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住宅展示場巡り

週末に郊外の大通りで車を走らせていると、時々ノボリが乱立した住宅展示場を見かけることがある。車の窓からその様子を見ていて、いつも思い出すことがある。

北九州市に終の棲家を構えることを決めてすぐ、モデルハウス巡りというのが我が家の週末の恒例行事となっていた。昔から父が設計する家に住むことが私たち家族の夢であったが、なかなか現実は厳しく、建売でも十分満足できるものもあることを知ってからは、所を変え、メーカーを変え、多くの住宅展示場に足を運び続けた時期があった。

その日は、北九州市からはだいぶ離れた星野村というなんとも可愛らしい地名にある住宅展示場に足を運んだ。また例のごとく記憶は大変曖昧なのだが、ひどく山あいにあったように思う。当時はカントリー調の家が欲しかった我が家には心ときめくログハウス風の家が多く展示されていたのではないだろうか。

ひとしきり見て回り、さあ、この家をみて最後にしようかと、「見学自由」の黄色いノボリが立っていた1軒に踏み入った。外観に派手さや特徴はこれといってなく、色味もグレーを基調としたシンプルな佇まいの家だったと記憶している。「なんか新築の割には地味なデザインだね」と母が辛口を口走りながら玄関のアプローチを歩いていく。

 違和感はすでに玄関から始まっていた。これまで見学してきたモデルハウスの玄関には、必ずスリッパがずらっと並んでいたのだが、ここは一つも出ていない。出し忘れかな?と思い、左側に置いてあるスリッパラックにちょうど私たち家族分のスリッパがあったので、そこから取り出して履くことにした。右側の壁は一面シューズボックスになっていた。母も「靴箱広いのはいいねえ」と言いながら、おもむろにシューズボックスの引き戸を開けた。

「…くさ」

たちまちにして、靴箱特有の靴の臭いが玄関中に漂いはじめる。これまで静かだった父が、「なんか…小汚いな。」と短く呟いた。

見ると、大人と子どもの靴が隙間なく並んで入れられている。小さな青色系のスニーカーが多めに入っていた。そこで私はとっさに「ああ!ここは小さい男の子がたくさんいる家族の設定になっているのか」と推察した。確かに、これまでも、核家族世代用、二世帯住宅など、家族の形態に合わせた設定でインテリアされているのは見てきていた。となると、ここはきっと、やんちゃ盛りの男の子がいる家族の体でインテリアコーディネートされているのか。「なんか小物はリアルだね」。

信じられないことに私達家族4人が誰一人としてそれを疑わなかったのである。

私はまだ小学生だったこともあり、モデルハウスの見学で一番楽しみにしているのは、やはり自分の部屋になるであろう子供部屋がどんな雰囲気なのかをみること。たいてい子供部屋は2階である。わたしは玄関から入ってすぐに2階へと駆け上がった。
西向きの窓で部屋は明るく天井がたかい。誰もが一度は憧れるロフトもあり、はしごを登ると青色を基調とした寝具が敷いてあった。勉強机の横には黒いランドセル。サッカーボールの柄をした大きなクッションの上には、開封して間もないであろうプレステが鎮座していた。・・・あまりにもリアルに男の子の部屋として設定されていると、逆に自分が住んだときの想像がしにくいものだな、と子どもながらに思った。

そして、事件はついに暴露した。

下に降りてリビングを見に行こうとしたら、母が血相を変えて私を手招きしていた。「ちょっと・・!ちょっと早く!」声なき声で訴える。慌てて階段を降りると、少しだけ空いたリビングのドアの隙間から、食卓テーブルがみえた。
そこには30代とおぼしき夫婦と小学生と幼稚園くらいの男の子が食事をしていた。心なしコーヒーの匂いがふわっと香ってきた。

え。住んでる人、いる。

ご飯、たべている。出よう。そうだ、今すぐに。

スリッパを元あったラックに戻し、音を立てないように、静かに靴をはき、玄関を開け、その”住宅”をあとにした。

大変なことが起きていた。
一家総出で不法侵入罪を犯してしまったのだ。

私たちは、夢と希望を膨らませて巡っていた住宅展示場を、罪人の面持ちと足取りで口数も少なく”現場”を立ち去ったのであった。
おそらく住宅展示会場の中で、購入された家だったのだろう。庭の芝生もまだ若かったし、子供部屋などは新築の匂いがしていた。私たちの見間違いでノボリが立っていたのは隣の家だったのか。しかし、他人が4人も家に入ってきて、本当に気づかなかったのだろうか。もしかしたら、実際に住んでいる家の公開というバージョンもあったのだろうか。いまだに解決しない、我が家最大のミステリー事件である。
#エッセイ #懐古厨

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