルドマネージャーのゴコクでも、得られた情報は限られていた。追撃団というからには、少なくとも既知の古龍を追いかけて仕留めるニュアンスは多分に含むのであろう。無敵最強武器ヘビィボウガンの使い手である禍群重弩衆が古龍ごときに臆病風を吹かすことなどは無いが、案件のきな臭さは不気味であった。エイム・Eはヘビィチャンのために書いたメモを手渡す。

「ありがと。ん、翔蟲を里の外に連れてっていいのね。巣箱も無いのに、大丈夫かしら」
「携帯用の巣箱をハモンさんが作ったらしい。どこでも育つけど、弱らせないためにはエサの調達をとにかく頑張れ、だとさ」

翔蟲はおいそれと死んだり、逃げたり、増えたりもしない、飼育性に優れた生物である。とはいえ十分な栄養と休息を与えなければ、鉄蟲糸を出す力は弱まってしまう。通常ならば里で大量に飼育されている翔蟲のうち、コンディションの良い個体を連れ出せば良いのだが、遠征ともなれば、同一個体の健康状態を管理し続けなければならないのだ。

「…アタシさ、ゴコクに呼ばれた時、手掛かりを元に雷坊たちを探してこいって言われるんだと思ってた。…多分、アタシ自身が行きたかったんだと思う」
「それ、あたしも思った」
「昔は里から出たくてしょうがなかったけど、今は、この暮らしも、里の奴らも、そう嫌いじゃねェんだ。武器取られるのも許せねえけどさ、おなじくらい、里をナメられたことが、マジで頭にキてる」
「うん」
「ところでさ」
「うん」
「地獄ってなんだろな…」
「…地獄ってなんだろね」

他愛もない雑談と情報共有をひとしきり行ったのち、ヘビィチャンは帰っていった。エイム・Eはこの夜、地獄に通ずる穴を降り、棍棒を持ったラージャンの群れに追いかけ回され、千本の針で串刺しにされ、溶岩に何度も沈められる夢にうなされた。

翌日。禍群重弩衆は装備選定のブリーフィングを行うと、予定通りの時刻に静かに里を発った。見送りは無い。………否。里の正門脇、比較的最近祀られたと思しきガルク地蔵だけが、彼らの姿が闇に消えるまで、その姿を見守っていた。



××××××【禍群重弩衆】××××××



里を発って3日。ネコタクを乗り継いで禍群重弩衆が降り立ったのは、大きな港であった。空は燦々と晴れ、海は際限無く広い。潮風に混じって立ち込める屋台の香りは、その場にいる全ての人間と人間以外の労働意欲を等しく削ぐように思われた。

「おい、見ろよランマルス!デカい鍋だ!飾りかな?中身、食べれンのかな!?」
「おお…おお!」

水色ココットショートの女狩人と、真っ赤なダマスクメイルに金ピカ頭の狩人がはしゃぎ散らす。集会所のパンフレットを開きながらその後ろをトコトコついていくのは小柄な女ハンター。最後尾、用心棒めいた無表情で大股に歩くのは、黒染めのインゴットメイルを纏った短髪の男だ。それぞれの背には、よく手入れの施されたヘビィボウガンが吊り下げられている。
 
それらは、存在する空間に緊張をもたらすような、洗練されたフォルムのヘビィボウガンであった。その銃口は太陽の激しい自己主張を受け止め、鈍く、美しく、輝いていた。
 
妃竜砲【飛撃】…扱いは難しいが高い狙撃精度が売りの、雌火竜素材のヘビィボウガンである。持ち主のエイム・Eは狙撃竜弾や毒弾によって長距離から一方的にモンスターを弱らせる戦法を得意とするが、通常弾による中距離戦も難なくこなす。

ガ性ガ強太郎の背には毒妖砲ヒルヴグーラ。散弾特化型のヘビィボウガンであり、彼の信念である頑強なシールドが取り付けられている。彼はこの盾でモンスターの攻撃を往なし、懐に潜り込んで甲殻を撃ち砕く戦法を得意とする。
 
ランマルスは、テオ=フランマルスを溺愛している。爆発系の弾丸や機関竜弾による恐るべき攻撃性能を秘めた、炎王龍素材のヘビィボウガンである。否が応でも周囲の目を引くこの武器の存在は、禍群重弩衆の実力の証左であり、それがランマルスの誇りでもあった。

さまざまなヘビィボウガンを使いこなすヘビィチャンが今回の任務に持ち込んだのは、夜砲【黒風】だ。元来は貫通弾と斬裂弾に特化したこのヘビィボウガンだが、『ラピッドキャスト』をベースにした特殊な製造法により、通常弾の射撃適性を強化してある。

「ねえ強太郎、これ、読める?」

ヘビィチャンがパンフレットを指差す。話し言葉こそ通じるものの、多くの地域ではカムラの里とは異なる文字が使われている。

「…昔習ったきりだ。シア・タンジンヤ…」
「シー・タンジニャだよ〜。ガ性ガ強太郎くん」

ヘビィチャンから取り上げたパンフレットをぷらぷらさせると、エイム・Eが満面の笑みで答えた。

「タンジアはこの辺りでいちばん大きな港で、ハンターの集会所も兼ねています。名物はシー・タンジニャの一流料理人が作るタンジア鍋。達人ビールも一緒にどうぞ…だってさ」
「エイム・E、読めるのね!そういえば、外の本持ってたっけ。勉強がんばったのね」
「インテリアだと思った?今度貸したげよっか?『ココットの英雄』…絵本だけど、面白ェんだ」
「まあ!」
「強太郎も読むか?たまには勉強しろよ?」
「…そうだな」
「あっランマルス!ずりィぞ!」

既に眺めの良いテーブルに着席しているランマルスを見咎めると、エイム・Eは足取り軽やかに向かっていった。出航は明日の昼。英気は養えるときに養っておくのが、優れたハンターの鉄則である。

「完敗ね。奢ってあげたら?」
「…乾杯だけだ」

重弩衆はその日の飲食代を、全てガ性ガ強太郎に押し付けた。

「お客さん!お客さーん!起きるのニャ!デステラ行きの船が来てるニャ!」

シー・タンジニャの給仕アイルーが、海に面したテラス席で爆睡しているハンター4人組に呼びかけた。腕組みをしていた男がぱちりと目を開けた。

「みんな、起きろ。船がもう来ている。エイム・E、ランマルスを起こせ」
「なんでそんなとこで寝てんだ」
「おきるのだ!」
「うるさ…」

4人は覚醒してすぐ、遠くの桟橋に横付けした撃龍船の異様さに目を見開いた。船べりは金属製の突起物で補強してあり、その隙間を埋めるように、合計8門のバリスタやら大砲が設置されている。何より異質なのは、まるで甲板を目掛けるように設置された杭打ち装置のような兵器である。…おそらくは、甲板に乗り込んできたモンスターを撃滅するための。

「バカだ!なんだよアレ!」

 エイム・Eがケタケタと笑う。

「お店で寝ちゃってごめんね…」
「慣れっこニャ!これ、噛むとハミガキと酔い止めになるから、持ってってニャ」

給仕がヘビィチャンに渡したのは、色とりどりの、丸薬めいた菓子の包み。それから、昨晩、子供と間違えて酒類の提供を拒んだ非礼を、あらためて詫びた。

「シー・タンジニャは、いつでも皆さまを歓迎いたしますニャ!良い旅を!」

給仕アイルーがぺこりとお辞儀をする。

「ご馳走になった。また来る」
「もう乗りはじめているぞ!翔ぶか?」
「「「応」」」

4人は顔を見合わせて頷くと、一才の迷いなく欄干から海に飛び出した!すわ身投げか!?レストランでのひとときは、地獄行きに耐えかねて切羽詰まった狩人たちの最期の晩餐であったのか!?…否!!4人の身体は何かに引っ張られるように宙に打ち出され、瞬く間に桟橋へと翔けていったのである!

「最近の狩人は空を翔べるんだニャア…」

給仕アイルーは顔を擦ると、思い出したように席の片付けを始めた。

入船が終わると、船はただちに出港した。乗り込んだ20名ほどのハンター達は手荷物も下ろさないまま薄暗い船室に集められ、三角座りで次の案内を待たされている。ハンターの中には、ほとんど裸に近い出立の男、白い仮面を被り謎めいた呪文を唱え続ける怪人など、おおよそまともでは無さそうな者も混じっている。

「全員乗っているか!?」
「24名中5名が乗っていません」
「腰抜けは要らん。除名しとけ」

制帽を被った大柄な男が部下と思しき制服の女に指示を出しながら、威厳たっぷりに船室に入ってきた。男は腕組みをして、高らかに宣言する。

「新海域古龍追撃団の船によく来たな。俺はこの船の船長だ。本船はこれより、新海域のとある島、仮設拠点デステラへと向かう。お前たち、何をやらかした?横領か?人に刃を向けたか?まさか密猟に手を出したカスはいないだろうな!」

「頭のおかしな奴が出てきたぞ」
「言うな。目をつけられたら面倒そうだ」

三角座りのまま顔を近づけ、エイム・Eとガ性ガ強太郎が囁き合う。

「幸いにもお前たちは、牢獄にブチ込まれる運命を免れた。ハンターのしての能力、情状酌量の余地、諸々を見込みありと判断されて、恩赦を得る機会を与えられたわけだ!今回は、わざわざ志願してきた物好きな一般ハンターもいるみたいだがな」

「…これ、違法ハンターが減刑の代わりに乗らされる船ってとこかしら」
「我々は志願したことになっているようだ」

確かに、乗船時には武装したギルド職員が厳重に見張っていた。4人は「物騒な船なので警備も厳重なのだろう」くらいしか思っていなかったが、今思えばあれは、咎人が逃亡しないように見張っていたのだろう。

「目一杯励めよ!しっかり働いた者に確実な口利きがされるのは、俺が保証してやろう!…俺からは以上だ。俺の船で喧嘩すんじゃねえぞ!仲良くやれ!できねぇ奴は海に叩き落とす!詳しい説明は、リナノフさんからきけ」

船長はそれだけ告げると、どしどしと船室を出て行った。

「喧嘩するとマジでその場で海なので、気をつけてくださいね。あと、荷物は自己管理です。これも盗難とかが分かった場合は、即、海です。一応ギルドの船なので、トラブルはできれば規則に則った処置にしたいんですけどね…」

残された制服女のリナノフさんは和かに話を続ける。食事は1日3回。船室の振り分け、航海日数、非常時の対応…船内のルールの説明がひとしきり行われると、ハンター達はようやく解放された。

「なあ、アンタら、乗船する前にはいなかったよな?志願したのか?」

ハンター達が解散していく中、ずっと後ろに座っていた痩身ピンクモヒカンの男が禍群重弩衆に話しかけてきた。武器は体格に似合わず大剣。見慣れぬ防具は、緑色の毛皮素材だ。

「アタシらは…
「罪状は特産品の横領と、転売だ。俺達はカムラの里のハンターコネクト、禍群重弩衆。この娘の母親が大病を患い、治療のためにまとまった金が必要だった。遠方から来たゆえ、他の者とは別行動だ」

エイム・Eに割って入ったガ性ガ強太郎はヘビィチャンに目線を向ける。ヘビィチャンはしゅんと頭を垂れた。

「おかあちゃんの為に、みんなが助けてくれたの」

演技!ヘビィチャンの母親は健在であるし、そもそも娘という齢ではない。これは彼女の外見的特徴を巧みに利用して情に訴えかける、禍群重弩衆の恐るべき社会交流術であった。

「そっか、訊いて悪かったかな。おれはバイキー。本名だよ。バイク・デジコッタ」

4人は自己紹介を交わす。

「みな罪人と言っていたが」
「アンタらと同じで、やむにやまれぬ連中さ。船長はボロクソ言ってたけど、そもそも悪党は乗せてもらえないんだ。…おれの罪状、知りたい?」
「聞こう」
「おれ、ハンターと兼業で道具屋やっててさ…」

バイキーの店、『チャリンコ屋』はぎりぎりの経営ながらも、(本人曰く)良心的な価格で優れた商品を売っていた店だった。ある日バイキーは「こやし玉を素手で扱うのがつらい」という顧客の訴えを聞き、衛生的に扱えるこやし玉に商機を見出した。

「それは欲しいな…」
「包み紙が破けると悲惨なんだよね、アレ」

バイキーは激臭を放つ糞便を投げつけて縄張りを守るという牙獣の生態を調べあげ、これを参考に軽量小型・使い捨てのこやし弾投射機を開発した。

「百竜撃退!こやしランチャー!どんなモンスターも、『キレイ』に撃退してみせます!…ってね。売れ行きは絶好調」

バイキーは筒状のものを持ち、紐を引っ張るようなジェスチャーをとる。

「問題はそのあとさ」

彼には商才があるのだろう。会話のペースは、完全に彼が握っていた。

彼は自慢の新商品に、まだ改良の余地があることに気がついた。雨に濡れても内容物が漏れ出さないほど密閉性が高い設計のため、中のこやし弾の臭いをより強烈にしても、携行に支障が無いのだ。バイキーはモンスターの嫌がる臭いの成分を研究し、実地テストに乗り出した。

あらゆるモンスターから抽出された悪臭成分をブレンドし、『製造元』の飼料には多肉ニンニクを配合した。飛竜種、牙竜種、鋏角種…彼はあらゆるモンスターにこやし弾をぶつけ続けた。改良型こやしランチャーの有用性は実証されていったのだ。

そして、ついに。

「信じてもらえないかもしれないけどさ…古龍種に当ててみたら、効いちゃったんだよね…」
「バカな…」
「古龍に!?」

バイキーは鮮明に思い出す。鼻先にこやしランチャーの直撃を喰らった龍が激しく悶え苦しみ、やがて逃げていった、あの日のことを。

「おれは狂喜乱舞したね。古龍すらも逃げ出す最臭兵器を生み出したって。で、ついこの間、その報告書と試作品を持って、ギルドに出向いた。そこでギルドの偉い奴になんて言われたと思う?『古龍がこやし玉如きで逃げ出すことはあり得ない。こんなくだらぬオモチャより、連装式の撃龍槍でも持ってくるんだな』だとさ。そいつがおれの報告書を暖炉に焚べた時、おれ、頭にきちゃってさ。その、ぶっ放したんだ」

バイキーは筒状のものを持ち、紐を引っ張るようなジェスチャーをとる。ヘビィチャンが両手で顔を覆った。

「そいつ、クソまみれになって昏倒しちゃった。駆けつけた職員もバッタバッタとひっくり返って、呼吸困難のゲロまみれ。ざまあみろだぜ!おれは、この装備と消臭玉のおかげで無事だったけどね。…で、捕まったってワケ」

禍群重弩衆は顔を見合わせた。なんとも壮絶な話である。だが、ギルドの横暴とそれに対する抵抗には、大いに共感できるものがあった。

「とはいえ、まわりの人間への被害が甚大すぎるのがわかったからね。改良が済むまで、流通はさせないつもりだよ」

無事に帰って、店を再開できたらの話だけどね、彼はそう付け加えた。



××××××【禍群重弩衆】××××××


氷牙竜のよくしなる尻尾が、獲物の側面を捉えた。ブレスで作った氷雪の竜巻で相手の隙を作り、肉弾戦で直接仕留める。これが、この白き狩人の常套手段である。獲物は勢いよく吹っ飛び、着地地点の深雪に窪みを作る。

狩人は身体を屈め、全身のバネを駆使した跳躍の予備動作を取る。追撃は、しかし、叶うことはなかった。もうひとりの獲物が狩人の目の前に躍り出ると、逆手に持った矢の先端で一閃、狩人の鼻先を斬り裂いたのだ。狩人が大きく怯むのを確認すると、獲物は鏃に付着した血液をピッと振り払った。

「雷坊さんよ、大丈夫かい?」
「ゲホッ…!すまねえ、弓塚」

大男が、よろよろと雪の中から立ち上がった。雪を払い落とすと、飛雷竜素材の鎧があらわになる。頭装備から見え隠れする頭髪は、眩い金色である。

「今夜、いよいよだと思うと、気が逸れちまってよ!」
「それはあっしも同じです」
「巻き返すぜ!」「無論」

弓塚は氷牙竜のタックルをステップで交わすと、複数の矢を同時に番え、翼の外縁目掛けて射放った。鏃に込められた雷属性のエネルギーがバチバチと爆ぜ、数本の棘を折り砕く。

至近距離の弓塚を振り払おうとすれば、遠距離の雷坊が頭に速射を叩き込む。遠距離の雷坊を追い回そうとすれば、至近距離の弓塚が出鼻を挫く。獲物は狩人になりつつあった。

竜は弓塚への反撃を断念した。バックジャンプからの対空で弓塚から距離を取ると、雷坊を睨みつけ、肺に空気を送り込む。

≪やつにはおれの吐息があたる。やつは先に仕とめられる。やつは弱い。やつを殺す。そして、次のやつも≫

その浅慮こそが、獲物を獲物たらしめるのだった。狩場では、力と賢しさは等価なのだ。竜には後者が足らなかった。

突如として眼前で炸裂した閃光が、竜の思考を焼いた。竜は先刻己自身が踏み固めた固い雪の上に墜落する。凍結液と空気の混合物が口から鼻からぶしゃりと漏れ、すぐにつららとなって固まった。

「気焔万丈ォオオーーーーーーッ!!」

雷坊が疾翔けで突撃した。さらに仰向けになり、慣性で雪原を滑る!氷牙竜が起きあがるのと、雷坊がその喉の真下に潜り込むのは同時だった。

「あの世で逢おうぜ!」

雷坊はその無防備な喉に散弾を2発叩き込むと、ダメ押しとばかりに起爆竜弾を貼り付けた。その後方、立膝の姿勢で精神を統一し、限界まで弦を引き絞っているのは弓塚である!

「すみませんね」

弓塚が放った矢は高速回転しながら突き進み、氷牙竜の口元を貫いた!雷撃が拡散し、琥珀色の牙が弾け飛ぶ!

矢とすれ違うように疾翔けで飛び出した雷坊の背後、竜の断末魔を、起爆竜弾の炸裂音が掻き消した。

「時間は?」「余裕はありませんな」

弓塚に助け起こされると、雷坊は背後を振り返り、畏まって一礼した。

「俺たちはほんのささやかな理由にて急ぎの身ゆえ、少しの間、失礼します。来世では、人を襲わないでください」

弓塚もこれに倣い、左手でカムライ装備の笠を傾ける。

そうして、2人は駆け出した。

寒冷群島のはずれ。黒く冷たい波の押し寄せる海岸。岩場の影に係留された不審船あり!

船の大きさは大人4人が乗れる程度。積荷は、いくつかの樽やら木箱やら。帆も、櫂の類の備え付けもないこの船は、本来ならば、大型船が牽引して扱う用途のものだ。

雷坊と弓塚がベリオロスと命のやり取りをしている頃、その船に荷を積み込む人影があった。

「んっふ…多頭クエは仕事が楽でいい」

フードを目深に被った男が木箱に詰め込んでいくのは、人魚竜のヒレや爪。このクエストの本来の受注者によって捕獲され、眠りについてた個体から無理矢理に剥ぎ取ってきたものだ。男は密猟者。それも、正規のハンターが狩猟を終えた個体を掠奪することを生業としている。

「これ、使えるかな」

男は素材の山の中から皮製の小さな巾着を拾うと、中身をあらためた。青白い燐光を放つそれは『人魚竜の微睡み粉』と呼ばれ、吸い込んだものを瞬時に昏倒させる効果がある。戦利品としてはまずまずのブツだが…男はまだ、ヤり足りなかった。

「んっふ…変装作戦でいきましょっか…油断したとこにこいつをぶっかけて…小刀で頸をグッサリ!血がぶしゃー!うわぁ〜…」

男は船の隅に置かれたギルド職員変装セットに目を遣りつつ、今後の予定をシミュレートする。そもそもベリオロスがハンターどもを殺してくれていてれば、弄せずして装備の回収ができるかもしれない。ベリオロスが狩猟されていた場合は…ああ、持ちきれないかもな。

男の満面の笑みに突如、『人魚竜の微睡み粉』が降りかかった。船が大きく揺れたのだ。男の意識は瞬間的に薄れ、受け身も取れずに、荷物の幾つかと共に、極寒の海に投げ出される。

男が最期に聴いたのは、うおおおおおおおおオン、というおぞましい怪物の咆哮であった。それは地獄の底から手招きして男を永遠の眠りに誘う、人魚竜の怨嗟の唄のようにも思われた。

うおおおおおおおおオン、という咆哮が、寒冷群島の岩に反響した。

「ははあ、こいつは悍ましいですな」

高い岩場の上。冷たい海風を受けて後ろで縛った黒髪をたなびかせながら、弓塚が呟く。その視線の先では、山より大きな軟体生物が海底から姿を現す最中であった。付近は激しく波たち、荒れ狂う水は渦を作った。もしもあそこに小船でも浮かんでいれば、乗っている者はただでは済まないだろう。
 
「あれがウミウシボウズだ!今宵、この場所!情報通りだろ?」

雷坊が興奮して叫ぶ。彼は巨大生物が大好きなのだ。熱心な情報収集のうえ、ついに出現条件と、それに合致するクエストの受注に成功した。

「もっと近くで見たい!この日をどれだけ待ち侘びたか!」
「仕方がありませんなあ」

雷坊と弓塚はウミウシボウズをめがけ、疾翔けで空中に飛び出した。岩場から岩場へ。クエストは終了しているため、行動範囲の制限は無い。1番近くの大岩まで飛んだ2人は、ウミウシボウズに手を振り、自撮りをしまくった。

「弓塚、あれ」
「おや?」

やがてウミウシボウズが沖へと沈みゆくと、その陰から一隻の船が姿を現した。

「人が乗ってたら危ないんじゃないか?」
「行きましょう」

2人は船に飛び乗ると、むしろを捲り、積荷の陰を確認した。どうやら人の気配は無い。

「荷物を積むための小舟が流されただけ、か。戻ろうぜ。係留が解けてる」
「いや、どうもそうじゃありません」

弓塚が木箱の中身を指し示す。それは剥ぎ取ったばかりの人魚竜のヒレであった。

「これは…!」
「あっしらが先刻狩ったイソネミクニでしょう。これ、密猟者の船ですぜ」
「酷いことを…!こっちの箱は水と食糧…これは、おい、ギルドの寒冷地用制服だぞ!」

雷坊は手当たり次第に積荷をひっくり返す。掠奪品の数々、金貨、武器弾薬、発煙筒、ガーグァ人形、得体の知れない粉薬。外道密猟者の度し難き所持品が月夜に露わとなる。

「床下で雨風も凌げるようになってますな。この船で沖に逃れて、密猟団の母船が拾い上げるって寸法でしょうかね…なんで密猟者本人が居ないのかは、わかりませんが」
「…なあ、弓塚」
「言わなくてもわかりますぜ、雷坊さん。このまま沖に出て、密猟団をとっちめようってんでしょう?」
「話が早いぜ!作戦名は『海の弓塚&雷坊ズ』略して『ウミユミボウズ作戦』だ!」
「よく思いつくねえ」

弓塚は歯を剥き出しにして笑うと、口笛を吹いてフクズクを呼び寄せた。

禍群重弩衆がデステラに発つ、2ヶ月前の出来事であった。


××××××【禍群重弩衆】××××××


うおおおおおおおおオン、という怪音が、一隻の船を包み込んだ。

「なんだ、なんだ!?」
「モンスターの襲来か!?」

ベッドから飛び起き、船室の扉を開けて状況確認をするハンター達!外はまだ夜明け前。音の出所は甲板である。そこにいたのは、金色に塗りたくったインゴットヘルムのフェイスカバーを僅かに開き、金属製の狩猟笛を吹くランマルスであった。

「やめろーッ!下手くそーッ!」「頭が割れる!」
「何をやってるんですか!?」

ハンター達の悲鳴の中、リナノフさんが血相を変えて飛んでくる。

「起床の笛をいっぺん吹いてみたくてな!」
「すみません、こんなに下手くそだとは…」

笛担当の船乗りがしょんぼりすると、船の前方を指差した。

「みなさん、島が見えますよ」

徐々に明るくなる水平線に、小さな影が浮かび上がった。乗組員たちは思わず息を呑む。

「あたしにも吹かせて」

小柄な女ハンターがランマルスに代わった。ブッブブブー!!ブブブブ!!…汚い英雄の証が始まったところで、ガ性ガ強太郎が笛を取り上げた。

海に面した崖下の洞窟が、デステラへの入り口であった。奥の砂地までは水が続いており、入り口を塞ぐように船を横付けすると、浮き橋を伝って上陸する形だ。砂地には獣の骨が転がっている。

「満ち引きの関係で、船に戻れるのは夜の間のみ。忘れ物に注意してください」

松明を持ったリナノフさんが先導する。洞窟を抜けると、奥にはほぼ円形の巨大空洞が広がっていた。広さは里の闘技場と同じか、それ以上。外周を取り囲むように、木や骨で作られた簡素な平屋の施設。そのうちの一つは明らかに加工屋だ。天井はかなり高く、ひとつだけ穿たれた縦穴からは光が差し込む。その直下の地面には、申し訳程度に繁茂する薬草の類いと、ミツバチの巣箱。行き交う人々も、基本的にはこの僅かな日光の周囲に群がっている。

頼りない光源を補うのは、鎖で吊るされた幾つもの鉄の檻。中で不定期な放電を行うのは大型の雷光虫だ。狩人の武器に詳しい者であれば、あるいはこの檻を『バインドキューブ』と呼ぶだろう。

洞窟の内壁にはところどころ地下水が染み出す箇所がある。地質的な問題なのか、そこから垂直に伸びる液体の伝った跡は臓腑のように赤く、幻想的な洞窟のイメージを完全にブチ壊しにしていた。

「地下水に溶け出したエルトライト鉱石があの色を出す。地獄拠点のあだ名の由来でもある」

ミナガルデ風の古式ゆかしいハンターシリーズに身を包んだ男が、一行を迎えにきた。

「諸君、デステラにようこそ。私はこの拠点の長。皆からは大総長と呼ばれている」
「船長?」「船長では?」「船長ですよね?」
「船長は私の双子の兄だ。粗暴な性格であったろう。諸君の境遇は理解している。愚兄の無礼を、どうかお許しいただきたい」

「長旅でお疲れのことであろう。休憩の時間を設けたのちに、あらためて任務や施設の説明を行いたい。…だが、その前にひとつだけ、今知っておいてほしいことがある。ここの安全に関わることだ。ついてきなさい」

促された一行は、今来た洞窟を戻った。大総長が海に向かって指笛を吹く。

「どうか慌てないでほしい」

大きな白い影が水底から浮かび上がった。影は水飛沫をあげ、砂地に半身を迫り出した。大総長はその鼻先を撫でる。

「ありゃラギアクルスの亜種だ…オレ聞いたことある。バリバリの電気で敵を仕留めるんだ」

バイキーが嘆息する。

「白亜と呼んでいる。我々は、彼の縄張りの中に拠点を築いているのだ。朝夕は海中にいる。昼間は島の中で見かけることもあろうが、敵対してはならない。この島にはこの個体しかいないから、見間違える心配も無いだろう」

「手懐けたんですか…?」

ハンターの1人が問う。

「好ましくない解釈だ。彼は賢い。利害関係の一致よる協働を理解しているのだ…諸君、続きはあとで話そう。宿舎に荷物を置き、1時間後に司令部へ集合だ。リナノフさんの指示に従いなさい」 

「テッカちゃんより賢そうであったな!」
「テッカちゃん?」
「うちの集会所で飼ってるの。デカい蛙のモンスター」
「ワオ、カエルが飼えるのね」
「…」
「アーア…」

拠点の内周をぐるっと取り囲む、平屋の建物のいくつかは、その奥に続く横穴に続いていることがわかった。『宿舎』も、そうした横穴に手製のベッドがいくつも並べられただけのなかなかに粗末なものだ。ハンターでない役職つきの団員は、受け持ちの施設に直接寝泊まりをしている。

『司令部』は横穴にこそ繋がっていないが、壁面はやや窪んでおり、建物自体も粗末ではあるが、他のものと比べると大きかった。大きかった…が…

集まった19人の狩人たちは、ぎゅうぎゅう詰めの司令部内で目が合う度「大総長、あの、外でやった方がよくないですか」を誰が言うべきかについての無言の協議を行なった。突起の多い鎧を来た者などは、入り口に装甲を脱ぎ捨ててある。粗末なデスクに就く大総長は、室内の惨状に構わずに任務説明を始めた。

「さて諸君。あらためて、新海域古龍追撃団へようこそ。任務の説明を随分と引っ張ってすまない。結論から言おう。この島には、戦闘によって傷ついた古龍種が海を越えて集まってくる。おそらくは、傷を治すためだ。中でもハンターによって討ち漏らされた個体は、強い復讐心を抱き、より大きな力をつけて積極的に人間を襲うようになる。諸君の任務は、この島に飛来する古龍たちを、残らず討伐することだ。一体たりとも逃さず!」

大総長の言葉がやや熱を帯びた。

「まずは、この島の話をしよう。名前のない島だが、我々は便宜上、≪怒りの果て地≫と呼んでいる。島は南から北へ下るように傾斜しており、ここは最南端の地下にあたる。島の中央部は森林地帯だ」

大総長は壁に張り出された粗末な地図を示す。狩人たちに埋没して何も情報を得られていないヘビィチャンを、ランマルスが抱え上げた。

「島の全域で古龍種と遭遇する危険があり、特に森林地帯より北は危険だ。確認されているのはクシャルダオラ、オオナズチ、テオ・テスカトルなど、よく見られる古龍がほとんどだが、いずれの攻撃性も我々の知るそれの比ではない。見つかったら最後、情け容赦無い敵意に晒されることを覚悟せよ。いかなる劣勢でも、古龍を仕留めるまではデステラへの撤退は禁止する。ここには古龍の入れる隙間こそ無いが、中の人間をまとめて殺すことくらい、奴らには容易いだろう」

「君たちの前任のハンターの代までは、この島に現れる古龍を討伐するまでが任務だった。だが、倒しても倒しても、新たなる古龍が次々とこの地を訪れる。そこで疑問となるのは、そもそもどうして傷ついた古龍はこの島に来るのか、だ。身体を癒すための隠れ家としては、この島は大陸からはあまりにも遠い…無論、遠いというのは我々人間の感覚ではあるが」

大総長は粗末なコップで水を煽り、喉を湿らせた。説明は続く。

「そこで我々は、この島に古龍を惹きつける『何か』があるのでは?との推論に至った。類似の事例を調べた結果、数多の古龍が海を渡り、同じ場所を目指す現象…≪古龍渡り≫が該当した。奇しくも古龍渡りの調査は一段落しており、最新の報告書によれば、『古龍渡りの原因は、古龍を引き寄せて環境中に循環する生命エネルギーを高め、己の成長の糧とする巨大古龍が、繭から羽化するための生命活動である』という仮説が最有力とのことだった。我々はその巨大古龍の特徴をもとに、決死の捜索を行なった」

大総長はデスクに両手を突いて立ち上がる。

「我々は、島の北部に地底まで続く洞窟があることを突き止めた。そしてその深奥で、発見したのだ。…撃龍槍で貫かれて、捨て置かれた巨大古龍…ゼノ・ジーヴァの繭を!この島は…この海域は人類未到の地などでは無かった。ギルドは既にこの島に繭があることを知っており、正体が分かるや否や、秘密裏に破壊司令を下していたのだ。そして、島の存在を地図から消し去った。…諸君らの中に、故郷や家族や友人を…大切なものを、モンスターに害された者はいるだろうか?」

禍群重弩衆の4人を含めた、何人かのハンターの表情が険しくなる。百竜夜行に見舞われたカムラの里にも、ひとりの犠牲も出なかったわけではない。

「『古龍の繭』は死んだ。だが、なんらかの原因で古龍を引き寄せる力は消失せず、性質を変化させてこの地に留まった。そればかりか、『繭』が蓄えていた生命エネルギーは他の古龍の格好の栄養分となった。≪怒りの果て地≫を訪れた古龍は、強大な力を手に入れて、復讐の地へと帰っていく。いちど古龍の撃退に成功した街や砦が襲われ、よりたくさんの人間の命が奪われている。これは、ギルドの、過ちだ!」

「諸君、ギルドはかような失態を犯しておきながら、その尻拭いを正規の部隊ではなく、君たちのような弱みのある者にやらせている。私は立場こそギルドの者だが、このような暴挙を容認するつもりはない。全てを終えたら、責任の所在を追求するつもりだ。我々は、必ずやり遂げなくてはならない。古龍から我々の故郷を守らなくてはならない。今度こそ、『繭』がもたらす影響をこの世から消し去らなければならない。諸君、どうか」

大総長は頭を下げた。

「どうか、力を貸して欲しい」

ひとり、またひとり。ハンター達が敬礼の姿勢をとってゆく。今この瞬間、彼らの胸中は、狩人としての矜持で満たされていた。

「ありがとう、諸君…。では次に、任務受注の仕組みと拠点生活上の注意点。それから、今後の追撃団の行動方針を説明していく。まずは…」

ぎゅうぎゅう詰めの粗末な司令部で、大総長の長話は続く…


××××××【禍群重弩衆】××××××


・デステラは自給自足の拠点なので、狩り以外の任務もある
・任務に応じて貢献ポイントがもらえる(通常は人数で分配)
・ポイントで施設が利用できる
・50000ポイントで本土に帰れる
・古龍討伐に貢献した者には1体につき20000ポイント
・ゼノ・ジーヴァ(まゆ)(死んでる)は、爆破による完全破壊を予定。貢献者全員に40000ポイント
・その他、貢献活動は本部で査定するので報告(おそうじとかでも可)

「だいたいこんなとこかしら?」
「アンタ字きれいだな」
「ありがと」

重弩衆とバイキーは宿所の外で待ち合わせ、ヘビィチャンの書いたメモをもとに情報を整理する。

「古龍2体狩ってもまだ50000には足りねぇンだな。クエスト3回分くらい働けばイイってことか?」
「ここで活動する為に消費する分のポイントもある。実際はもっとだろうな」

5人は掲示板を見てきたが、食事が1回50ポイント。いちどの食材調達任務で得られるのが100ポイント程度のレートであった。

「みんな、臨時任務の募集だ!」

司令部でギルドの職員が金属製の兜をカンカンと鳴らす。ハンター達が注視した。

「加工班からの依頼だ。『飲み水の濾過装置が劣化してきている。交換には海綿質の皮5つと落陽草20株が必要』とのことだ。報酬500ポイント。新入団員、肩慣らしにどうだ?」

それぞれの建物の屋根の上には、壁面から滴る湧き水を回収する装置があり、蛇口から飲み水が確保できる仕組みとなっている。

「落陽草!オレの得意分野だ」

バイキーがやる気を見せた。5人は2手に分かれ、任務を受注することにした。

「…あの、初歩的なこときいてなかったンですけど。こっから陸上にはどうやって出れば?」

エイム・Eが職員に問う。職員は壁面を指差した。壁面には等間隔で穴が穿たれ、角材の杭が突き刺さっている。それは洞窟の内周をぐるりと囲む、緩やかな螺旋階段なのであった。階段の先には梁がかかっており、明かり取りと思われていた天井の穴に続いている。

「…マジか…」
「どう見ても整備用じゃん」
「あたし、無理かも」
「穴蔵生活で足腰が弱る心配は無いようだな」
「やはりここは、地獄拠点であったな!」

ランマルスは手足を曲げ伸ばしし、奇怪な準備体操を行なった。

【ここまでのあらすじ】

(♪神が去りし、廃亡の社)(サビ部分)

ウミウシボウズを見に出かけた帰りに密漁者の輸送船に偶然乗り込んだ雷坊と弓塚はそのまま船出して悪党どもの成敗に乗り出すが2人が突然消息を絶ったことを理由にギルドの一部勢力はカムラの里のハンター育成制度にいちゃもんをつけハモンの持つ高度技術を始めとした里の人的物的情報的資源を強請らんと企むもののそこに待ったをかけるゴコクによって高難度任務の待つ地獄拠点デステラへと派遣され腕前の証明によってギルドの言い掛かりを真っ向から論破する作戦に出た禍群重弩衆の4人組は任務の正体がギルドの采配ミスにより暴走を続ける古龍の亡骸およびその影響を受け増長した古龍達の殲滅だということを知り道具屋ハンターのバイキーをはじめとした拠点の仲間たちと共に行動を開始するのだった!

珍しくもない青空は、しかし、随分と久しぶりに感じられた。タンジアとはまた違う湿度を帯びた海の匂い。小さな縦穴から這い出た5人は、眼前に広がる豊かな緑に軽い立ち眩みをおぼえた。あるいはそれは、先程まで目にしていた壁の赤色との極度のコントラストがもたらす効果であったのかもしれない。5人は見晴らしのよい傾斜地系を降り、森の入り口に差し掛かる。

「ルドロスは南西の海岸。落陽草は森だ。森の方が古龍との遭遇リスクは高い。海岸にランマルス。残る俺たちで落陽草を探す。どうだ」
「よかろう」「意義ナシ」「わかった」「はいはい」
「エイム・E、そろそろフクズクを呼べ」
「アイツまじでスゲェからな。みとけよ」

エイム・Eはバイキーを一瞥すると、長く、遠くまで響く口笛を吹いた。彼女のフクズクはあらかじめ船から飛び立たせてあり、既に島の広範囲をスクリーニング済みの筈である。

やがて、島の奥の方から、ひとつの影が5人のもとへ飛んできた。その真っ赤に輝く体は、まるで空に浮かぶもうひとつの太陽のようだ。指笛は、フクズクではない何かを呼び寄せてしまった。

「バカな…かようなものが指笛に反応するとは…!」

ランマルスは驚愕した。ウツシ教官直伝の指笛は、環境中の鳥の声に酷似した周波数を持つ。通常であれば、この音に寄ってくるモンスターなどいない。通常であれば。

「…作戦変更だ。エイム・E、森に隠れてフクズクの回収を優先しろ。5人では誤射のリスクがある。俺たちは…」

飛来した太陽は、上空から4人の狩人を睥睨している。その青色の眼には明らかな敵意。エイム・Eは既に森へと姿を消している。

「ここで、この炎王龍を討つ」
「いきなりすぎるわ」
「まじでスゲェ、な…確かに…うん」

4人は一斉に抜刀した。

「我が愛砲テオ=フランマルスの予備パーツにしてくれようぞ!」

炎龍より捷く火を放ったのはランマルスだ。発射された通常弾は龍の右頬に着弾するが、その威力は龍炎の鎧により大きく減じられた。龍はギロリとランマルスを睨み返すと、勢いをつけて滑空する。ランマルスは回避行動を取る。

「ぬぅッ!?」

ランマルスが先ほどまでいた場所が、消し飛んだ。ランマルスは吹っ飛ばされて地面をバウンドし、すぐに受け身を取る。あと1秒行動が遅ければ、無事であった保証は無い。

「気をつけろ!此奴、粉塵爆破の応用技を体得している!」

いきなりの大技を放った炎龍は晴れゆく煙の中で一瞬身震いをしたあと、速やかにガ性ガ強太郎に目標を変えた。殺人的な鈍い黒光を放つ炎龍の右爪がガ性ガ強太郎に襲いかかる!

「効かん!」

ガ性ガ強太郎はヘビィボウガンの鉄壁のシールドでガード!間髪入れず、殺人的な鈍い黒光を放つ炎龍の左爪がガ性ガ強太郎に襲いかかる!

「効かん!」

ガ性ガ強太郎はヘビィボウガンの鉄壁のシールドでガード!間髪入れず、炎龍は今までの動作で散布した粉塵を咬合で爆破すると、牙を噛み締めたまま半回転し、尻尾の薙ぎ払いで後隙を消した!

「効かッ…ぬぅッ!!」

爆破のガードで僅かに体幹を崩したところを、尻尾の一撃が打ち据えた。ガード角度が甘い!直撃こそしなかったものの、ガ性ガ強太郎は骨の軋むような衝撃に耐える。

尻尾の薙ぎ払いに怯んで突撃を中止したのはバイキーだ。その脇を抜けて、ヘビィチャンとランマルスの放った斬裂弾と徹甲榴弾が着弾し、尻尾と腿にダメージを与える。炎龍は2人を無視し、再度ガ性ガ強太郎を狙った。ガ性ガ強太郎は両腕を庇い、ローリングでこれを回避。ぼう、と吹きかけるような短時間の火炎放射がインゴットメイルの表面を焼く。

一般的に、龍は大ぶりの攻撃の後に隙を作る。本来自然界には存在しない人間サイズの敵対生物に対しては攻撃の勢いが余ってしまうからだ。だが、この龍は人間との戦い方を学習していた。

敗走の記憶。小さな咆哮をあげる小さき者たち。自慢の炎で薙ぎ払った隙に、顔面を大きな硬いもので殴られた。必殺の粉塵を撒いていたら、遠くから痛いものをぶつけられた。身体の何処か奥底の方から湧いた『逃走』という選択肢に、全身が賛同する。尻尾の千切れぬうちに。眼の視えるうちに。翼が穿たれぬうちに。

「ランマルス!徹甲ーーー

ガ性ガ強太郎の声は、ぐおおおんという咆哮によってかき消された。鼓膜を破られるほどのほどの音量は無いが、連携が通らない。音圧を剣の腹でいなしたバイキーがガ性ガ強太郎の横を通り抜けて桜火竜の大剣で斬りかかるが、炎龍は粉塵を撒きながらバックステップで回避した。彼の装備は幸運にも粉塵や粘菌などの付着物を寄せ付けない特性を持っていたが、爆発そのものを防ぐことはできない。前転で離脱する彼の後ろで、粉塵が爆ぜる。

「バイキー!ガード!」

突進の予備動作を確認した後衛のヘビィチャンが叫ぶ。前転終了時の硬直にあるバイキーは、咄嗟に身構える。しかし突進軌道はバイキーを大きく逸れ、ヘビィチャンへと向かっていった。炎龍はローリングで回避するヘビィチャンの動きを予測していたかのように減速し、慣性を乗せた尻尾で周囲を薙ぎ払った。ヘビィチャンは吹っ飛ばされ、夜砲【黒風】が地を転がる。

炎龍の敵視はヘビィチャンから外れなかった。ランマルスが側面からの支援放火を行うが、炎龍は顔面にダメージを負いつつも意に介さない。バイキーが納刀して追い縋るが、まだ距離がある。ガ性ガ強太郎は閃光玉での行動阻害を試みるが、炎龍が背を向けたこの位置からでは期待できる効果は無い。炎龍は瞬く間に地に臥せて呻くヘビィチャンの元へと辿り着き、彼女を見下ろした。

爆発音が轟いた。

爆発音が轟いた。炎龍の尻尾の付け根から頭部までが連鎖的に炸裂し、龍は意識外からの衝撃に大きく怯む。甲殻や鱗の類が弾け、炸裂部位が痛々しい傷口を覗かせた。

「覚えときなクソ古龍。これがフォーメーション・Eだ」

煙を吐く妃竜砲から狙撃竜弾のカートリッジを排出しつつ、エイム・Eが啖呵を切った。彼女は速やかにフクズクを確保すると、狙撃の機会を窺っていたのだ。エイム・Eは再び身を隠し、狙撃竜弾の再装填を行う。

ランマルスはこの機を逃さず徹甲榴弾を4発頭部に叩き込み、爆発までの猶予時間に機関竜弾を装填した。狙撃竜弾と徹甲榴弾によって立て続けに頭部への過剰衝撃を受けた炎龍は体勢を立て直すこと叶わず、ついに昏倒する。そこへ降り注ぐのは、至近距離から万全の体制で放たれる機関竜弾である。

「尻尾は任せな!」

バイキーが執拗に尻尾に大剣を叩き下ろす。この龍は尻尾を頻繁に振り回す。対人間において特に優れた武器となることを知っていたのだろう。

ガ性ガ強太郎が空中疾翔けでランマルスの隣に着地し、炎龍の首元に別の弾丸を撃ち込み始めた。麻痺弾である。彼の持つ毒妖砲ヒルヴグーラはその名の如く、あらゆる種類の毒の弾を取り扱うことができるのだ。ダウン状態のまま手足を痙攣させた炎龍の頭部に、情け容赦ない散弾の雨が降り注いだ。夥しい量の血が溢れ、王冠にも似た角には亀裂が入ってゆく。ランマルスは機関竜弾を撃ち切ると後退し、ヘビィチャンの気つけを行った。彼女は意識を取り戻すと回復薬を一気飲みし、凄まじい形相で夜砲の回収に走る。

代謝を加速させて麻痺毒を克服した炎龍がまず感じたのは、身体のバランスの悪さだった。彼の視界の端に落ちているものは、見慣れた愛しいふさふさの尻尾である。だが、もしも龍に感傷というものがあったとしても、それに浸る暇は与えられなかった。炎龍の真正面に陣取ったヘビィチャンが引き金を引く。

「この子!音に敏感みたいね!」

炎龍が右爪で振り払おうとすれば右手の外角へ、左爪ならばその逆へ。ヘビィチャンは小刻みなステップで炎龍の攻撃を躱し、付かず離れずの距離から射撃を繰り返した。

「大声を出した子を!執拗に狙う!」
「…なるほどな」

彼女が引き付けている間に、残りの3人が無言で死角からの攻撃を行う。通常の狩猟において陽動の役目を負うのはガ性ガ強太郎だが、今の彼女はキレていた。

「あたしを…ナメないで!」

ヘビィチャンは短くなった尻尾での回転薙ぎ払いを地面すれすれに屈んで回避すると、ハンマーの回転攻撃めいて夜砲を振り回しながら立ち上がり、戻ってきた顔面にパワーバレルの銃剣部を叩きつけた。炎龍の角が根元からへし折れる。あまり知られていないが、ヘビィボウガンは重いのだ!

王の証を破壊された炎龍は、烈火の如き怒りでその激痛を上塗りした。龍はよろめいて後退しながらヘビィチャンを激しく睨むと、ふわりと宙に浮かび上がった。炎龍の周囲に粉塵が収束し、大気が鳴動する…!周囲一帯を焦土と化す炎龍の最大技、スーパーノヴァの兆候である。

破滅が訪れることはなかった。光焔を失い墜落する炎龍の後方には、手持ちの睡眠弾を全弾撃ち終えたガ性ガ強太郎。彼の持つ毒妖砲ヒルヴグーラはその名の如く、あらゆる種類の毒の弾を取り扱うことができるのだ。

ヘビィチャンの鬼人弾を浴び、膂力を漲らせたバイキーが大剣を振りかぶる。その左右で竜撃弾を溜め、眠れる王に代わって陽炎を立ち昇らせているのはガ性ガ強太郎とランマルスだ。剣が振り下ろされ、ふたつの重弩から火が放たれる。エイム・Eは妃竜砲のスコープから、最期の瞬間を見届けた。

「…あたしたち、落陽草を取りに来たんだっけ」
「今更だけどさ、夜の方が見つけやすいんだよな」
「では、陽が落ちるのを待つか?」
「陽なら、ここに落ちているな!」
「くっだらねーオチ…」

5人はしばしその場にへたり込むと…やがて海綿ペア・草ペア・報告係の3手に別れて行動を再開した。炎龍の素材を引きずって拠点への坂道を登っていくヘビィチャンのレイアメイルは、果て地の陽光を受け、鈍く輝いていた。


××××××【禍群重弩衆】××××××


朝日の差し込まないデステラでは、適切な体内時計の維持は重要な課題のひとつである。禍群重弩衆を育てたウツシ教官は『よく食べて、よく寝ること』がハンターにとって最も重要な事柄であると説いた。重弩衆はいま、後者に悩まされている。

早朝。薄暗い拠点内。加工屋の屋根の上には、男が2人と、アイルーが1匹。揃いのつなぎを着て後ろで手を組み、横一列に並び立っている。時計により定刻を認めたアイルーが、声を張り上げた。

「これよりデステラ加工班の本日の朝礼を始める!おはようございますニャ!」
「「おはようございます!!」」
「今日の担当は、武具・赤鋸!設備・黒鋸!資源・猫鋸ニャ!」
「武具担当赤鋸!本日の予定は、メンテナンス7件、強化1件、製造予定ありません!」
「設備担当黒鋸!階段の四十三段目に損耗あり換装作業予定、ほか、通常点検です!」
「資源担当・猫鋸!先日討伐された古龍テオ・テスカトルの爆発性素材について保管環境が整ったため、移送作業を行いますニャ!」
「本日も猟具専属担当の火鋸は遠征中につき、該当業務は3人での分担とする!」
「班歌斉唱!」

≪デステラ加工班 班歌≫
作詞・赤鋸
作曲・赤鋸

心に灯すは 紅蓮石の輝き

不屈の闘志は 盾となりて
龍の牙から 人を護らん

無限の叡智は 刃となりて
龍の鱗を 貫かん

あゝ 我ら デステラ加工班
デステラ加工班に 栄光あれ

「今日も一日」
「「ご安全に!!」」

今日もデステラに、朝がやってきた。

デステラ司令部に隣接する会議室のひとつで、粗末な円卓を囲み、広げた地図と睨めっこするのは5人のハンターである。

「では、本日の作戦会議を始める。きのうの探索結果を…ヘビィチャンから」

目の下に隈を作った短髪の男が進行の音頭をとる。

「島の西部に野生の翔蟲の生息を確認…場所は、ここと、ここ。ほか、成果無し」

目の下に隈を作った小柄な女が、マカライト鉱石の含まれた菫色の石片を地図上に配置していく。女はため息をついた。

「エイム・E」
「南側、崖で海釣り。ドスキレアジが大量に釣れるスポットをみっけただけ…武器を研ぐのには困らねーかな…」

目の下に隈を作った女が薄ら笑いを浮かべる。水色のココットショートの毛先は不揃いで、頭頂部には地毛が目立ち始めている。女はため息をついた。

「ランマルス…ランマルス、起きろ」
「夜通し探し回って、バクレツの実と、カクサンの実を持ち帰ったみたい。この辺に群生してたって」

俯いて機能停止している赤い鎧のハンターのとなりで、ピンクモヒカンの男が成果を代弁する。

「オレはここに残って、LV1徹甲榴弾とLV1拡散弾を調合しておくよ…なあ、みんな、シャキッとしろよ!初日に大金星を上げたんだから、ちょっとは休んだっていいんだぜ?」
「このままでは、無限に休むことになりかねん」
「弾が無きゃなんもできねェんだ…アタシらは」
「属性弾や斬裂弾は作れるけど、今の残弾では古龍とは戦えないの」

3人は再び、ため息を吐いた。ヘビィボウガンの使い手の言う『弾』とは、ギルド規格で定められるところのLV3弾のことである。ギルドストアの無いデステラでは当然弾丸も自力で調合しなければならないが、このLV3弾の材料である『ハッカの実』『ハッカジキ』の類が、≪怒りの果て地≫には見当たらないのだ。禍群重弩衆は初陣で手持ちの弾丸をかなり消費している。

禍群重弩衆の普段の活動領域…大社跡や寒冷群島にもハッカの実は生えていないが、キャンプでの補充が効くため、さしたる問題ではない。今回の遠征のきっかけとなったのはギルドの横暴ではあるが、ギルドの支援がなくばハンター業は成り立たないのも、また事実であった。

「盲点だったわ…まさか、ここにヘビィガンナーの先駆者がいなかったなんて」
「今日は東側を重点的に探す」
「フクズクのおかげで古龍に遭わずに探索ができるのはアンタらだけなんだ。外を彷徨けるだけでもスゴイんだぜ?シャキッとしろよ!それとも、今から大剣使いに転向するか?」

3人は死んだ目でバイキーを睨んだ。
彼はこの話題は二度と振らないでおこうと、心に決めた。

「よう!弾はみつかったかい?」

午後。探索を早めに切り上げ、縦穴から垂直落下して帰還したエイム・Eに、通りがかりのハンターが声をかける。

「全然ダメ。でも、いいモン見つけてきたぜ」
「いいモン?」
「手伝ってよ。たぶん後悔させねェから」

彼女はくたびれた笑顔を見せた。穴から次に降りてきたのは、ロープで吊るされた植物だ。根っこごと掘り返されたそれを、2人は丁重に接地する。ガ性ガ強太郎とヘビィチャンも降りてきた。

ガ性ガ強太郎がデステラ加工班設備係の黒鋸に話をつけた。植物を縦穴の直下に埋めることが許可され、早速作業に取り掛かる。

「そろそろ教えてくれよ。その花はなんなんだ?」
「こいつは『勾玉草』…アタシが見つけたんだ」
「あたしが見つけたのよ」
「いいや、アタシだ」
「お前ら、手伝え…ちなみに、これは花ではなく葉だ」

勾玉草の移植が終わると、ヘビィチャンが六角形の木筒を開け、中で眠っていたものを解き放った。その青白い蟲…大翔蟲は勾玉草に吸い寄せられるように飛び移り、絶妙なバランス感覚でその場にとどまった。

「あとは試し翔けだけど…」
「一番硬い鎧を着た奴がやんのが安全だよな?」
「一番装備の重い人がやらないと意味がないわ」

エイム・Eとヘビィチャンがガ性ガ強太郎を見た。

会議室の粗末な円卓の下で目を覚ましたランマルスが外へ出ると、ちょうどガ性ガ強太郎が大翔蟲に射出され、天井に激突するところであった。

「うむ、植え直しだな!」

ランマルスは奇怪な体操を行いながら宣った。

「そのままでは安全性に難ありですが、兼ねてより落下防止ネットの整備も検討していたところなので、良いタイミングです。準備が整い次第、正式な移動手段として運用しましょう。あと、位置調整ができるように、タルに植え替えましょうか」

大翔蟲に対する黒鋸の評価は以上の通りだった。

「貢献ポイントの申請が通ると思いますよ。大総長に直接報告してくださいね」
「あたし行ってくるね」
「アタシが見つけたんだからな?」
「みんなでって事にしておくね」

ヘビィチャンは司令部に赴く。任務ボードには既に、大量のクモの巣とツタの葉の納品依頼が張り出されていた。粗末な建物内には、船乗りのリナノフさんが1人。

「大総長なら船着場です。この時間なら白亜と会ってるかと」
「ありがとう。そういえば、船はずっと泊めっぱなしだけど、船長さんは降りてこないの?」
「あの人は、船の中でしか生きられないのです」
「ふうん…」

船着き場の洞窟には、来た時と同じように上半身を砂地に乗り出した白亜。大総長は岩の上に腰掛け、こんがり肉を齧りながら、白亜の口に生肉を放り投げていた。

「君にも分けてあげたいが、焼いたものはこれしかないのだ」
「いえ」
「テオ・テスカトルの討伐、見事であったな。手元の資料と照らし合わせただけだが、半年ほど前に南方の村で姿を消した個体といくつかの特徴が合致した。君と仲間たちは村をひとつ、救ったのだよ」

大総長は白亜の咀嚼の様子を眺めつつ、穏やかに言葉を紡ぐ。

「白亜が怖くないのかね?」
「うちの集会所にもモンスターの幼体がいるんです。テツカブラのテッカちゃん」
「鬼蛙か。彼は白海竜だ。ラギアクルスの亜種だよ。白い亜種だから、白亜」
「本来ならば極めて凶暴な種とききました」
「凶暴だとも。彼は自分の領域を荒らす古龍にも、一切の容赦をしなかった」

大総長たち古龍追撃団が初めてこの島にやってきたのは、4年前。島の西部に上陸した追撃団を浜辺で即時に出迎えたのは、鋼龍クシャルダオラであった。同行していたハンターは手練れであったが、鋼龍は狡猾であり、非戦闘員や船が優先的に狙われた。猛攻を防ぐ手立ては乏しく、壊滅は時間の問題と思われた。

「ちょうどその時、島の奥から満身創痍の彼が現れたのだ。鋼龍に破れてもなお、自分の領域を守るためにな」

団員が決死で放った単発式拘束弾にもがく鋼龍に、白い海竜の拡散豪雷ブレスが直撃した。非戦闘員を退避させるには十分な時間が生まれ、追撃団は攻勢に転じる。鋼龍がついに討たれたときには、白海竜もまた、瀕死であった。

「そのまま白海竜をも討つべきか我々は協議したが、そんな決定は下せなかった。彼がいなければ我々は死んでいたであろうし、放置しても消えゆく命であるのならば、我々が敢えて摘み取ることもなかろう、とな」

白海竜は追撃団への敵意は示さず、血を滴らせながら白砂を一歩ずつ踏み締め、海へと進んでいく。その動きはやがて鈍っていった。

『海へ還りたいというのならば、せめてもの手向けとして、我々が手伝ってやろう』

誰が言い出したわけでもなかった。破壊された船の床材を白海竜の進路に置き、かの竜がそれに乗るのを見るや、大勢の団員が一斉にロープでの牽引を行った。白波が竜の頬を撫でると、竜は最期の力を振り絞り、自力でその身を海へと滑らせた。

「ところが竜の生命力とは凄まじいものでな…後日、何食わぬ顔で散歩しているところにばったり遭った。我々の非敵対が決定的になったのは、その時からだ。今では、ご覧の通りだよ」

白亜は6つめの生肉を平らげ、グルルと喉を鳴らした。

「撫でさせてもらうかね」

大総長に促されて、ヘビィチャンがその鼻先を撫でる。白亜はヘビィチャンの匂いを嗅ぎ、じっと凝視した。彼女は質感が気に入ったのか、無心になって撫で続ける。

「さて、私に用事があったのでは」
「あ、そうでした。実はあたしたちの里で使っている蟲を使った移動手段を、この拠点にも………」

デステラ司令部に隣接する会議室のひとつで、粗末な円卓を囲み、広げた地図と睨めっこするのは5人のハンターである。

「島の植生は本土とそう変わらないぜ?オレ、色々見て回ってるからわかるんだけど、たぶん外から来た植物も生えてる。諦めるのは早い」
「いよいよ、北側を捜索するべきか…」
「他の実はそこそこ生えてンだよなあ…」

島についてから十日ほどが経った。禍群重弩衆は依然として弾薬問題を解決できず、狩猟任務においては初日以上の実績を残せていない。昨日は、『二刀流のカンジキ』と『両手に盾のシルバ』の変則片手剣コンビが霞龍の角を破壊して帰還した。討伐に至らなくても、弱体化させて島に留めおくだけで十分な戦果である。

「他のハンターのサポートとしてならば活動できようが」
「俺たちの目的は文句の付けようの無い大活躍だ。炎龍の一体如きでは足らぬ」
「古龍相手に如き呼ばわりね。アンタらの里、どうなってんのさ…ん?」

何やら外が騒がしい。5人は停滞した会議を中断し、共用スペースの入り口から顔を出す。

「加工班の火鋸が帰ってきたってよ!」

縦穴の真下に、先発隊のハンターや、アイルー達が出迎えに集まっている。その輪の中には、先立って地上から降ろされたと思しき巨大な荷袋。

「火鋸さん、猟具係らしいね」
「弾についても何か知ってるかもしれんな!」

やがて縦穴から小さな影が落ちてきた。影はくるくると回転し、皆の前で華麗な着地を決めると、片手を挙げて高らかに宣った。

「デステラ加工班・専属猟具係火鋸!炎龍の執拗な追跡にて帰還罷りなりませんでしたが、ただいま戻りましたニャ!」

天井から差す光の中に浮かび上がった姿は、加工班のツナギを着た三毛のアイルー。その眼は桜色と蒼色のオッドアイだ。禍群重弩衆は顔を見合わせた。

「おかえりニャー!」「お疲れさん!」口々に労う団員達。「あそこの新入りがテオをぶっ飛ばしたんだぜ!」ひとりが重弩衆を指差す。火鋸は目をまんまるにして驚愕した。

「ア…」
「久しいな…」

ガ性ガ強太郎が火鋸に歩み寄り、しゃがみ込んで目線を合わせた。

「ボム太郎」

「旦…那…禍群重弩衆の皆…どうしてここに…」
「偶然だ」
「ボム太郎!おまえ!いきなりいなくなりやがって!どんなに心配したと…!」
「よせ」

ガ性ガ強太郎がエイム・Eを制した。

「過去のことはもう問わぬ…今のおまえには、今の名と、するべきことがある…行け」

ガ性ガ強太郎は火鋸をまっすぐに見据える。

「…本当に、ごめんなさいニャ」

火鋸はぺこりと頭を下げて、4つ足で司令部へと走り去った。ガ性ガ強太郎はその姿をじっと目で追い、エイム・Eもその姿をじっと睨んだ。

夜。鉄の牢獄に押し込められた雷光虫が悲鳴めいて放つ放電が真っ赤な壁面を照らし、出入り口の縦穴からは時折、おどろおどろしい風鳴りが響く。地上に風が吹いている証だ。普段は無風のデステラだが、こうした日には外との気圧差が生じ、船着洞窟から緩やかな風が流れ込むのだった。その風を受けた女が、毛先の切り揃った水色のココットショートをなびかせて砂地を往く。

デステラ生活班のカミキイル女史は、納得の腕前を持つ素晴らしい美容師だった。売り出した炎妃龍素材のウィッグに欠陥があり、各地で同時多発的にクライアントの頭を発火させた経歴をきいた時はどうなることかと思ったが…カムラの里にも、美容院が欲しい。

「あのー、こんばわ。火鋸さんいます?」
「あ、エイム・Eさん。どうも。火鋸は研究棟じゃないですかね。お知り合いだったとか」
「ん、まあな。アリガト…アンタらすげえとこで寝てるのな」

エイム・Eは赤鋸に手を振り、金床の上で仮眠をとる黒鋸に一瞥をくれると、研究棟を目指す。他の施設と変わりない、骨と木でできた粗末な小屋だ。入り口から中を覗くと、ボム太郎…火鋸は、吊るした大きなタルに何らかの薬液を塗布しているとこだった。

「邪魔するぜ」
「…あ、エイム・E……さん。昼間はすみませんでした」
「そういうのはいいッて。アタシも悪かった。ここ、座っていいよな?」

エイム・Eは返事を待たずに粗末な椅子に座り、室内を眺め回した。ビンには様々な種類のキノコや薬草。火を使えないのであろう。ピッカエリンギの鉢が照明の代わりに置かれている。

「強太郎のやつはクソアホだから、ああいう言い方しかできねェんだ。ほんとは、再会をめちゃくちゃ喜んでる」

火鋸はエイム・Eに背を向け、作業を続ける。

「アタシもだよ。ヘビィチャンも、ランマルスのやつも。…元気そうで、よかった」

ピッカエリンギの無機質な光が、淡々と仕事をこなすアイルーの影を地面に落とす。

「火鋸、いい名前じゃねーか…そんだけだ。明日からもよろしく。じゃな」

エイム・Eはそれだけ告げると、退出していった。火鋸は作業の手を止めると、足元の砂地に落ちた涙の跡を、後ろ脚で掻き消した。

「エイム・E、ボク…ちゃんと謝りたいニャ。みんなと、ちゃんと話したいニャ!」

研究棟を飛び出して、アルブーロメイルの女に叫ぶ。女は後ろ姿のままぴゅう、と口笛を吹くと、『来い』を意味するハンドサインを送った。

「寂しかったぞ!ボム太郎!貴君がいなくなってからしばらく、強太郎は呑むたびにさめざめと泣いておった!我々はあの後、オトモを雇っていない!貴君の席はずっと空いておるぞ!建てて早々吹っ飛んだ火薬庫のことなら気にするな!管理を任された貴君のせいではないのは、その後の調査でわかっている!紛れ込んだ野生の雷光虫が原因であったのだ!そもそも、我々は一流のハンターで十分な収入があるからして、火薬庫のひとつやふたつ建て直すことなどなんら苦では無い!貴君には背負いすぎる気がある!黙っていて申し訳なかったが、私たちはコガラシ殿から貴君の過去を聞いている!ボマーオトモとの連携も知らぬ浅はかな狩人にこっ酷く解雇されたと!さぞ不安であったろう!我々がもっと早くに十全な信頼関係を築いていれば、貴君は逃げ出さなくとも済んだのだ!我々の落ち度だ!すまなかった!今こうして、また会えてよかった!また話せてよかった!我々は今、困っている!また、共に戦ってはくれまいか!?」
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
「ランマルス、全部話すな!!もっとしんみりさァ…あるだろ!?」
「強く抱きしめすぎだ!俺の相棒に乱暴は…」
「俺の、何?」

ヘビィチャンがニコニコ笑顔で、ガ性ガ強太郎を見つめる。ガ性ガ強太郎は口をへの字にして押し黙り、いつものしかめっ顔を作った。

「口元、緩んでるわ」

…デステラ司令部に隣接する会議室のひとつで、粗末な円卓に並んで座るのは、4人のハンターである。円卓の上にはつなぎのアイルーが一匹、畏まっている。

「みんな、本当に迷惑をかけたニャ。こんなボクでもみんなのオトモで居ていいのなら、ボム太郎として、またみんなのところに戻りたい。だけど、今のボクはデステラ加工班・猟具係の火鋸。ボクはもう二度と、役割から逃げ出したくないのニャ。だから、ここに居る間は…ボクのことは火鋸と呼んでほしいニャ」
「ハイ、火鋸さん、相談があります。LV3火薬粉が無くて残弾数がヤバイ」

エイム・Eは既にカタいのはうんざり、といった趣だ。火鋸はペタンと座り、ふむ、と頷く。

「確かに、ヘビィガンナーにとっては死活問題。この島にハッカの実が自生している可能性は低いけど、アテはあるニャ。あちこちでカクサンデメキンを探していた時、いくつかの釣り場でハッカジキを見かけたはず…納品を手配させて、ボクが腕によりをかけて調合するニャ」

昔みたいに。
火鋸は牙を見せてニカリと微笑んだ。


××××××【禍群重弩衆】××××××


火鋸の帰還から数日が経った。禍群重弩衆は無事弾薬の補填に成功し、現在は連日の『角の折れたオオナズチ』の捜索任務に加わっている。既に透明化の能力に障害を負っている筈にも関わらず、フクズクによる索敵に引っかからないのが不穏であった。大総長によるハンターの緊急招集がかかったのは、そんな折である。

「加工班の火鋸から、『繭』破壊のための爆弾がついに完成したとの報せを受けた。素材調達に奔走していたが、先刻討伐された炎王龍の素材を利用することで大幅な工期の短縮が見込めたとのことだ。我々古龍追撃団は悲願の達成を目前としている」

大総長はハンター達を見渡す。

「後は爆弾を『繭』に設置して爆破するだけなのだ。問題は、いかにして古龍の妨害を受けずに島の北まで爆弾を移送し、爆破作業を行うかだ」
「あの、海から船で回り込むのは駄目なのでしょうか?『繭』には撃龍槍が突き刺さっていたんですよね?撃龍船で繭まで近づけないのですか?」

問うたのは『両手に盾』のシルバだ。

「確かに海から通ずるルートはある。だが、現在は落石により船の通過は不可能だ。我々が『繭』を発見した時も、陸の別の入り口から探索を開始している…仮に海路が使えたとして、古龍の襲撃を受けるのは必定であろうな」
「では、古龍のいない隙に運搬を?」

『片手剣二刀流』のカンジキ。

「そもそも、その「古龍のいない隙」が存在するのが不可解なのだ。広大な島ではあるが、なぜか奴らは神出鬼没。事前に存在が確認できなかった種が突然現れることもある。いかな古龍とて、ハンターの捜索を完全に振り切って出没を繰り返すとは考えにくい。ギルドから貸与された導蟲に加えて、今回はフクズクによるカムラ式の俯瞰偵察も行われているにも関わらず、この状況は変わっていないのだ」
「奴らは必ず島の北側で消息を絶つと聞きました。地上で見ない間は、『繭の洞窟』に潜んでいるのでは」

ガ性ガ強太郎。

「それについても、まだ不可解な点はある。先日まで炎龍がいたように、この島では複数の古龍が同時に姿を現すことも珍しくない。もし、奴らが身を隠すのが『繭の洞窟』であるとしても、複数の古龍が同じ時間・同じ場所を寝ぐらにすることが、果たしてあり得るのだろうか?」
「普通に考えれば縄張り争いでも起こしそうなもんだけど、オレ達の想像を超えてくるのが古龍だからな…仲良くオネンネもあり得るってことか」
「あたしたちも白亜の縄張りで寝てるのよ」
「…そこでだ。爆弾設置の下見や運搬ルートの検討も兼ねて、今一度『繭の洞窟』の強行偵察を行おうと考えている。地上の捜索隊との同時展開だ。奴らの神出鬼没の謎に近づく。古龍との遭遇があれば、当然これを討つ。決行は明日の正午!偵察隊は今日のうちに出発し、現地で待機だ」

メンバーが決められた。爆破の下見を行うのは火鋸の役割であり、彼の希望にてガ性ガ強太郎とエイム・E、そして、オオナズチとの交戦可能性からカンジキとシルバ。4人と1匹が偵察隊だ。他のメンバーは2〜3人に分かれて島中に散開し、古龍と遭遇した場合は、信号弾を使って各自合流する。

夕暮れ時、準備が整うと、偵察隊は出発して行った。シルバは特に大翔蟲を気に入ったようで、駄々をこねて2度も天井と地面を行き来した。龍と相対するならば、やり残しは無いほうが良い。ここにいる多くの者が、心得ていることだった。

じゃらじゃらと荷物の音を立て、夜の森林地帯を4人と1匹が征く。木々の合間から差す月明かりの中、遠くに飛雷竜の姿を認めたが、偵察隊に興味を示さずに歩き去った。≪怒りの果て地≫で古龍以外の大型モンスターが襲ってくることは殆どない。気性の荒い個体はみな古龍に殺され、隠れ棲むものだけが生き延びたのだろう、とは大総長の見解だ。

4人と1匹はやがて小さな傾斜地形にたどり着くと、草木の中に隠された戸板をめくって地下に潜り込んだ。木の根で覆われた天然の洞穴。追撃団が島内にいくつか設置した粗末な避難所のひとつである。4人と1匹は厭わしい大虫の死骸を外に放り出し、床じゅうに隆起した木の根に腰掛けて向かい合った。

「バイキーのやつにはもう話したンだけどさ、アタシらも本当は志願組なんだ」

エイム・Eが携帯食料を齧りながら呟く。

「あら、カンジキもだよねぇ?」
「そうだ。おれの師匠…片手剣二刀流の開祖に課された試練として、おれはこの地に来た」
「お前たち、元からのコンビではないのか?」
「違う。シルバとは船で出会い、意気投合した」
「私はモグリの医者でしょっぴかれちゃったんだけど、患者の嘆願でこの機会をもらったの。刃物はキライだし、お薬バラ撒くのにハンマーじゃ不便でしょ?で、この盾ふたつのスタイル」

彼女の装備はフルフルシリーズ。その左右の腕には、真っ赤な鉱石製の頑強な丸盾が艶かしく煌めいている。この島に来てからチーフククリ(ククリ無し)をエルトライト鉱石で補強したのだとシルバは言うが、重弩使いの2人は曖昧に頷くのみだった。シルバはカンジキをチラチラ見る。

「…あなた達、カンジキのスタイルに疑問が無いの?片手剣二刀流って双剣とどう違うの?とか、なんで半裸なの?とか」
「そういえば、なんか双剣と似てるニャ?」
「アー……寒くねェの?」
「おれもここまで訊かれなかったのは初めてだ」

彼の得物はポイズンタバルジンとブラッディネルソード。斧と長剣の組み合わせで、どちらも大業物の毒剣。素材元のモンスターは捕食/非捕食の関係にあるとかなんとか。インナーのみの上半身に付けているのは彼の故郷に伝わる『三眼の宝具』で、不可視の斥力で衝撃を軽減…

ガ性ガ強太郎は両腕を組み沈黙し、エイム・Eは火鋸を抱えてすやすやと眠りについていた。

「うふふ、これも試練ねぇ」

シルバはカンジキの肩を叩くと、灯蟲の入ったビンに覆いを被せ、消灯した。


××××××【禍群重弩衆】××××××


ウツシ教官はカムラの里の全てのハンターの偉大な師である。彼は年齢を問わず弟子を愛する熱血教官であるが、その特訓内容は過酷なものであった。壁面走行をも可能にする走破能力を獲得するための『百里夜行』、翔蟲糸による回避や受け身を体得するための『爆弾荒行』、暑さ・寒さへの耐性を高めるための『惨寒熾温』…そして極め付けが、剥ぎ取りナイフも肉焼きセットも釣竿も無しに野山に放り出され、1ヶ月を生き延びる『ハンター生活』だ。

あらゆる鍛錬を制覇し、見事ハンターとして皆伝された者には、2着のインナーが支給される。片方はアイシスメタル、もう片方には陽光石を混ぜた特殊合金製のワイヤーが織り込まれており、これを着込むことで、訓練で得た寒暖への耐性をより高めることができる。

「あれから8日。訓練と比べると、ずいぶんと手ぬるい漂流生活だったな」
「乙な船旅でしたが、霊水が無かったのはちと寂しかったですねえ」

船の床下から顔を半分だして雷坊と弓塚が眺める先には、彼らの乗る船と同型のものを連ねて牽引する大型の商船。立派な装飾を施されたその船は舵を切り、こちらに近づいてくる。

「見かけは、海賊船!って趣でもねえな。カタギを装ってるってとこか」

雷坊はライトボウガンの弾丸を確認しながら、首をゴキゴキと捻る。体は少々鈍ったが、健康状態は優良そのものだ。

「どうやって、広い海でこんなちっぽけな船を見つけるんですかねえ?」
「俺にも解らん。…む、これ、俺には小さいな…弓塚、着られるか?」

雷坊はギルド職員の制服を放り投げる。

「あっしが?厭な役押し付けなさる」

弓塚は制服を広げて苦笑いした。

「雷坊さんよ、これ、女モノですぜ…」

商船から縄梯子を伝い、大きなフック付きのロープを持ったスキンヘッドの男が降りてくる。袖を切り詰めたレザーベストから突き出た二の腕は逞しく、おおよそこの船の文明的な印象には似つかわしくない。男はロープで船を留めた。

「オイ、居ねえのか!?テメェが合図を出さねえせいで、探すのに苦労した!くたばってねえだろうな!?」

船の床板がわずかに開き、隙間から白手袋をはめたギルド制服の右腕が除いた。右手は弱々しく手招きし、床下からは「たすかった…早く上げてくれ…」との掠れ声。

「ッたく…ブツは無事なんだろうな?こんな小舟如きをわざわざ回収…」

床板を開けた男の顔面に、ガーグァ人形の口から赤い薬液が吹き付けられた。捕獲用麻酔ビンの中身を喰らって瞬時に昏倒した男の陰から、2つの影が勢いよく飛び出した!影は謎めいた青白い縄に引っ張られ、ひとっ飛びに母船の甲板へと着地する。

「全員、降伏しろ!貴様らが密猟団だということは、わかっている!」

金髪の大男がライトボウガンで威嚇する!身なりはどうみてもハンターだ。手を挙げて怯えるのは、恰幅の良いヒゲの男。

「な、何かの間違いです!私どもはしがない貿易商…!」
「ならば、あっしらは海賊です。積荷をいただいて帰りますから、最寄りの港に降ろしてもらいましょう」

背負った大弓のかわりにクナイを逆手に構えた男がニヤニヤと告げる。

「…この船が貿易商なのは本当さ。船乗りどもは全員が人質にして、共犯者だ。私も無駄な犠牲は出したくない。諦めて、武器を下ろしてくれないか?」

ヒゲは観念したのか、早々に本性を表す。船室のドアを開けてつぎつぎと賊が現れる。甲板にいた非武装船員のひとりが跪かされると、その首に凶悪なカットラスがあてがわれた。

「お前らハンターが、人間に武器を向けられないのは知っていアガがアアアアッ!!!!」

雷坊のライトボウガンが閃光を放ち、3連射された電撃弾がヒゲ、カットラス男、人質に着弾!それぞれは痙攣し、崩れ落ちた。

「アッ誤射した!スマン!」
「ギルドにバレなければ、いいんですよ」

弓塚はクナイを連投!カムラ謹製のクナイは賊の脛や腕を易々と切り裂き、船べりや甲板に突き刺さる!塗られているのは、当然麻酔ビンだ!昏倒!

「うおおおおおッ!」

非武装船員の一人が、賊に果敢なタックルを仕掛けた!カットラスを取り落とした賊にさらに他の船員が馬乗りになり、顔面を殴りつける!怒号!弾丸!麻酔クナイ!

「…ったく、うるせぇな。う・る・せ・え・な。なあ?」

そのとき、ぎい、と船室の扉を開け、大太刀を背負った男がふらりと姿を現した。男はハンターの武具…ミツネシリーズで身を固めている。その灰色の眼は虚で、武具の隙間から見える肌は雪のように白い。甲板で揉み合っていた者どもが、動きを止めた。賊のひとりが「ひっ」と小さくうめく。

一筋の矢が飛びきたり、男の大太刀の柄を折り砕いた。そこに撃ち込まれるは電撃弾である!

「あれ?あががごがが!!!」
「長モノを持ってましたんで、弓を引かせていただきました」
「カッコつけて出てきやがって!雑魚は引っ込んでろ!」

雷坊はミツネ男をヒゲ男のところまで蹴って転がすと、片足で踏みつけて高らかに宣言した。

「よく聴け密猟者のゴミ共!俺の名は雷坊!カムラの里の猛き閃電!ライトボウガンの名手!ライトニング暴威!それがこの俺だ!この船は完全に制圧した!」
「あっしは…名乗るほどのものでもございませんな」

手際よく賊を縛りながら、弓塚が応える。

「ウツシ教官の『対人戦訓練』…できれば役立てたくなかったねえ」

彼は晴れ渡る天を仰いだ。

「なんとお礼をもうしたら良いか…ですが…」

船の本当の主人は船室に軟禁されていた。初老の男は、顔を曇らせる。

「私たちの故郷は、奴らの本拠地がある島です。辺鄙な島ですが、住民の星を読む力が買われたのです。今日のことが奴らに知られれば、きっと家族に危険が及ぶ…」

雷坊は弓塚を見た。

「…はいはい、あっしはどこへでも行きますよ。で、作戦名は考えてるんですかい?雷坊さんよ」

禍群重弩衆が里を経つ1ヶ月と2週と、ちょっと前の出来事であった。


××××××【禍群重弩衆】××××××


暗闇の中で、腕組みをしていた男がぱちりと目を開けた。

「みんな、起きろ」
「おめーが最後だ…疲れてんじゃねェか?しゃんとしろ」

既に準備を整えたエイム・Eが、濡れた手拭いをぐいと突きつけた。

「すまん」

ガ性ガ強太郎は素直に受け取った。
太陽はまだ、昇っていない。

夜明け前のデステラ。勾玉草のタルの前には、この拠点の設立以来、類を見ない数の団員が集まっていた。加工屋の屋根では、加工班が班歌を斉唱している。

「地上捜索隊、第1班、出発します」

ギルスタ、アリエル、レンキーニ、ニャターンの3人と1匹が大総長に敬礼する。太陽の煌めきで、頭上の縦穴が明るくなってゆく。

ごとり。

なにかが、穴の上から落ちてきた。なにかは梁をワンバウンドして鈍い音を立て、安全ネットに落ちる。そして、ネットに穴を開けて、砂地に落ちた。

全員が、落ちてきたものを見る。それは燃え盛る太陽のかけら。討ち滅ぼされた炎王龍の遺骸に残されていたはずの、砕けた王冠であった。

全員が、頭上にあるものを見る。夜明け前の空が蒼色に燃え盛っていた。金色に輝く月が、地の底に落ちた太陽を見つめている。

「総員、退避!」

大総長の絶叫と同時に、縦穴から地獄の業火が吹き出した。業火は真っ赤な壁面を煌々と照らす。

「ナナ・テスカトリだ!」
「急げ!船着き洞窟に走れーーーッ!!」

僅かでも物資を抱えようとする猫鋸を引っ張り上げ、黒鋸が全力疾走する。梁が焼け落ち、加工屋棟に落下した。

「彼奴も我らの仲間だ!」

ランマルスは退避の最中、取り残された大翔蟲に気がつくと、人々の流れから疾翔けで跳躍した。ダマスクメイルのマントをはためかせて着地すると、全身に力を込めて勾玉草のタルを抱え上げる。

「ランマルス、急いで!」

火は司令部を焼き、会議室を焼き…やがて研究棟に達そうとしている。中には『繭』破壊のための特殊爆弾が保管されている。これが爆発すれば、全員の命は無い。

「いかん…!」

大総長が駆け出した。意図を察したバイキーとカミキイルも後を追う。

「任せろオラアアアア!!!」

叫びながらハンマーを溜め、突撃したのはギルスタだ。彼は研究棟の隣、備品庫の支柱に渾身の回転フルスイングを打ちつけた。備品庫はベキベキと音を立てて崩壊する。

「研究棟に火が回ったら終わりだ!瓦礫を退かして時間を稼げ!」

アリエルとレンキーニがギルスタに続く。アイルーのニャターンはまだ無事な建物の屋根に登ると、濾過装置の水タンクを破壊して回った。

「せーので上げる!」「「「せーの!」」」

大総長、バイキー、カミキイルが特大サイズのタル爆弾を掲げて移動を始めた。

「ぐああッ!!」

叫び声を上げたのはバイキーだ。天井から吊り下がっていたバインドキューブが落下し、分解した破片が彼の肩口を裂いた。運搬速度が鈍る。

「バイキー!持ち堪えろッ!」
「ちっくしょおおおおおッッ!肩に…力がッ!」

不意に肩の痛みが和らいだ。バイキーは力のコントロールを取り戻し、地面を踏み締める。船着き洞窟への入口では、狙い澄ました回復弾を撃ち終えたヘビィチャンが、夜砲【黒風】を背負い直すところであった。

船着き洞窟の浮き橋を渡って、団員たちは撃龍船へと乗り込んでいく。

「全員の無事が確認できています」

最後に船に乗り込んだ大総長に、船乗りのリナノフさんが報告する。

「このまま奴が去ってくれれば良いが、この船が見つかったら終わりだ。だが、地上への道も塞がれた。こちらから打って出る手が無い」
「あるわ」

ヘビィチャンとランマルスが前に出る。甲板には、勾玉草と大翔蟲。

「あたしたちならば、昇ることができる」

水平線から覗く本物の太陽が、彼女の横顔を暁色に染め上げた。

炎の妃は地獄へと続く穴を覗き込んだ。中から生き物の声はしない。妃の怒りは鎮まらなかった。穴の中へ入り、生き物共を骨の髄まで焦がし、八つ裂きにしてやりたい。叶わぬ苛立ち。王を喪った憎しみ。妃は穴の周りをうろつき、吼え、猛り、そして、吼えた。

「王さまは地獄へ行ったわ。あなたも送ってあげる」

妃は声の方角、海を臨む崖を見やる。小さな生き物のうち、もっと小さなものが、憤怒の形相でこちらを見ていた。

「我々は王よりも強いぞ!我が愛砲テオ=フランマルスがその証左也!」

崖下よりもう一匹の生き物が飛び来たり、その隣に並びたった。王と同じ匂いが鼻につく。

妃は首を少し傾げると、蒼の炎で眼前を焼き払った。

ランマルスとヘビィチャンは炎を疾翔けで飛び越えると、地形の傾斜を利用して滑走、炎妃龍から離れてゆく。龍は振り返ると、凄まじい勢いで追走を開始した。

「できる限り、船から引き離すの!」
「勿論だ!」

2人はスライディング終点で跳躍すると、空中疾翔けでさらに距離を稼ぎ、森の入り口の平地に着地する。奇しくもそこは、炎王龍の遺骸が横たわる地だ。

「炎妃龍ナナ・テスカトリ…テオと違って熱風と火焔を操るのに長けているときくわ」
「来るぞ!」

2人は坂上から突進してくる龍に通常弾を撃ち込んだ。弾は炎の障壁によって大きく威力を減じる。

「テオと同じ!」
「ならば撃ち込み続ければいずれ通る!」

接近からの爪の一撃を後方へのローリングで回避し、ランマルスは射撃を継続する。ヘビィチャンは弾薬を貫通弾に切り替えて側面から支援射撃を行った。弾丸は炎のバリアを突き破るが、体表にはさほどのダメージを与えずに燃え尽きた。

「ランマルス!まずは常套手段よ!徹甲榴弾からの…」
「機関竜弾だな!任せよ!」

ランマルスはテオ=フランマルスの弾薬を交換すると、大業そうにリロードを行った。

××××××【禍群重弩衆】×××××× 

『繭の洞窟』への陸からの侵入経路は、洞窟というよりは岩盤に空いた大きな亀裂であった。

「こんなとこ、よく入って行こうと思ったな…」

先頭のエイム・Eは大事な妃竜砲が引っかかるのを気にしながら、下降していく。灯蟲が照らす先は闇だが、穴の底があることは確かなのだ。彼女はいつぞやに見た、地獄の夢を思い出した。やがて彼女は横穴に降りた。足元には水が流れている。彼女は上に合図を送る。

一行は水音を立てながら曲がりくねった道を進む。緩やかな上り坂だ。やがて薄ぼんやりとした光が見えた。出口だ。足元からは、渾渾と水が湧き出ている。

偵察隊は出口から先を覗き、息を呑んだ。眼下に広がる大空洞。その中央には、死してなお青白い光を弱々しく放つ巨大な繭…繭としか形容し難い物体…が鎮座している。繭には情報通りに撃龍槍が突き刺さっており、槍が放たれたと思われる方角は地面の代わりに水で満たされていた。その先には大洞窟。海につながっているのだろう。

繭からはちょろちょろと光る液体が垂れ続けている。液体は枝分かれする小川を作っていくつかの大きな窪みに流れ込み、さながら巨大な洞窟風呂の様相だ。…否、発光する窪みの液体からは湯気が立ち昇っている。恐らくこれらは海底火山かなにかによって作られた、本物の温泉なのだ。

「見ろ、霞龍だ」

カンジキが指した先には、窪みの液体にとっぷりと浸かり、だらしなく舌を伸ばした霞龍が擬態を解いて寝そべっている。折られたはずのその角は、早くも再生しかけていた。

「ここは古龍の湯治場ニャ…奴ら、巨大古龍の体液が溶け出した温泉で、傷の治癒を行っていたのニャ…!」
「マジかよ…古龍の秘密、そんなしょーもないのかよ…」
「…理には適っている」
「温泉の効能は凄いの。実際に何種もの環境生物が、温泉を利用する生態を持っているわ」

偵察隊は顔を引っ込めて作戦会議を行う。

「どうする。ここで討つか」
「賛成だ」
「繭の強度を確認したいニャ」
「温泉の成分も採取したいわ」
「待てみんな。…アイツ、死んでねェか?」
「なんだと…?」

妃竜砲のスコープで観察していたエイム・Eが異変に気づいた。ガ性ガ強太郎が代わる。

「確かに微動だにしない…カンジキ、奴の頸に大傷を負わせたか?」
「頸?いや、おれが斬ったのは後ろ脚。角はシルバが昇竜撃でへし折った」
「だとすると、奴に致命傷を負わせた別の存在がある…どのみち、近づいて調べるしかない」

じゃあさ、とエイム・Eが指を立てる。

「アタシと強太郎なら、降りても疾翔けですぐに戻って来られる。アタシらで様子を見に降りて、大丈夫そうだったら、みんな降りる…コレでどうよ?」
「それで行こう。気をつけて」

エイム・Eとガ性ガ強太郎は出口から躍り出た。空中停止を利用して静かに着地すると、各々の重弩を構え、背中合わせに警戒しつつ歩を進める。

霞龍はやはり死んでいた。ガ性ガ強太郎が近づくと、その首元には噛み跡。そして、身体には謎めいた棘が深々と突き刺さっている。ガ性ガ強太郎は、棘を引き抜こうと手を伸ばす。その時、黒い影が繭の裏から飛び出した。

「後ろだ!何かいるぞ!」

壁面の横穴から様子を見ていたカンジキが叫び、ガ性ガ強太郎は咄嗟の回避を繰り出した。彼を狙った飛びかかりは逸れ、青白い飛沫が炸裂する。あたりに湯煙が立ち込めた。影の主は大声を出したカンジキを見つけ、横穴直下の壁に猛突進を仕掛ける。

「エイム・E!ガ性…ヌウウッ!!」

突進の衝撃で横穴が激しく揺れると、カンジキとシルバの足元の湧き水が勢いよく吹き出した!水圧に呑まれる寸前に火鋸が飛び出し、クルクルと着地する。水は激流となり、カンジキとシルバを押し流していく…!

「ボム太郎!来い!俺たちで前衛を張る!エイム・E!背中を任せたぞ…!」

ガ性ガ強太郎は叫ぶと、足元にマタタビ玉を叩きつける。ボム太郎の心の奥底から、無限の勇気が溢れ出した。

「強太郎…!任せろニャ!」
「はいはい、いつものヤツね…」

エイム・Eは強太郎の背後の闇に溶けた。

「「我ら禍群重弩衆を」」
「ナメんじゃねえ!!」

棘だらけの黒い龍は、新たな獲物に歓喜の咆哮を上げた。

断続的に響く砲音、龍の咆哮…≪怒りの果て地≫の南側では死闘が続いていた。ヘビィチャンが通常弾を連射する。弾は狙い過たず炎妃龍の頭に着弾するが、妃は怯む様子も無い。

「こいつ、思ってたよりもずっと硬い…!」

2人を苦しめているのは、弾丸を阻む炎の障壁だ。ランマルスが徹甲榴弾で気絶させ、機関竜弾を当てたまでは良かった。だが、おびただしく出血したはずの炎妃龍の額の傷は炎によって瞬時に止血され、流れていた血は蒸発し、灰となり散っていった。妃は激昂し、蒼の龍炎はいっそうの輝きを増した。

炎妃龍の強烈な熱風攻撃自体は、正面にさえ立たなければ対処は容易い。だがそれは、顔を向けられるたびに大きな回避を強いられるということでもある。戦闘時間が経過するごとに、2人の息は上がっていく。

「怯むな!ヘビィチャン!」

ランマルスが威勢よく叫ぶ。

「撃って駄目なら、さらに撃て!ヘビィボウガンを信じよ!」
「当然よ!」

2人は熱風を左右に交わすと、更に撃ち続けた。炎妃龍が龍炎で攻撃を行う一瞬は龍炎に綻びが生じ、甲殻にダメージを与えられる。ダメージを受けるたびに、炎妃龍は炎で止血する。弾切れが先か、炎妃龍の失血死が先か、人と龍の壮絶な意地の張り合いが続くかと思われた。

均衡は破られた。炎妃龍がふわりと宙に羽ばたく。

「スーパーノヴァだ!離れよ!」

ランマルスが自在鉄蟲糸滑走で素早く離脱する。しかし、炎妃龍から放たれたのは2人の予期した破滅的大爆発ではなかった。炎妃龍を中心に凄まじい熱風が拡散していく!撤退距離を見誤ったヘビィチャンは腕で顔をガードし、立ちすくんだ。

((目が開けられない…息をすれば肺を焼かれる…!))

1歩、2歩、よろめきながら後退する。身動きが取れない。焼かれる。身が、そして、心が。涙が溢れては、瞬時に乾く。炎の妃は、獲物が頬を濡らすことをも許さないのか。

熱風を遮るように、影が立ち塞がった。ダマスクメイルのマントが燃え盛る。

「貴様の炎如きで、我らを焼くことなど敵わぬ!」

ランマルスは竜撃弾を弾倉から取り出すと、地面に転がした。弾は炎熱により瞬時に爆発し、ランマルスとヘビィチャンを熱風の範囲外へと吹き飛ばした。

ヘビィチャンは仰向けになり、肺いっぱいに空気を取り込む。全身が酷く痛み、眩暈がする。だが、生きている。ヘビィチャンは立ち上がると夜砲【黒風】を構え、横に倒れるランマルスを見る。ランマルスは動かない。

「ランマルス…ランマルス!?くっ…!」

ヘビィチャンは炎妃龍の短距離突進を躱し、ランマルスに回復弾を撃ち込むと、速やかに通常弾で反撃した。通常弾を撃って、撃って、撃ちまくる。尻尾による振り払い攻撃には、斬裂弾で反撃を行う。

ヘビィチャンはポーチをまさぐる。そこにあって欲しいはずの弾は、もうほとんど底を尽きていた。エイム・Eが恋しい。彼女が奴の背後から狙撃してくれたら。ガ性ガ強太郎が恋しい。彼が熱風波から皆を護ってくれたら。弾のないあたしには、何ができる?何をすれば、ランマルスを護れる?

ヘビィチャンは眼を見開くと、祈りを込めて思い切り指笛を吹いた。牽制用のLV1通常弾を装填し直すと、炎妃龍への射撃を再開する。

炎妃龍は威力の減じた攻撃をせせら笑うかのように、後ろ足で立ち上がって咆哮した。龍炎が纏い直され、ヘビィチャンの射撃は全て完全にシャットアウトされる。

森がざわめき、木々の合間から、この島の真の主が現れた。

白き竜は憶えていた。小さい生き物の鳴らす、心地よい音色を。

白き竜は怒りに満ちていた。それを奪われることは、耐え難く不愉快であると。簒奪者に、裁きの雷撃を与えんと。

白亜は咆哮とともに突進し、助走をつけて炎妃龍に飛びかかった。体制を崩したところに、電撃を湛えた牙で喰らいつく。炎妃龍は後ろ足で立ち、その牙を受け止めた。だが、一瞬の力の拮抗は敗れ、白亜が地面に投げ出される。

「行って!」

ヘビィチャンがレイアメイルの胸元を引っ張ると、中から2匹の翔蟲が飛び立ち、ヘビィチャンを空中に引っ張りあげた。さらに鉄蟲糸が伸び、手綱のごとく白亜の四肢に絡みつく。ヘビィチャンは白亜の首筋に跨った。

「白亜!力を貸して!」

意趣返しとばかりに飛びかかる炎妃龍を、白亜は信じられない速度でステップ回避し、背中を当てて衝撃を相殺した。彼は自分の身に何が起きたのかを瞬時に理解し、ヘビィチャンに身を委ねる。

「やれ!」

着地の隙を狙った2連噛みつきの1撃目が蒼いたてがみを引っ張り、2撃目が顔面の肉に直撃した。堪らず怯む炎妃龍。

隙はさらに大きな隙を産んだ。ヘビィチャンが右の鉄蟲糸を操ると白亜は右に旋回。帯電して左半身を打ち付ける凶悪なタックルを繰り出した!炎妃龍は電撃の威力にショックを起こし、バランスを崩して転倒。炎のガードを解く!

白亜は易々と攻撃が続く歓喜にうち震える。ヘビィチャンは、自身の座す首のすぐ後ろの棘が放電に関わる器官であること、白亜が自分を焼かないように帯電をコントロールしていることを察した。

「あなた、撃てる?」

白亜は鉄蟲糸を通して後退りを命じられると、腹の奥底を撫でられるような感覚を味わう。

「撃て!」

白亜は倒れてもがく炎妃龍に雷球ブレスを吐きつけた。ヘビィチャンは白亜を降り、残った通常弾を全て装填すると、自身も射撃を開始した。

「撃て!」

白亜は倒れてもがく炎妃龍に雷球ブレスを吐きつけた。ヘビィチャンは通常弾を撃った。

「撃て!!」

白亜は倒れてもがく炎妃龍に雷球ブレスを吐きつけた。ヘビィチャンは通常弾を撃った。炎妃龍の体が爆炎に包まれる。ダウンから復帰したランマルスの拡散弾だ。

ヘビィチャンは奥の手である狙撃竜弾を装填し、地に伏せた。その隣で白亜が背電殻に眩い電撃を湛え、大きく息を吸い込む。

「撃て!白亜!」

白亜が一際大きい雷球を吐きつける。凄まじい電光が拡散し、炎妃龍の体を包み込んだ!一拍遅れて、狙撃竜弾が着弾!弾は高速回転しながら冠を粉砕。体表を抉りながら背骨に沿って尻尾へと突き抜けた!さらに数珠繋ぎとなった小爆弾が連鎖爆発!

爆炎が晴れる。致命的部位に衝撃を与えられた炎妃龍は、既に事切れていた。白亜は横たわる亡骸に数度威嚇すると、ヘビィチャンには一瞥もくれずに海の方角へと進み、崖から飛び降りて姿を消した。ヘビィチャンは負傷したランマルスを支えつつ、船の待つ崖下を目指し、歩を進める。

後には2つの亡骸だけが残された。緩やかな海風が、赤と蒼のたてがみを揺らす。
太陽はすっかり昇り切っていた。



××××××【禍群重弩衆】××××××


カムラの里のハンターは夜目が効く。『繭』の弱々しい発光と、携行している灯蟲の放つ僅かな光は、眼前の龍と戦うには十分すぎる光源である。

「エイム・E、恐らくこいつは飛び道具を持たぬ。持っていれば、カンジキ達を直接狙ったはずだ」

龍が棘だらけの前脚でガ性ガ強太郎を殴りつける。ガ性ガ強太郎は毒妖砲ヒルヴグーラの盾でこれを受け止め、散弾で反撃しながら作戦を伝える。

エイム・Eは暗がりや物陰を渡り歩きつつ、毒弾を龍に撃ち込んでゆく。棘に阻まれているか、数発打ち込んだだけでは効いている様子はない。現状ではガ性ガ強太郎と龍の一対一の状況だ。ボム太郎は背負っていた荷物を下ろし、既に設置型爆弾の敷設を開始している。

龍の体には無数の棘。頭部には恐ろしく巨大な角が2本聳り立っていた。未知のモンスターではあるが、2人と1匹は古龍の前提で警戒を行う。どう見ても古龍だからだ。龍が全身を地面に擦り付けた豪快なタックルでガ性ガ強太郎を狙う。ガ性ガ強太郎は地面を踏み締めて耐え、反撃を行った。やはり、黒い棘が硬く、ダメージの通る様子はない。頭、翼、腕、胴、尻尾・・・ガードの隙に満遍なく弾丸を撃ち込んだが、有効な部位が見当たらない。

「設置完了。戦線に復帰するニャ!」

ボム太郎がガ性ガ強太郎の横に躍り出る。その愛らしい手には巨大なスパナ。デステラ加工班謹製の極悪非道な凶器である。ボム太郎は棘の龍に接近し、右腕を殴りつけた。表面が爆ぜ、黒棘が飛び散る。

「炎龍の塵粉をしこたま塗りこんだのニャ!」
「爆破属性か。悪くない」

龍はボム太郎をギロリと睨むと、右爪を地面に食い込ませたまま力任せの横なぎを繰り出す。ボム太郎はバックフリップで回避した。

「見ろ、棘が…!」

ガ性ガ強太郎が注視を促す。今しがた爆散したはずの棘が、みるみるうちに白色の棘に生え変わっていく。

「なんだ!?まさか温泉パワーで治してるのか!?」
「いや、おそらく、これがこの龍の能力だ」

ガ性ガ強太郎は生え変わったばかりの棘に散弾を当てる。棘はバキバキと激しい音を立てて砕け、龍の腕からは血飛沫が散った。

「生え変わりの直後は柔らかいようだ!白いところを狙え!」

ガ性ガ強太郎は大角での頭突きを防ぎながら叫ぶ。散弾を撃ち返そうとガードを解いたその時、頭部の黒棘が飛散し、ガ性ガ強太郎のインゴットメイルに浅く突き刺さった。

「ぬうッ…!」

ガ性ガ強太郎は痛みに耐えて踏み止まる。棘の一発は頬を裂き、溢れた血が鎧の内側に流れ込む。

「強太郎!」
「構うなッ…!奴は棘を発射してくる。気をつけろ」
「黒い散弾使いか!おめーとキャラ被ってンな!」

エイム・Eは右腕の棘に執拗に通常弾を当て続ける。生えかけた棘が砕け、血が吹き出る。龍はガ性ガ強太郎を撥ね飛ばしてエイム・Eまで走り寄らんとするが、ガ性ガ強太郎はシールドでこれを受け止め、ズリズリと後退して体制を崩さない。エイム・Eがローリングで大きく距離を取ると、ガ性ガ強太郎が右腕を撃った。龍は一瞬バランスを崩しかけて踏みとどまる。

ボム太郎が後方から極小のタル爆弾を投擲し、今度は左腕の棘を爆破した。その威力は凄まじく、見る人によっては通常サイズのタル爆弾が投げられたと錯覚するほどだ。

「任せな!」

エイム・Eも龍の左手側に回り込み、左腕を攻撃する。龍は左右からの挟撃に耐えきれずに、遂に転倒した。エイム・Eとボム太郎は腕への追撃を続け、白棘の再生を執拗に妨害する。ガ性ガ強太郎が龍の真正面に立ち、顔面に竜撃弾を放った。爆圧が龍の牙をへし折り、黒棘を消し飛ばす。頭部の棘もやはり、次々と再生してゆく。

龍は転倒から立ち直ると、小さくバックジャンプをしてガ性ガ強太郎達から間合をとって大きく咆哮した。エイム・Eとボム太郎は耳を塞ぎ、ガ性ガ強太郎は音圧をガードする。攻めが途切れ、白棘が急速に生え変わっていく。

「時間稼ぎか。くだらぬ」

ガ性ガ強太郎は一度納刀すると、棘の龍に背を向けて駆け出した。龍は本能的にそれを追う。人の足はあまりにも遅い。瞬時に追い縋れる事を予期して駆け出した龍の足元で、ボム太郎の設置型爆弾が起爆した。激しい爆発が龍の上半身を包み、熱が甲殻を焼く。広い広範囲の黒棘が、纏めて吹き飛んだ。龍は堪らずダウンする。

「ナメるなと、言った筈だニャ!」

地面に潜伏してきたボム太郎が飛び出し、龍の脳天をスパナでガンガンと殴りつける。ガ性ガ強太郎は龍が見せた脇腹のあたりに、無慈悲に麻痺弾を撃ち込んだ。エイム・Eは龍の麻痺を確認すると、照準の倍率を上げ、左眼を狙う。縦長の瞳と、スコープ越しに目が合う。エイム・Eは躊躇なく引鉄を引いた。極悪非道戦術『エイム・Eye』である。龍の眼はライトクリスタルにも似た超硬質の組織であり、ハンターの武器攻撃が通用する事は稀であるが、この一撃で視力に幾ばくかのダメージが入ったのは間違い無い。その間にも、龍の脇腹には降り注ぐ散弾の雨。

やがて麻痺から復帰した龍は激昂した。外套のような翼を大きく広げて飛び上がると、エイム・Eを目掛けて滑空突進を繰り出す。

「読めてンだよ、ケダモノの考えることなんざ」

滑空突進はエイム・Eに直撃した。龍は慣性に従って地面を滑り、反転する。そこには、轢き潰された哀れな獲物の死骸。…が、あるはずだった。

エイム・Eの身体は鉄蟲糸の鎧に覆われ、青白く発光していた。彼女は反撃の予兆を察知すると、2匹の翔蟲を解き放ち、立膝姿勢で鉄蟲糸を自身の全身に纏わせた。そして、その先端を地面に縫い付けたのだ。

突進の衝撃は鉄蟲糸が吸収し、体表を伝って地面に拡散した。彼女は傷ひとつ負っていない。それだけではなかった。鉄蟲糸は妃竜砲の機構内部にまで浸透し、砲身の最奥部に繭のような弾丸と、それを撃ち出す弦を編み上げていた。繭弾は火薬の力を使用せず、強靭な鉄蟲糸の張力のみで発射される。その機構はあまりにも原始的、まさに巨大なスリングショットであり、投石器である。だが、人間の膂力では、この鉄蟲糸の弦を引き絞り、繭弾を装填することは叶わない。装填には、強い衝撃の利用が必要なのだ。

そして今、繭弾の装填は成った。妃竜砲の砲身は、極限の負荷に鳴動していた。エイム・Eの眼前では、棘の龍が、無防備に顔面を晒している。エイム・Eは、決断的に引鉄を引いた!

凄まじい炸裂音が鳴り響き、棘の龍の巨大な右角が吹き飛んだ。鉄蟲糸技アンカーガードに続く必殺の射撃、カウンターショット。射撃の反動で真後ろに吹き飛んだエイム・Eは受け身を取り、前方を見据える。

龍は狼狽えたようにたたらを踏むと、尻尾を向け、海へ続く洞窟へと飛び去った。

「…逃したか」
「見た事も聞いた事もねェぞ、あんな龍!」
「新種かも知れぬ。トゲゴンと命名しよう」
「前から思ってたんだけどさ、おめーのネーミングセンス…」

ボム太郎が桜蒼の対眼でエイム・Eを見た。彼のオトモネームもガ性ガ強太郎が命名したのだ。

「最高だよな…」

ボム太郎はもじもじと照れた。狩人の2人はようやく武器をしまった。

「カンジキとシルバは大丈夫かニャ…助けに戻った方がいいかニャ?」

横穴の湧き水は既に勢いを弱めている。

「奴らもいっぱしのハンターだ。あれ如きでくたばりはせぬ…調査続行だ。俺たちの目標は、爆破計画を推し進めること」
「にしても、トゲゴンがまた戻ってきたら、この繭も爆破どころじゃねェな……ん…?」
「どうした、エイム・E」

エイム・Eは妃竜砲に狙撃竜弾を装填すると、繭に向けていきなり発砲した。弾は繭の表面を貫き内側まで深く食い込むと、大爆発を引き起こした。名状し難い繭の中身が四散し、折れた撃龍槍が派手な音を立ててガラゴロと地面を転がる。繭の中身だったものは空気に触れると明るい橙色に燃え盛り…やがて、黒ずんで光を失った。空洞内を満たしていた青白い燐光はほとんど失せ、2つの灯蟲だけが、周囲を僅かに照らすのみだ。

ボム太郎の目に涙が浮かんだ。

「こんなのないニャ…あんまりニャ…ボク、頑張って爆弾作ったのに…」
「ボム太郎を泣かせるな…!」
「悪かった!マジで!お、温泉あるぜ!温泉入ろう!?な!?」
「ニャアアアアーーーーーーーン…」

デステラ加工班・火鋸の任務は、こうして終わりを告げた。


××××××【禍群重弩衆】××××××


ガ性ガ強太郎たちが地上に戻ると、辺りは水浸しになっていた。近くの岩肌の合間には2本の棒が突き立てられ、それぞれに回復薬の空き瓶が被せられている。カンジキとシルバが無事を知らせるサインであろう。棒にはハンターノートの切れ端が結ばれていた。

【重弩衆へ フクズクからデステラ壊滅の報あり 全員船で脱出し無事 東の海岸で合流指示 先にゆく】

「壊滅…何があったのニャ!?」
「無事であればいい。今はトゲゴンの行方だ」

フクズクを喚び寄せ、トゲゴンが付近にいないことをひとまず確かめたエイム・E達は、東の海岸で撃龍船に合流した。疾翔けで甲板に着地する3人に団員達が群がると、中から大総長が歩み出る。

「よくぞ戻った。大事は無いようだな」
「シルバとカンジキは?」
「先に戻って手当を受けている。黒い古龍と遭ったそうだが」
「撃退しました。近くにはいません」
「そうか、よくやった。仮設拠点は壊滅したが、我々は襲撃してきた古龍を討伐し、辛くも特殊爆弾を運び出すことに成功した。以後、本団はこの船を拠点とし、『繭』爆破の最終作戦を行う。…偵察の結果を聞こう」
「アー…」
「繭はエイム・Eが完全に破壊しました」
「…もう一度言ってくれ。繭を、破壊した?」

周囲がざわついた。

「繭は狙撃竜弾によって爆発四散し、欠片は燃え尽きました。これが証拠です」

ガ性ガ強太郎は、青みがかった灰色のボロ布のようなものを差し出す。

「…確かに、冥灯龍ゼノ・ジーヴァの素材のようだ」
「トゲゴンの素材も拾っておきました」
「トゲゴン?」
「遭遇した未知の古龍です」

エイム・Eが掲げたのは、大人の腿ほどもある巨大な棘である。

「ネルギガンテだ」

大総長は捻り出すようにその名を口にした。

「古龍渡りの報告書にもその名があった。古龍を捕食する古龍だ。…とにかく、ご苦労であった。詳細な報告を船室で聞いてもよいかね」

大総長は踵を返し、船内へと入っていく。2人と1匹は、それに続いた。

「トゲゴン」「トゲゴン…」

甲板には、トゲゴンショックに陥る団員が残された。

「諸君。我々新海域古龍追撃団は、ついに任務を完遂した。≪怒りの果て地≫の古龍は駆逐され、古龍を集めた元凶は破壊された」

その日の夕暮れ時。撃龍船の甲板に手空きの人員が集められ、大総長の訓示が始まった。デステラのほぼ全職員の集まった甲板はぎゅうぎゅう詰めである。

「本船は、これより本国へと帰還する!さて、諸君らの功績についてだが…」

大総長は言い淀んだ。

「炎妃龍の襲撃により、帳票類は全て焼失した。私は航海中に記録を書き直すつもりだが、残念ながら歳のせいか、諸君の活躍をよく覚えていないのだ」

団員達は不安そうに顔を見合わせた。彼らの活躍もまた、ギルドの恥多き歴史として、揉み消されてしまうのであろうか。

「…よって、諸君の功績を聴取する!各自、とびきりの武勇伝を用意して、順番に私の元に来るように!」
「大総長、報告書の内容を盛りまくる気だぜ」

バイキーがケタケタと笑う。その肩にはまだ痛々しい傷跡。完治には時間がかかるだろう。

「かような傷まで負って頑張ってくれたのに、爆弾は使わず仕舞いであったな…」
「それ、私が治してあげる。今度はヤブじゃなくて、ホンモノの医者としてね」
「アンタ、傷跡も治せンのか」
「私はなんでも治せるわ。カラダも、心もね」

シルバが艶かしく口角を上げた。

日は沈み、空には銀色の月が浮かんだ。団員達の歓談の中、ガ性ガ強太郎は遠くなっていく島を見つめる。傍に、ヘビィチャンが顔を出した。

「なにか気がかりがあるの?」
「トゲゴン…否、ネルギガンテが人を襲いに来ないかが気がかりだ」
「炎妃龍のついでに書物で調べたんだけど、人里を襲ったという記録はないようね」
「杞憂ならいいがな…お前、外の字が読めたのか?」
「勉強よ、ガ性ガ強太郎」
「…そうだったな」

ガ性ガ強太郎は海に視線を戻した。水面には、空に浮かぶ青色の月が、無数に映り込み、静かにゆらめいていた。

…青色?無数に?月が…?否…!

「船の下だ!何かいるぞ!」

ガ性ガ強太郎が叫ぶのと、船体が大きく揺れるのは、ほぼ同時だった。

「なんだ!?」「水棲モンスターかッ!?」
「慌てるな!非戦闘員は船内に退避!ハンターは甲板であらゆる事態に備えよ!全ての迎撃兵器の使用を許可する!」

大総長が号令をかけた刹那、水中から2体の龍が水飛沫を上げながら現れ、長い首をもたげた。白い甲殻に覆われた龍たちはカタカタと震えて威嚇をすると、船べりに首を打ち向けた。対古龍を想定して補強された船体は破壊こそされなかったが、設置されていたバリスタが1門食いちぎられ、海へと引きずり込まれていく。

「オストガロアだ!まさかここで出くわすなんて!」

ハンマー使いのギルスタが叫ぶ。

「奴らを知ってるのか!?」
「敵は1体だ!あれはデカいタコみたいな古龍の触手!」
「船や海の村を襲って人を食う!最悪の古龍よ!」
「いた!あれが本体!」

レンキーニが指さした先、船のすぐそばに、触手と同様の白い外骨格が浮かび上がっていた。

「どう戦う?」
「船の兵器はどれも有効だ!触手が甲板に上がって来たら、一斉に武器で攻撃しかない!」
「来たぞ!」

触手は船を左右から挟み込むように伸び来たった。甲板を狙った叩きつけ1発に対し、ハンター達が殺到し、怒涛の反撃を行う。大剣!双剣!ランス!スラッシュアックス!ハンマー!ハンマー!大剣!片手剣の二刀流!文字通りのタコ殴りにあった触手からは外骨格が弾け飛び、青い血飛沫があがった。一瞬でズタボロになった触手は予想外の反撃に怯み、海中へと引っ込んでいく。

この龍の知能は相当に高いのであろう。もう片方の触手は瞬時に叩きつけを中止すると、甲板を水平に薙ぎ払う予備動作を取った。

「止めるぞ!」「「「応!」」」

禍群重弩衆がひとところに固まり、片膝をついて一斉射撃を行った!通常弾の撃てないガ性ガ強太郎は斬裂弾を装填し、射程に抜かりがない。触手からは外骨格が弾け飛び、青い血飛沫があがった。一瞬でズタボロになった触手は予想外の反撃に怯み、海中へと引っ込んでいく。

「触手に好き勝手させるな!撃滅龍槍杭砲、用意!」

大総長が片手をあげて指示を出す!甲板に聳え立つ大型兵器を職員が慌ただしく起動する!

「撃滅撃龍槍砲用意!」
「撃滅龍砲杭槍用意!」
「撃龍滅龍砲杭!槍砲?…用意!」
「ガバガバじゃねェか!!ややこしい名前つけんな!!」

強燃石炭が炉にくべられると、小型の撃龍槍にも似た槍身が赤熱して高速回転をはじめた!三たび襲来した触手が青く発光する液体を吹きかけ、その回転を停止させた。

「役に立たねーじゃねェか!!だいたい、射角が甲板に向いてる時点でダメだろがッ!」
「ギルドの兵器は誘き寄せて当てる設計ばかりで役に立たないと、ハモンさんも言っておったな!」
「そうよ!ハモンさんを見習いなさい!」
「まだ竹爆弾のほうが役に立つな」

禍群重弩衆はガバガバ兵器をボロクソにこき下ろしながら触手を追い払った。彼らが里の防衛に使う兵器は設置と撤去が容易で、自由な位置を狙えて、連射が効き、複数の攻撃を使い分けられ、ガードすらできるのだ。兵器とはこうあるべきである。その究極を体現したのが、彼らの愛するヘビィボウガンに他ならない…!

オストガロアは触手攻撃が効かないと分かると、船から距離をとった。追撃のバリスタと大砲が火を吹き、水柱を作る。オストガロアはついに水面から顔を出し、おぞましい叫び声を上げる。

「諦めたか!?」
「いや、違う…あれは、瘴龍ブレスの準備だ!山ひとつ消し飛ばす威力!撃たれたら終わりだぞ!」
「大砲!手を休めず撃て!」

地獄への大穴めいてばっくりと開いたオストガロアの口元に、龍属性エネルギーの赤黒い光が収束していく。ハンター達は迎撃兵器を当てるが、オストガロアが発射を断念する気配は無い。

「重弩衆!狙撃竜弾で撃ち抜けないのか!?」
「だめだ!繭ぶッ壊すのに使っちまった…!」

歯噛みするエイム・Eの隣で、ランマルスが立膝姿勢を取った。

「強太郎!竜撃弾!」
「頼むぞランマルス!」

ガ性ガ強太郎が竜撃弾の照準をランマルスに向けた!古龍のブレスで消し飛ぶ未来を憂いた土壇場の希死念慮を汲み取った介錯か!?否!!

ランマルスの全身は鉄蟲糸を纏って輝いていた。カウンターショットの構えである。狂気の発想!相手の攻撃を利用する反撃の技を、同士討ちで発動させようというのだ。だが実際、狙撃竜弾に匹敵する長射程を持つのは、この反撃の剛弾をおいて他に無い。

ランマルスが竜撃弾の爆炎に包まれると、ランマルスと鉄蟲糸で繋がった甲板の床板がべキリと割れる音を立てた。一拍遅れて、ランマルスが鉄蟲糸の剛弾を放つ!爆圧を威力に変換した弾は凄まじい弾速で着弾し、口元の触手を切り裂いた。オストガロアは不気味な悲鳴を上げて僅かに悶える。

「有効だ!皆、力を貸せ!俺たちを思い切り殴れ!」
「デケェの思いっきりブチ込んできな!」

エイム・Eが尻をペチペチと叩いて構えをとる。ハンター達は躊躇する。本来、武器を人に向けるのは言語道断の禁忌なのだ。

「むうっ…!歳かな!見えない!」

大総長が咄嗟に目を擦る演技を行う。コンプライアンス違反不問!バイキーが駆け出し、地衝斬の刃先がエイム・Eの背を捉えた。エイム・Eはダメージを完全無効化し、鉄蟲糸の剛弾を放つ!爆圧を威力に変換した弾は凄まじい弾速で着弾し、口元の触手を切り裂いた。オストガロアは不気味な悲鳴を上げて僅かに悶える。

ギルスタが駆け出し、ハンマーのカチ上げがガ性ガ強太郎の背を捉えた。ガ性ガ強太郎はダメージを完全無効化し、鉄蟲糸の剛弾を放つ!爆圧を威力に変換した弾は凄まじい弾速で着弾し、口元の触手を切り裂いた。オストガロアは不気味な悲鳴を上げて僅かに悶える。

レンキーニがタルを掲げると、中から飛び出した爆発物がヘビィチャンの背を捉えた。ヘビィチャンはダメージを完全無効化し、鉄蟲糸の剛弾を放つ!爆圧を威力に変換した弾は凄まじい弾速で着弾し、口元の触手を切り裂いた。オストガロアは堪らず仰け反り、水面に白骨の背甲を浮かべて動きを止めた。

「あの虹色に光る器官が弱点だ!」
「ウチらのときは、この隙に背中に乗り込んで爆弾で爆破したのニャ…!」

アリエルが指差し、ニャターンが唸る。

「爆弾…!?爆弾ならあるではないか!ボム太郎!」
「船倉ニャ!みんな、ボクの特殊爆弾をここへ!」
「任せろ!」

ハンター達は船室のドアを開けて中に傾れ込む!

「みんな協力してくれ!」「船倉の特殊爆弾を使うの!」「あれをか!」「了解したニャ!」

猫鋸が隊員達の足元を駆け抜けて船倉に先行すると、厳重に保管されていた巨大なタル爆弾の封印を解く。

「皆さん2列に並んで!爆弾を左右から支えて前の人に送りましょう!」

赤鋸が号令をかけると、船内の非戦闘員がずらりと通路に並び、爆弾の通り道を作った。

「「「ワッショイ!!」」」「「「ワッショイ!!」」」

爆弾は大玉送りめいて団員たちに支えられ、蠕動によって船外へと送り出される。

「届いたぞ!」
「して、どうする!?まさかおまえたちが抱えて翔ぶのか!?」

カンジキが狼狽えた。オストガロアは体勢を立て直しつつある。

「否!あれを使う!」

ガ性ガ強太郎が力強く指差した先には、勾玉草の植ったタル。その上では、緊迫した事態を解さぬ大翔蟲が、のんびりと躰を揺らしている。

「エイム・E、おまえの狙撃能力に賭けたぞ」
「任せな!」

水色ココットショートの女がアルブーロメイルの裾を結び直して応える。その胸元には、デカデカと縫い書かれた「狙 い が 良 い」の刺繍!

ヘビィチャンが指で大翔蟲の腹を撫でると、極太の鉄蟲糸がにるにると吹き出した。彼女は大爆弾に鉄蟲糸を巻きつけ、親指を立てる。

オストガロアは完全に起き上がると、再び瘴龍ブレスの発射姿勢を取った。今度は交差させた触手をうねらせ、顔をガードしている。発射寸前に解くつもりなのだ!

ガ性ガ強太郎とランマルスが左右から勾玉草タルを抱え上げ、オストガロアの方向に向ける。爆弾の後方、腕組みをして指示を出すのはエイム・Eだ!

「半歩右に並行移動!もう少し上に向けろ!オイ向けすぎだ!そこでいい!左に5度!」

ガ性ガ強太郎とランマルスがガニ股で右往左往する!

「撃ってくるぞ!」

ギルスタが指差す先、オストガロアは触手のガードを緩やかに解きはじめた。その口元は凄まじい量の龍属性エネルギーが溢れ、水面を赤黒く照らす。

その不浄の色を打ち消すかのように、水面が青白く輝いた。眩い電撃を身に纏い、海中から勢いよく飛び出したのは純白の海竜である!

「白亜ッ…!」

大総長が驚愕し、彼の名を呼んだ。白亜が触手に食らいつくと、触手は感電のショックであべこべな方向にのたうちまわった。顔のガードが解ける!

「撃て!」

エイム・Eが叫ぶ!ヘビィチャンが大翔蟲をリリースすると、爆弾は鉄蟲糸に引っ張られて射出!縦回転しながら綺麗な放物線を描き、オストガロアの口内に勢いよく突っ込んだ!

白い竜を注視していたオストガロアの目玉が、ぎょろりと船の方に向き直る。龍が最後に視たものは、甲板に屹立した女が、神々しく中指を突き立てる姿だった。

くぐもった爆発音が鳴り響いた。オストガロアの体内で生じた爆発は溜め込まれた龍属性エネルギーに誘爆!爆炎は大背甲を粉砕して空に立ち上り、辺りに肉や骨の雨を降らせる。遅れてやってきた衝撃が船体を揺らす。

「これも実績に追加して貰えンだよな!もちろん、全団員のさ!」

海に浮かぶ骨付きクズ肉と化したオストガロアを背に、女が満面の笑みで振り返った。

オストガロアの傍では白い竜が仰天してひっくり返っていたが、やがて意識を取り戻すと、深い海の底へと姿を消していった。

その後、彼の姿を見た者はいない。


××××××【禍群重弩衆】××××××


ハンターズギルド本部。大老殿に併設された石造りの建物の一室。でっぷりと肥えた男がひとり、大理石のデスクに腰掛け、こめかみに青筋を立てている。

男の手には一通の通達文書。差出人は彼の管轄区域、カムラの里のギルドマネージャー、ゴコクである。

ーーーカムラの里長フゲンは、モンスターの活性化に困窮する同盟国の実情を鑑み、防衛技術の無償提供を行うことを決定した。これに伴い、防衛兵器の設計図を全面的に開示することとしたので、御配意いただけるよう願い申し上げるーーー

「おのれ、ゴコク!ワシの撃龍槍をタダでバラ撒くとは…!だが、ワシの老獪さを甘く見るなよ」

男は注意深く辺りを見回すと、引き出しから透明な薬液の入った小瓶を取り出した。莫大なカネを支払い、とある密猟団から買い付けたものだ。

男は文書の「承認」のスタンプに薬液を振りかけた。するとどうしたことか、スタンプに使われたインクの色はみるみる褪せてゆく!薬液が乾くのを確認すると、男は「未承認」のスタンプを押し直して、書類ボックスへと放り込む。公文書偽造である!男は届いている他の書類にも目を通していく。

「古龍を3体も討伐したハンター達の降格処分棄却願…大嘘吐きめ。そんなことができるハンターがいるわけ無かろう!棄却!新型こやし玉の製品検査依頼…?バカめが、貴様のことなぞ忘れるものか!難癖をつけて牢屋にブチこんでやるわい!棄却!生死不明となっていた2人のハンターのライセンス再発行願い…理由は密猟団の逮捕と市民の保護に尽力していた為…?」
「貴様の贔屓の密猟団だ」

男はハッとして書類から顔を上げた。制服のギルドナイトが数人、いつの間にか部屋の中に入り込んでいた。真っ赤な制服に、派手な羽根飾りのついた帽子のナイトが威圧的に宣告する。

「公文書偽造の現行犯。それから、密猟団へ兵器の横流しを画策した件もすでに証拠が揃っている。大人しく、お縄についてもらおう!」
「ま、待て、誤解だ!」
「フフフ、諦めな。お前にお似合いの、とびきりの地獄に送ってやる」

マスクで目元を隠したナイトのひとりが首を傾げ、邪悪なギルドの高官をねめつけた。

「雷坊に弓塚、禍群重弩衆に加えて、ボム太郎まで帰って来おった!お咎めも一切ナシ!全く目出度いことこの上無いわい!」
「近く、ギルドから皆のマスターランク認定が降る予定でゲコ。災い転じて福と成すとはこのことでゲコね」

集会所の席に腰掛け、盃を手に頬を赤るフゲンとゴコク。禍群重弩衆がカムラの里に帰還してからしばらく経ったある日。ギルドの正式決定が告知されると、その日のうちに、狩人達の活躍を記念した祝賀会が開かれた。

雷坊と弓塚は事の発端となったことをあらためて重弩衆に謝罪したが、重弩衆は首を振り、2人の健闘を労った。「まあ、何かしてくれるッてんなら、今度『シー・タンジニャ』に連れてってくれよ」とはエイム・Eの弁。2人と4人と1匹は、互いの武勇伝で大いに盛り上がった。

「…そういえばね、あたし、ひとつだけ気になってる事があるの」
「おや、なんですかい?」
「行きの便にいた船長さん、帰りの便では姿を見なかったのよ」
「おお、言われてみればそうかもしれぬ!」
「オイオイちょっと待てよ!大総長…マジか?そういう事なのか!?」
「だとしたら、とんだ特殊性壁の持ち主だ。まあ、本当に双子だったのかもしれんがな」

ガ性ガ強太郎は盃を煽ると、テラス席から外を見やる。

真相は、リナノフさんだけが知っている。



地獄拠点デステラ【完】

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