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真空パックのような文章を書きたい


文章を書くということがいいなと思う。これは常日頃なんとなく思っていることなのだけれど、明確に思ったことが3回くらいある。

まずひとつ目は『プレバト!!』という番組で夏井いつき先生の俳句の添削を見たとき。もう数年も前になるけれど、あれは島根での仕事を辞めて実家にいたときのことだったと思う。たしか食い繋ぐために派遣でアルバイトをしていたとき。実家は千葉なこともあって、某大手アパレル通販サイトの倉庫で働いていた。朝から働いて、夕方に帰ってくる。定年を過ぎた父親がまだ明るいうちからお決まりの麦だか芋だかのパックの焼酎を飲み、相撲を観ている。相撲は面白い。毎日観ていると、あの淡々とした感じがじわじわと癖になってくる。勝負は一瞬なのだけれど、それまでのインターバルが長い。そのだらだら加減が仕事終わりの食前酒に染み渡ってくる。

その延長線上に『プレバト!!』は始まる。いまさら番組の説明はしないけれども、俳句というものは面白いなと思う。少ない言葉数で目の前の情景をどう表現するか。匠の技だなと思う。『た』を『けり』に変えるだけで、『る』を『て』に変えるだけで、ころころと句の表情は変化する。夏井いつき先生の軽やかな添削を見て、私は俳句っていいなと思った。ついつい夏井いつき先生の入門書と歳時記を買ってしまった。



ふたつ目。ふたつ目は塩谷舞さんのエッセイを読んだとき。noteでも書いているので知っている人も多いと思うのだけれど、書籍が出たときには久しぶりに前のめりに書店に足を運んだことを覚えている。確かあれは新宿のブックファースト。塩谷舞さんの文章は自分にはないものを持っている。女性ならでは...と言ってしまうとジェンダー的にあれなのかもしれないけれど、あの感覚はなかなか男性的ではないと思う(もちろん男性でも同じような感覚を持っている人はいるだろうし、その逆も然り)。塩谷さんの文章を読んでいると、感情がパッケージングされているような感覚になる。あのときあの瞬間のあの感情がそのまま真空パックにされて、鮮度が保たれたまま配送されてきたようなそんな感覚。その読み感はまるで小説のようであって、でもそれは現実で、ドキュメンタリー映画を観ているようで、でもそれは文章で。なんとも不思議な感覚で読んでいる私の心に容赦なく生々しい感情を突きつけてくるヒリヒリさがあるのだ。


三つ目は永井玲衣さんの『水中の哲学者たち』を読んだとき。永井さんは哲学者であるけれども、文章の感じは塩谷舞さんのそれと似た雰囲気を持っていて、とても文学的に感じた。そこに哲学者ならではの思考の葛藤が含まれていて、なかなかこれは天才だなと思った。塩谷舞さんはどちらかというと社会学者や社会活動家のような立ち位置に見えるのに比べて、永井玲衣さんは哲学者であり、答えのない問いとその問いと自身との関係性や距離感を描いているような感じがする。社会に疑問を投げかけるのが塩谷さんで、自身に疑問を投げかけるのが永井さん。そんな感じもする。どちらの文章を読んだときにも、いまこの瞬間を切り取るための文章を書けることに羨ましく思った。真空パックの技術を自分も身に付けたいなと思った。


そんなこんなを思いながら、あっというまに数年が経った。やりたいと思いつつ、やれないんだよ...という言い訳がましい自分にはお構いなしに、時間は容赦なく刻々と過ぎ去っていく。それを別に悪いことだとは思っていないのだけれど、そのあいだもずっと私は真空パックの文章を書きたいと思っている。いまこの瞬間に起こったこと、感じたこと、考えたことを上手にパッケージングしたいなと思っている。


以前、お世話になっているブルーベリー農家さんの直売所で『収穫祭』なるアートマルシェ的なものを開催した。そこには各々が好きなように持ち寄った表現やアートが集まっていた。とくに特別なルールも決まっていないそのゆるい空間で、いくつかの展示作品があった。詩を展示する人、絵を展示する人、文通を作品として展示する人。展示っていいなって思った。そして、手を動かすっていいなって思った。展示をしているだけで、その空間に自分が馴染めるようになる。展示の一部に自分もなれる。そんな感じがした。

さて、自分はなにを展示できるのだろうかと考えてみる。自分は歌ったり踊ったりをしていて、無形の作品をつくっている。なので、それはそれでいいと思っている。でも、それとは別に物質もいいなと思っている。展示もいいなと思っている。もし展示をするならば、文章がいいなと思った。むしろ、それくらいしかできることがないのだけれど、文章を書いて並べるのはいいなと思った。エッセイ集をつくるのもいいし、文章を印刷したものを並べてインスタレーションのようにするのもいい。写真と一緒に展示するのもいい。よし、ここから1年間書き続けてみようか。目標を立てることはあんまり好きではないけれど、一つ一つ書いていったものが貯まっていくのも楽しいだろう。

そんなこんなで文章を書いてみたいなぁと思う。私は文章を書こうと思う。




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