見出し画像

小滝橋異聞その2

その日はビデオを数本借りてきた。
邦画洋画を取り混ぜたホラーを数本。
ほとんどは取るに足らないB級C級である。
ポテチをかじりながら観た一本に、ゴミ置場の黒いポリ袋の山から
死んだ女が這い出てくるというシーンがあった。
どこかで観たような演出だなあなどと思いつつ、ヒクヒク動くポリ袋の印象だけが残った。

最後の一本をデッキに入れる頃には、深夜1時を回っていたと思う。
壁の向こう、つまりお隣の部屋から何やらバタバタと音が聞こえ始めた。
こんな時間に珍しい、というか、老夫婦が住む元々静かなお隣だ。
それなりにしっかりした造りの建物だったので音自体漏れにくい。
それでも響くこの音は何事だろう。
バタバタとちょうど子供が走り回っているかのような「足音」。
お隣にお孫さんでも遊びに来てるのか?
この「足音」が住まいの端から端まで一直線に駆けているように、遠くなったり近くなったりする。
いや待てよ、と思った。
空っぽな部屋ならいざ知らず、普通生活してる空間ならテーブルとかソファーとか家具調度品が配置してある。
それら障害物を迂回することなく、「足音」は一直線に移動しているのだ。

この違和感に気づいて少し気味が悪くなってきた。
ひとりホラー映画祭をしていた事も相まって、緊張が高まる。
すると、また「足音」が近づいてきて

壁を突き抜け私の部屋に走り込んできた。

画像1

嘘だろ!?

わっと身を固くすると「足音」は私の頭上を駆け抜け、窓側の壁にぶつかりターンすると、またお隣との壁を抜けて遠ざかって行った。

ここでアッと気づいた。

ここは最上階、つまり上は屋上だ。
屋上を何者かが走り回っていて、その振動が階下に伝わっているんだ。
だから「足音」は何に遮られることなく建物の端から端へ移動できてるんだ。

しかし一体何者が?
ちょっと怖いが確認せざるを得ない。
好奇心もあった。
部屋の外へ出てみると、お隣さんと他の部屋の人も顔を出している。
「何でしょうねこの音・・・」
やはり音を聞いて怪しんでいたようだ。
「屋上ですよね、調べましょう」
隊列を組んで暗い狭い階段を上っていく。
なぜだか私が先頭だ。
かつて後輩たちと行ったお化け屋敷を思い出す。
あの時も先頭にされた。
だがお化けの攻撃を食らったのは二番手の奴だったっけ。

屋上へのドアはいつも施錠されていない。
恐る恐るドアを開いていく。
夜の屋上は暗く、星明かりぐらいしか頼りがない。
音は止んでいる。
ドアの取っ手を掴んだまま用心しいしい屋上を見渡す。
暗闇に目を慣らすように睨みつけていると、屋上の向こう端に何か物体があるのが見えてきた。

黒いポリ袋がふたつ

そう見えた。

さっきホラービデオに出てきたポリ袋!
いやまさかまさかあり得ない!と瞬間パニクっていると

そのポリ袋がグネグネと動き出した。

独歩8

人だった。

黒いジャージを着た人がうずくまっていただけだった。
「異聞その1」で書いた、一階に越してきた二人組の女の子。

「君ら何してんの?」
「・・・運動・・・」
「いやここ運動場じゃないし、深夜だし」
「・・・すみません」

走り回る音の正体がしょんぼりと降りていく。
「大家さんに報告しますよっ」
それまで私の背後で息を潜めていたお隣さんが急に勢いづく。
まあまあ、と宥めながらそれぞれの部屋に戻った。

-後日

一階の彼女らの部屋のドア両脇に、盛り塩をしているのを見かけた。
部屋のスモークガラスにぼんやりと、立て掛けた十字架が見える。
インテリア的なものであろうか。
それとも何かあるのだろうか。

いつの間にかその部屋はまた、空室になっていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?