有機化学の参考書はどれがいい?

こんにちは。有機化学の講義を多数やっている都合上、色々な教科書を所持しています。どの教科書もクセがあって一長一短で「これ」という教科書がない印象ですが、それぞれどんな特徴があるかを紹介したいと思います。
※私が持っている教科書のみ


基礎的な教科書

ベーシック有機化学[第2版]

大体の有機化学の知識を網羅的に記述している入門的立ち位置の教科書。章立てはオーソドックスに、原子の構造から入る形式。
・酸・塩基(pKa)や反応エネルギーなど、物理化学的な部分は大分省略されている。
・反応をオムニバス形式で紹介しているので、反応の暗記には向いている一方、なぜ、その反応が進行するのかは理解しづらい。
・分子軌道の説明に多くのページを割いているのが印象的
・余計なものを大分排除しているので、初学者が最初に有機化学を学ぶには良いかも。理系の有機化学を本当に学び始めたい人には物足りない印象。

有機化学ってこういうのを習うのか、と全体を見るのには適した教科書だけど、細かい部分に関しては他の教科書があった方が良い。
個人的には章立ては不満。

有機化学要論〜生命科学を理解するための基礎概念〜

有機化学の入門的教科書。A5サイズで大分コンパクトにまとまっている。
・章立てはオーソドックスな形だが、6章に「有機化学反応」として全ての反応が詰め込まれている。
・熱力学や酸・塩基の知識について章立てで詳しく書いてあり、有機化学反応機構を学ぶための基本的知識の習得には有用。
・反応の種類については、酸化・還元/付加・脱離・置換・転位に分けてカテゴリー別に分けてあり、理解しやすい。
・突然、芳香族化合物が出てくるなど、高校化学をある程度学んでいることが前提のようである。
・間違いが多い(出版社のページで正誤表が公開されている)

個人的には構成は好きだけど、間違った記述が多いので他の教科書と照らし合わせながら読むことをお勧めしたい。

基礎講座 有機化学

割と新しめの教科書(2023年現在)。上の2つに比べて分厚い。カラーが多用されており、デザインは高校までの教科書に近い。
・構成はスタンダードの官能基ごとに説明するパターン
・分子軌道と原子価結合論がmixして説明されているため、この部分の取り扱いに悩むかも
・官能基はアルケン→芳香族→ハロゲン化アルキルの順
・反応機構に関して最新の内容が盛り込まれているところがある
・ベンザインなど芳香族求核置換反応の取り扱いは小さい
・糖やアミノ酸の扱いが小さい
・割りと情報がぎゅうぎゅう詰めで記載されているので、パッと見では読み込みづらい印象がある。

問題が大学院の入試問題から引用されているものが多いのも特徴だ。問題を解けるかどうかだけで自分の実力を推し量ることができそう。

位置づけが難しい教科書でもある。単に俯瞰したいだけならもう少し薄いまとまった教科書が良いし、詳しく学びたいのであれば、分厚い参考書をオススメしたい。どちらかというとガンガン有機化学をやらないけど少し有機化学の知識をつけておきたい中級の理系の学生もしくは研究者に適した教科書でしょう。

マクマリー 有機化学概説

中級者向けの参考書である、マクマリー有機化学を短く編集したもの。前書きには「有機化学の半年間の短期コース向けに書かれたもの」との記載が。
サイズはA5サイズで600ページほど。2023年現在、第7版(2017年発行)が最新。
基本的には上位版の「マクマリー有機化学」から重要と思われるものをピックアップして、図も流用したものになっている。

・構成はマクマリー有機化学と異なっている。個人的にはこちらの章立ての方がよい。
・具体的には、キラリティー(立体配座)の章がに出てくる。先にアルケンと芳香族化合物の構造と反応が章として出てくる構成になっている。
・構成としては先に紹介した有機化学要論に似ている。完全に上位互換と思っても良いくらい。
・反応エネルギーに関する記述が各論に散見される。物理化学的な要素が大分排除されていて、これらの記述が苦手な人は読みやすいかも。
・ベーシックや基礎講座有機化学のようなA4版の参考書と違い、左右の空白欄に補足がない。ごちゃごちゃしていなくてすっきりした印象。
・文系の人が読むにはちょっとつらいかも。
・NMRなどの構造解析の章がある。

教える側の立場からすると有機化学要論が話の流れとしては教えやすい。ベーシックは基礎の部分がいろんなところに散らばっているので教えにくい。
基礎講座 有機化学は上の2つを補足するときに使う程度、マクマリーは初学者にしっかり教えるには良いと思いました。

中級者向けの教科書

いわゆる、大学で専門科目として有機化学の講義を受講するときに使用する教科書です。
有機化学の学部レベルの知識をほぼ網羅しているのが特徴で、初学者向けの教科書の足りないところ、細かな機構やよく使う反応の補足、分子軌道を用いる反応の追加などが記述されている。教科書によっては有機化学の最も難しいとされる、構造解析についても記述があるのが特徴だ。

マクマリー有機化学(上)(中)(下)

初学者向けで紹介したマクマリー有機化学概説の完全上位互換。2023年現在、第9版。
・A5サイズで持ち運びやすい。
・カラーを使ってわかりやすく書かれている。比較的読みやすい。
・上、中、下の三巻構成なので、購入費用はかさむかも?
・構成は分子の構造、結合 から、アルカン、アルケン、ハロアルカン、芳香族といったオーソドックスなもの。
・最後に分子軌道をフル活用するペリ環状反応があるのが印象的。
・章末問題はクソ。何を聞いているのかわからない、のが多い。別の問題集を使うことをおすすめする。

ボルハルトショアー 現代有機化学

この教科書を採用している大学が多い印象。表紙がキレイなので手に取りやすい。2023年現在、第6版が最新。

・章立てはオーソドックスな感じ。
・一つひとつの事象に対して図を示してわかりやすく示している。
・その分、他の参考書に書いてあることが載ってないことが多い。
・シグマトロピー転位など、分子軌道が濃く反映される反応があまり載っていない。シクロアルカンの1,3-diaxial相互作用にもあまり詳しくない。

教える側として、「なんでこれが載ってない?」と思うことが多かった印象がありました。

ジョーンズ有機化学(上)(下)

2023年現在、第5版。持っているのは第3版。今の版でもあるのかどうかわからないけれど、裏表紙に手書きでブルバレンが書いてあったのが印象的。図解用のDVDが添付されていた。

・章立てはオーソドックスな流れながらも、独特。
・平衡、遷移状態の芳香族性、隣接基関与、などの他にはない章があってこれら関連は詳しい。
・non-classical ionの記述が最も詳しい。他にはないのでは?
・その分、反応の記述は物足りない。
・事象の背景を結構詳しく書いてあったりするので、読むと楽しい。
・第3版時点では和訳にちょっと難あり(5版では解決されているかも?)

ジョーンズは構造有機関連の基礎知識を養うには良い気がした。シグマトロピー転位などのコアの解説が詳しく載っている。著者の専門分野も関連していると思われる。

上級者向けの参考書

ある程度学部レベルの基礎的な知識を持っている人がより詳しいところを補足するために読むテキスト。初学者には全くお勧めしないのが特徴。章立ても大分独特なので、有機化学をある程度わかっていないと読み進めにくい。

ウォーレン有機化学(上)(下)

著者が天然物合成の専門なので、天然物合成を反応例として取り上げている。なので、割と複雑な骨格がいきなり登場したりして初学者には分かりにくい印象。一方で、反応の選択性などの細かい解説や事象の掲載に優れ、他の参考書では分からなかった知識を補足できる。

・章立ては独特の一言。SN1、SN2などのカテゴリーではなく、「求核付加反応」など、反応の種類別に掲載されている。
・反応機構の記述に詳しい。反応の選択性について、なぜそうなるか?について詳しく解説されている。
・その分、余計な(とある分野以外の人には必要なさそうな)知識の記述も多い。情報の取捨選択が必要。

教える側として、教科書としては採用しづらい。補足的なところを教える、もしくは少しむずかしい問題を出すときの参考書としての使用が適切かな、と思っています。

これ以外にもいっぱい参考書はあります。ウォーレン以外、どれも基本的な有機化学の知識は学べますので是非手にとって自分にあった教科書を選ぶようにしてください。見た目の印象も重要です。

順次追加していきます。

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