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羽をもがれた妖精は復讐を謡う:過去編

 森の中を私は駆けていた。背後から猛スピードで追いかけてくる存在に、私は恐怖する。追い立てられ、恐怖心を煽られる。
「!!」
森を抜けると、平原に出た。やった、もう少しでゴールだ、と安堵する。
それがいけなかった。
「最後まで、気を抜くなと教えた筈だが」
背後から聞こえたその声に、恐る恐る振り返ってしまった私は悲鳴をあげた。そしてゴッッと痛々しい音がした瞬間、私は頭を押さえて悶絶する。涙目になって、自分を殴った凶悪人物を上目遣いで睨んだ。何も殴らなくても……。
「痛みを伴うからこそ、人は本気で取り組むんだよ」
うわ、ひどい。これって虐待とか、体罰って言うんじゃないの?そう思った瞬間、私はハッと気付き、急いで距離を取る。しかしーーー
「遅いーーー動きも、判断も」
そう言って、私の横腹に蹴りを入れる。軽い私は、簡単に遠くに吹っ飛んだ。
「うっ」
地面にぶつかる前に、急所(あたま)を守る。背中を丸め、受け身を取った。
「いった……」
歯を食いしばり、痛みに耐える。擦り傷だらけの腕で起き上がると
「そんなんじゃ、生き残れないぞ」
結構飛ばされた筈なのに、息ひとつ乱さずに来た。さっきまで全力疾走していた筈なのに、汗一つかかず、涼しげな顔をしている。
凶悪人物は仁王立ちして、私を見下ろした。私は諦めて降参する。
「私の負けですーーー師匠(せんせい)」
ナギがアルカナに来て三年目の年ーーー11歳の時の事である。


 私はとても不本意ながら、師匠に脇に担がれてアルカナに戻った。擦り傷、打身、打撲で、全身ズタボロだ。歩く力もない。
「相変わらず、お前は体力がないな」
それは誰と比較している?少なくとも、同学年の奴らの中では私はまだマシな方だ。と、口を開く気力もなく、そう思った。
師匠は「落とすぞ、ナギ」とギロリとこちらを睨む。あ、今能力使ったな?
「能力なんて使わなくても、お前の考えている事なんて簡単に分かるんだからな」
本当かよ?師匠はサイコメトラーだ。故に触れた者の思った事や、物に残った思念が読み取れる。
一応、能力のオン・オフは出来るとの事だが、実は意味がなかったりする。何故なら
「大抵の奴らの考えている事なんて、少し考えれば分かる」
と、本人曰く
「サイコメトリなんて、私の頭脳を以ってすれば、持っていても持っていなくても大差ない」
らしい。そんな訳で、私ごときの思考など赤子の手を捻るが如く簡単に分かるのだろう。
私だって、知能は高い方なのだが……。
これはアレだ、きっとーーー
「亀の甲より年の功、だなんて思うなよ」
私が思うより先に、師匠に言われてしまった。私はバツの悪そうな顔をする。が、アレ?師匠、何処に向かってる?
私の動揺が伝わったのか、師匠は底意地の悪い笑みを浮かべた。
「あぁ、大浴場だよ」
そして私は、渾身の力を振り絞り逃げようとするが「あ、まだ動ける?」とキラリと師匠の瞳が光ったので、潔く脱走するのを諦めた。
そして案の定ーーーまだ誰も入っていないーーー浴槽に嬉々として投げ飛ばされたのだった。
 風呂から出てきた私は、肩までの髪をドライヤーで乾かす。その横で、師匠はテキパキとスキンケアをしていた。
「私がやってやるよ」
いや、結構です。と答える前に、ドライヤーを奪い取られた。後ろから乱暴にガシガシと髪を扱う師匠の顔には、コットンパックがされている。おそらくその待ち時間として、私にちょっかいを出したのだろう。熱風で8割程乾くと、次は冷風に切り替えた。私はギュッと目を閉じる。そんな私に
「…ナギ、身を委ねると言うことを知った方がいい」
と師匠は言うが、少なくともその相手は師匠ではないのは確かである。


 風呂から出て廊下を歩いていると、向かいから見知った人物たちがやっていた。相手も私達に気がつくと、笑顔で声をかけてくる。
「相変わらず、師弟仲が良いね」
「まぁな、私は優秀だから」
この節穴が、と私は相手ーーー風見の教育係である常盤(ときわ)を下から睨んだ。その様子に風見が気付き、苦笑する。
師匠は「私の言葉が間違っているか?」と意地の悪そうな顔をしてきた。私は首を横に振る。
ーーー貴女が言った"私は優秀"と言う言葉は、間違ってはいないよ。
口には出さないが、師匠には伝わったのか満足そうな笑みを浮かべた。しかし常盤は眉を八の字にして「相変わらずだなぁ」と声を出した。
「ナギは相変わらず無口だね」
「内心では饒舌だぞ。それに誰に似たのか知らないが、なかなか口も悪い」
それは君の影響だな、と常盤は溜息を吐く。声には出さなかったが、流石にそれは師匠じゃなくとも、私や風見でも読み取れた。
師匠は「違う、おそらくフルメンのせいだ」と笑いながら反論すると、
「そうだ、総帥が君たちを探していたよ」
常盤は思い出した様に言った。師匠は「うわっ」と顔を顰める。
嫌々そうな声で愚痴を吐いた。
「どうせ厄介事を押し付ける気だ。今は教育に専念したいって言ったのに」
「その厄介事を学ばせるのも、教育の一つって思ってるんじゃないかな」
そう言って、常盤は私をチラッと見た。しかしすぐに視線を師匠に戻す。
その行為の意味を、私は知っている。
ーーー何故、総帥はナギ(この子)を特別扱いするのか?
将来の幹部候補として、すでに何人か英才教育を施している。ナギもその内の一人、と言うのは理解出来るが、ナギについてはあまりに実践的な事が多いのだ。
すでに四大元素を扱えると判明しているーーー全能者である風見でさえ、教育係の自分が任務に行く時は「まだ危険だから」と連れて行かない。
しかしナギはまだアルカナに来てから三年しか経っていない、と言うより二年前からすでに任務に同行しているのだ。
更に付け加えるならば、それは全て総帥の指示である。
「じゃ、行ってくるよ」
と、特に気にする事なく二人は常盤達を別れたのだった。


 私は開けた車窓から、顔を覗かせて景色を眺めた。そんなにスピードが出ていないからか、入ってくる風はそこまで強くない。
今、私は師匠と疾風の国にいた。
「ナギ、これから行く所の予習だ」
そう言った師匠に振り返り、私は座り直す。向かいに座る師匠は、肘掛に頬杖をついて欠伸をした。どうやら昨日、遅くまで仕事をしていたらしい。
「まず、私たちがどこに向かっているのか分かっているか?」
「疾風の国の荒天です」
「なら、その荒天の特徴は?」
「果物の産地…だった筈です」
「曖昧だから不適切。もう少し詳しく答えろ」
と師匠にダメ出しされる。私は「うっ」と詰まった。地理は苦手なのである。
師匠は時間切れ、と言って、私の額にデコピンした。
「正解は葡萄だ。更に言うと、ワインが有名」
そう答えつつ、欠伸をした。一体、何時まで起きていたのだろう……。
私の疑問に答える気もなく、師匠は欠伸を噛み殺した。
「そして私達はこれから、荒天の大地主に会いに行く」
荒天の大地主は、ワイン産業で成功した事業家だ。降水量が少ない荒れた土地だった荒天に、葡萄棚を作って町興しに尽力した人である。かつては人望も厚く、周囲に慕われていたのだが、それは初代の話。今はーーー
「今の当主はかなり狂っているらしい」
親が立派過ぎての重圧による発狂か。
師匠は今度は欠伸ではなく、溜息をついた。
「まぁ、代を追う毎に愚かになっていく話は、よくあるしな」
付け加えるように「そんな奴に話を聞かなきゃいけないなんて」と呟いた。
私達がなぜ荒天に来ているかと言うと、疾風の国から「出生率の低下、小児の先天性知的障害、また成人で感覚消失を訴える者や通風の発症率が年々増加している」と言われ、調査を依頼された為である。
そしてーーーかつては名君になるだろうと言われていた現当主が変わってしまった原因も突き止めてこいと言われたのだ。
おそらくその二つは繋がっている。原因または解決の糸口を探るべく、地主の屋敷に向かっていた。


屋敷に着くと、当主は聞く耳を持たずに私達を追い払った。師匠は「まぁ、そう上手くいかないか」と首を竦める。
「一番はこっそり当主の頭を覗ければ、簡単なんだけど」
それは倫理的にどうなのでしょうか…と、思うが口には出さない。師匠は「うーん」と少し悩むと、
「取り敢えず、名産品でも飲むか」
と開き直ったのだった。

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