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ショートショート『一目惚れ』

このショートショートは私と新行内紀子さんとのコラボ企画「プリン屋さんとフランスかぶれ」用に書いた作品です。今回は1月にちなんで、「1」という共通テーマで書きました。


今年、ヒロシの初夢にすばらしく美しい女神が現れた。女神はボッティチェリの絵のように、波打つロングヘアで肝心な部分を隠しながらヒロシに語りかけてきた。

「ヒロシよ。あなたはきょう3番目に会った女性に一目惚れします。その女性と恋に落ち一生をともにするでしょう・・・」

意味深な笑みを浮かべた女神はうっとりするような甘い声でヒロシにそうささやいた。

「え? 3番目に会った女の人と、ですか?」

「3番目に会った女性と、です」

「そ、それは本当ですか」

「本当です」

そこでヒロシは目が覚めた。はっきりと女神の甘い声音をおぼえているくらい夢はリアルだった。ヒロシは1年前に付き合っていた彼女に振られてから独り身で、彼女が欲しいと切望していた。そして次に付き合う彼女とは結婚したいと思っていた。ヒロシは結婚願望が強いのである。

夢の中で女神が言ったメッセージをぶつぶつと繰り返しつぶやいた。

「きょう3番目に会った女性に一目惚れして恋に落ち、一生をともにする……」

初夢は正夢になると聞いたことがある。もしかしたらこのメッセージは現実になるかもしれない━━ヒロシは不思議な予感に胸を高鳴らせた。いつになくさっと起きて万年床をたたむと服を着替えた。顔を洗いいつもより丁寧にひげをそった。

「あら早いわねヒロシ。もう着替えてるじゃない。どっか行くの?」

「おっと、一人目は母ちゃんか……うん、ちょっと散歩」

玄関で靴を並べて眺め、少しはましな方のスニーカーを選んだ。一つ深呼吸してドアを開ける。

「あらヒロシくんおはよう。今年もよろしくねえ~」

隣の山田さんの奥さんだ。これで2人目になってしまった。危ない。ひとまず3人目が山田さんの奥さんでなくてよかった。山田さんはもう孫が7人もいる超熟女である。

気を取り直して歩きだす。新年二日目の早朝だ。歩いている人はまばらだ。ヒロシは近所の神社に初もうでに行くことにした。曲がり角で曲がるたびにだれかと出会ってしまうのではないかとどきどきした。3人目に会うのはできれば新垣結衣がいいけど、彼女はもう星野源の奥さんだな・・・などと考えているうちに妙に緊張して神社を目の前にして足がもつれて転んでしまった。

「痛ててて」

「あの、大丈夫ですか?」

優しい声がした。顔を上げるとそこにはガッキーそっくりの巫女装束の美女が心配そうな顔で手を差し伸べてくれていた。

ガッキー似の美巫女さんに支えられて体を起こした時にはヒロシはもう恋に落ちていた。美女と、ではなく神社の参道を歩いていたメスのアリと━━。

助けてくれた女性そっちのけで、ヒロシはズボンの尻ポケットからハンカチを取り出して広げた。道端で出会ったメスアリをそっと乗せて幸せな気持ちで参拝に向かった。

ヒロシとメスアリ━━

彼らの未来は波乱と障害に満ちているだろう。頑張れヒロシ。どうにかして種を越えた恋愛を成就させるのだ。


おしまい♡♡




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