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水耕栽培の陥穽

水耕栽培はオシャレだから、インテリアついでに育ててみたい。そんな感じで水耕栽培に手を出す人がほとんどだと思います。
しかし現実には水耕栽培で痛い目を見て挫折することがほとんど。
性質上、ネット上に出る情報というものは情報発信する側の承認欲求による生存バイアスが強く働きます。そのため「失敗した」とか「こうやると失敗した」というような情報はあまり表にでてきません。
水耕栽培がなぜ失敗するのか解説しようと思います。

水耕栽培を失敗するとき、おそらく最も多い失敗は植物が腐ってしまうことでしょう。
根っこから黒くなり、そこからすぐに地上部が萎びていき、黒く腐っていくのです。

水耕栽培をする際になぜ失敗してしまうのか。
まず水耕栽培をする際の勘違いとして、植物は水を好むわけではないという点があります。
一般的な認識からは外れた話かと思いますが、植物というものは水分ストレスという言葉があるくらいには水分の増減には敏感です。
例えば雨が降ったとき、植物はホルモン応答を行い「植物にとって好ましくない」ときのストレス反応を見せることが知られています。
義務教育の教科書には載っていない事実として、植物は葉だけでなく、根からも呼吸を行っており、これは種によって程度が異なるものではありますが、植物を育てるうえでは非常に重要な要素となってきます。イチョウなどは「乳」と呼ばれる特徴的な巨大な気根を生成し、空気中から酸素を取り込む習性があります。
近頃話題のアガベ類なども、根の酸素要求量が多く、根から酸素が取り込めない状況になれば根の成長が阻害され、結果として植物体全体の成長が遅くなります。地上部の大きさは根の大きさや根の成長速度に律速される説が有力ですが、現実問題としてこれを前提とした方が得られる成果が大きく、またこれに対処できずに水耕栽培に失敗する以上、ほぼ事実と考えて対処にあたる方がよいでしょう。

水耕栽培をするにあたり、容器に張った水に対して植物体を直接入れて日の当たる場所に置いておくといった行動を初心者はとりがちです。しかし溜まった水では、すぐに水中に存在する酸素をすぐに消費しきり、酸欠状態に陥って死んでしまいます。
そのため水耕栽培を行おうとした際には酸素を供給する機構を作成するか、根の酸素要求量がそれほど高くない種を選定する必要があります。一般に水耕栽培といったとき、実際に行われているのは後者であるわけですが、それでも水中に存在している酸素量の問題は切って離せない問題となっています。

水中に存在する酸素量が低くなった際、植物体本体とは別に水中にも悪影響が出ます。
水中に存在する酸素量のことを専門用語では溶存酸素量(Dissolved Oxygen:DO)といい、この数値は低くなると「水が汚れている」と判断される指標です。溶存酸素量は平たくいえば水中に存在している好気性菌(酸素を必要とする菌の分類)が生存・活動を行えるかを判断する指標となり、これが低下することは水中に存在している有機物の存在量が多いことを示すことにもなります。
水中に存在している有機物の存在量が多く、酸素量が少ないことはつまり、偏性嫌気性菌(酸素が存在すると死滅する菌)の繁殖を招きます。水中において偏性嫌気性菌が繁殖することは一般的には腐敗と呼ばれ、他の生物種にとっては好ましからざる変化となります。
場合によっては硫化水素などの悪臭の原因となる成分が生成されることもあり、硫化水素は水に溶ければ硫酸となり植物が生きるのに適さない酸度となるほか、そのままでも生き物の細胞を破壊する毒となります。
また溶存酸素量は温度にも影響され、温度が高いほど溶存酸素量は低下します。身近な例としては炭酸水を冷やしたときと常温で置いたとき、温めたときとではシュワシュワ感が違います。もっと極端な話をするならば、炭酸水を沸騰させると炭酸がすべて抜けてしまうのです。温度により気体の溶解度が異なることは高校物理で習う内容ですので、応用はともかく知識としては大多数の人が持っているものかと思います。
水中に生きる植物たちは常に根に酸素を供給する機構を持っているか、そもそも根が植物体の固定程度にしか用いられていない場合がほとんどです。
結論、湿度が高く温度が高い環境では植物の根の生存や成長は抑制されます。これは水中に限らず、湿度が極端に高くなった土の中でも起きることで、植物を枯らしがちな人は水のやりすぎで枯らした際、これが起きていることになります。

水耕栽培を行うにあたり、阻害要因として根圏の形成を行えないこともあります。
根圏については義務教育範囲外のため説明が必要かと思います。
根圏とは植物体が土の中で相互作用を起こせる範囲のことです。もっと平易に言い換えれば、土に含まれる栄養分を吸収できる距離ことでもあります。
さてそんな根圏の形成が水耕栽培ではできないとはどういったことか、直感的にピンと来ることはないでしょう。
水耕栽培においてのメリットであり、重要視されることの一つとして「無菌かつ無虫であり、感染症を保有していないため安全性を担保する」というものがあります。
水耕栽培において溶液として与えられる水には、人体には無害な閾値まで低くした殺菌剤が含まれていたり、そもそも無菌の水が用いられていたりします。
その清潔な水が水耕栽培下の植物にとって、良い影響を与えません。
先ほどの話に出てきた根圏。これは植物体の根周辺に存在する菌類によって相互作用を起こせる距離が延長します。一説には初期状態で数mmの距離であった相互作用距離が、数十cmまで延長・拡張されることを示されています。
これはどういったことかというと、植物と菌類による共生関係が引き起こす現象となっています。我々から見れば植物とは一個の生命体ですが、ミクロの視点から見た際には巨大な邑となります。
植物は光合成により得たエネルギーの少なくない量を根へ、さらに根の外へ放出しています。
もっともポピュラーなものとして根酸の形での放出があります。根酸とはなんなのかとなりますと複合的なもののため説明を省きますが、この場合においては根周辺に存在する菌類を家畜化し、自分にとって住みやすい環境を作るためのアプローチです。
根酸は菌類にとって自然界では得難いカロリーであり、菌類はこれを分解することで増殖します。菌によってはその長大な体躯を利用することで遠方の栄養を植物に輸送し、植物はその恩恵により根の影響範囲や菌類に与える「餌」の量を増やします。
他にもマメ科植物は根に偏性嫌気性である根粒菌類を寄生させ、根から酸素を吸収して嫌気性環境を作り、そのうえで栄養を与えて家畜化することで体内で肥料を作り出します。その度合いはまさに家畜化といっていいほどで、根粒菌は体の形を変えて移動能力を喪失してまで、マメ科植物にとって都合がよい姿であろうとします。
栽培が難しいことで有名な高麗人参などは、薄暗い光で得たさらにその大半のエネルギーを根へと集中させており、土壌の菌バランスが崩れた場合には諸共死んでしまう性質を持っています。
植物はそれぞれ種類ごとに好む菌の傾向があり、さらにバランスも異なります。これにより自分たちにとって都合のいい群落を生成することもありますし、過剰になってバランスが崩れて近くに同族が居られなくなることもあります。
菌類は植物にとって歯であり、口でもあります。遠くの栄養に手を伸ばせる他に、栄養を植物にとって消化吸収しやすい形に加工してくれる機能を持っています。そのため菌類が存在しない環境下では植物は外部の栄養を消化吸収できず、小さくなる傾向があります。

水耕栽培とはつまり、無菌であることで植物が本来必要である栄養を吸収できない状況を作り出しています。これにより水耕栽培下の植物は小さくなり、根菜類などは水耕栽培に選定されないか、もしくは栽培されてもごく小さな稔りしか齎しません。

植物にはアレロパシーという性質もあります。
アレロパシーとは他の植物の発育や発芽を阻害し、場合によっては他の植物の死滅を引き起こす性質のことです。桜は葉からクマリンを生成して他の植物の発芽抑制を行ったり死滅させたりしますし、セイタカアワダチソウなどは自らが耐えられないほどの濃度の「毒」を生成して他の植物の生存圏を侵します。ワサビは根から放出されるその強力な毒により、常に新鮮な水が流れている場所でなければ自らが死んでしまいます。
植物とは太陽を浴びて水を吸って生きる聖人や仙人のような生態であると勘違いしている方がほとんどだと思いますが、実態は血生臭い殺し合いやシマの取り合いが水面下(地面下)で行われているのです。

水耕栽培はそもそも植物にとって必要な栄養を供給出来ていない問題もあります。植物も太陽光や水やパンのみに生きているわけでなく、人間と同じように、植物体を作り出すために必須栄養素が存在しています。
「窒素、リン、カリウム」に続き、「カルシウム、酸素、水素、炭素、マグネシウム、硫黄」が植物体を構成するのに必要です。
他には「微量要素」と呼ばれる、植物体内には少量ではあるもののやはり必須の栄養素となっている「モリブデン、銅、亜鉛、マンガン、鉄、ホウ素、塩素」があります。学術的には植物の必須栄養素に記載されていないものの、ケイ素は植物体の支持に用いられることもあります。
さらに微量で存在していないも同然の含有量ではありますが、石見銀山や毒入りスープで有名なヒ素などはごくごく微量ながら体内で生存に必須の働きを行っているのではないかとされることもあります。

土という代物は、これら微量要素の塊で構成されています。風化し、ゆっくりと溶け出すことで継続して植物は微量要素を摂取することができます。もちろん、水耕栽培を行う際には微量要素が供給される見込みなどありませんから、人工的に添加する必要があります。

これら微量要素を含めた養液は素人が作成することはまず不可能でしたし、いまだに植物は太陽光と水のみで生きていけると考えている人はいます。そのため水耕栽培と称し、ただ植物を水に漬けただけ機構を作り上げ、植物の栄養欠乏を招き、餓死させてしまうことが後を絶ちません。
しかし現在は微量要素を含んだ養液の素が販売されているため、比較的容易に養液の調製が可能となっています。

育てているうちに土や支持体表面に白い粉や結晶状のものが生成されることがあります。これは植物が吸収しきれなかった養分やミネラル分であり、そのまま放置していると、過剰なミネラル分の濃度上昇により根から水分が吸収できなくなり、植物は枯れます。
よく、やかんで水道水を沸かしたり、ポットでお湯を沸かしたり、夏に冷凍庫で保存していた氷を翌夏に見てみると、白い粉状のものが残ります。これが水道水に含まれるミネラルです。
これは水道水を植物栽培に使用するうえで避けられない現象であり、雨水や精製水を使用しない限りは必ず発生します。
そのため水耕栽培はその仕組み上、長期栽培に向いておらず、支持体に余分なミネラル分を吸着する有機繊維を用いたとしても、栽培は2年が限度です。それ以上はミネラルが析出し、枯れる可能性が高まってきます。ミネラルが過剰な状態に強い(≒塩害に強い)植物や1年しか栽培しない葉物野菜などならば問題ありませんが、それ以外ならば素直に水耕栽培以外を選んだ方がよいでしょう。
よく「ミネラルで植物が元気になる」と宣伝して水を販売している会社もありますが、それはその植物が欲しい量までで、それ以上を超えるならば害になります。

水耕栽培において、養液は緩衝能をあまり持っていないことが挙げられます。
緩衝能とは例えば塩酸を水に加えた際、本来ならばPHが中性である7から1まで変化するはずが、6までしか変化しない能力のことで、これを持つ液体は緩衝液と呼ばれます。
強塩基性のものと弱酸性の液体を中和させた塩基性塩と、弱塩基性のものと強酸性のものを中和させた酸性塩が同時に液体中に存在している場合、これは緩衝液となります。
最も身近な緩衝液は人体の血液で、血液のPHは常に7.40で一定であり、体内では±0.05という厳密さで調整されています。
土も同じように緩衝能を持っており、酸性の液体を受ければ塩基が中和し、塩基性の液体を受ければ酸が中和する能力を持っています。
水耕栽培においては養液に不純物は好まれず、緩衝能が低いことで植物が水中の環境の変化に著しく弱い状態となっています。そのため外部から遮断された環境で行われることが多く、初心者が一般的に水耕栽培を行おうとする環境においては、必要な環境を満たせないことが多いです。
本記事は義務教育修了時点で理解できることを目指していますので、このあたりはあまり詳しくは書きません。
詳しくとなると義務教育修了水準から一足飛びに大学教育並みの知識水準を必要としますが、Henderson-. Hasselbalchの式でこれら緩衝液のPHを計算することが可能ですので、ご興味があればぜひお調べいただきたいと思います。

初心者がやりがちなこととして、支持体が存在しないこともあります。
水耕栽培なんだから水だけを使うのが水耕栽培だろう、という勘違いがよくあり、実際には水耕栽培は植物を支えるための支持体が必要であり、通常それは土が担うことになります。水耕栽培を行ってみたい初心者には受け入れがたい事実かもしれませんが、水耕栽培は土を使わないものの土に似たものを使う必要があります。
例えばそれは野菜工場ではスポンジだったり、ガラス繊維でできたロックウールだったりします。
ただ水の中に植物を置いたとして、接触刺激がなければ発根しない植物もありますから、やはりこちらも植物を枯らす原因になることがあります。

以上これらの問題が水耕栽培を失敗に導きます。

まとめ

  1. 植物は水が好きではない

  2. 根の酸欠に注意

  3. 水の継続的な消毒や入れ替えが必要

  4. 土を使わないから微量要素が不足しがち

  5. 継続した水耕栽培はミネラル過剰で破綻する

最後にインテリア性と水耕栽培を両立する例を掲載しておきます。

タワー型水耕栽培の例

こちらは根に養液を滴下ないし噴霧することで空気の通気性を担保し、タワー状にまとめることでインテリア性を出しています。

エアーレーションを用いた水耕栽培の例

こちらはやりようによってはインテリアとすることも可能です。養液を曝気することで酸素供給を行っています。酸素供給の有無がどれだけ植物の生育に影響があるかを明確に判断することができる例となります。

水耕栽培に用いられる支持体の紹介

粘土を焼いて固めたハイドロボールと呼ばれる人口土。
小さな鉢でインテリアとして水耕栽培をしたい場合に使われますが、欠点も多く特性を理解してから使用しなければ痛い目を見ることもあります。

それではこのあたりでさようなら。

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