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キャラメルと裏切り者

(実話です。)

影を背負った美人転校生・ゆかちゃんとついつい親しくなってしまった私は来年度のクラス替えに賭けていた。5年生になったらゆかちゃんと別のクラスになれますように。

私は賭けに勝った。ゆかちゃんと別のクラスになれたのだ。これでさりげなく二人の関係をフェイドアウトできる。ひそかに彼女との関係の清算をもくろんでいた私は小さくガッツポーズを決めた。

ゆかちゃんは背負う影の濃さからか、その美貌と転入生という新奇性をもってしてもクラスの人気者になれなかった。小学生は意外と見る目があるのだ。

当時クラス内でだれともペアを組んでいなかった女は私ぐらいだったので、うっかりゆかちゃんにハントされてしまった。彼女の家に誘われて謎のお義父さんから英語の珍妙な名前を授けられたりもした。

ゆかちゃんがおもに好む遊びはバービー人形を使ったごっこ遊びである。彼女には妹がおり(こちらも美貌)、遊ぶ際にはたいてい妹も一緒。3人でのバービーごっこのシナリオはゆかちゃんが作るが、内容はつねにメロドラマっぽいダークなホームドラマであった。バービー奥様の不倫とそれにまつわるもめごと、といった内容だったが・・・今これ書いていて思ったけど、もしかしてゆかちゃん、自分の環境を投影していたのかな。おうち複雑っぽかったから。心理学で言うところの箱庭療法だったのだろうか。

しかしそんなことは知ったこっちゃない。なんにせよ、メインの役はゆかちゃんと妹(の人形)が演じ、いつも私の役割は家政婦だった(古い人形で演じさせられる)。いまどきは「家政婦志麻さん」のようにおしゃれなイメージもあるお仕事だが、当時の家政婦のイメージといえば市原悦子さんのあのドラマ。ごっこ遊びの中とはいえゆかちゃん姉妹からいろいろと命令されちゃって、楽しいことは一個もなかったわけ。

なのになぜ遊びの誘いを断れなかったか。

ここでゆかちゃんの見た目について語ろう。
昭和のアイドル中森明菜と小泉今日子を8:2でブレンドした感じ。もっと古くなるけど坂口良子の若いころをもっと甘くした感じ。焦がしキャラメルみたいなフレーバーの美貌であった。

基本的に暗い子なのでめったに笑わない。でも笑った顔の破壊力、重力がすさまじい。ゆかちゃんには友だちが私以外いなかったから、彼女を笑わせるのは私だけ。その笑顔を見られるのは私だけだった。国道沿いに建つ特徴のないマンションの一室でつまらない遊びにつきあわされる報酬はキャラメルじみた笑顔だけだったが、それには人の本能に訴えかける魅力があった。催眠術と言っても言いすぎではないのでは。顔が可愛いってすごいよ。

キャラメル顔の魅力と、ゆかちゃんからの束縛によりずるずると関係は続いたがついにその日が来た! 新学期! ラッキー&ハッピー!

「クラスが変わっても遊ぼう」

がっちりと契りを交わさせられたが守るものか。私はゆかちゃんのカウンセラーじゃない。彼女の存在が重かった。

新しいクラスの担任は有名な体罰教師で、ゆかちゃんと別れたのはよかったが、担任がいやでいやでちょっと泣いた。私も両耳をつかんで宙に浮かされる体験や、後頭部をつかまれ教卓に額を打ちつけられるというトリッキーな体罰を受けたが、意外にもその反動でクラスメイトは一致団結し仲がよく毎日が楽しかった。休み時間や放課後に体罰教師の目をかいくぐってクラスの友達と校庭で遊ぶのが異常に楽しく、中当て、フラフープ、馬飛び、鬼ごっこと時間が足りないとばかりに遊びまくった。帰り道もクラスの子たちと絡まりあうようにして担任を罵りながら帰った。普通の小学生にもどれた感じがした。

そんなある日、校舎内の水道でゆかちゃんに遭遇する。

気まずい。ちょうどだれもいない。気まずい。水道に縛りつけられたレモン石鹸が水をしたたらせながら揺れている。古びた窓枠。こすってもとれない、窓ガラスにはねた水垢。私はそういった些末なものに集中し、ゆかちゃんと目を合わせないように手を洗う。もんのすごい圧のある視線を感じる。ゆかちゃんは言葉を放った。

「裏切り者。一緒に遊ぶって言ったのに」

おおー。怒ってる顔もきれい。そして裏切り者というパワーワード。なんと、私は裏切り者か。とは思ったがふとかえりみるに、ゆかちゃんとのごっこ遊びの場面ではつねに登場したセリフだった。すでに何度も聞いている。
(この子現実でも言ってる・・・)。ちょっと薄笑いすら浮かんでしまった。

チャイムが鳴った。どんな場面でもぶったぎってくれる救いの音。「ごめんね」と小さな声で言ったか、心の中だけで言ったか自分のことだけどもう思い出せない。はっきりと裏切り者と言われたことで関係が終わった気がしてせいせいしていた。

ゆかちゃんとは同じ中学に進学したけれどその後もクラスが一緒になることはなかった。相変わらずきれいで暗いゆかちゃんだったが、中三のとき権力のある男子が「〇〇さん(ゆかちゃんの名字)て、可愛いよな」と発言したことからプチブレイクが起きた。昔ひどいふり方をした元カノが幸せになったようで肩の荷がおりた。

ゆかちゃんが古い校舎のろうかで人に囲まれている。
「私、その子に裏切り者って言われたんだよ」と心の中で思う。

ゆかちゃんはおずおずとほほえんでいた。やっぱり焦がしキャラメルだった。

END

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