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【体験談】 PodCastを「100回」配信して、考えたこと

Podcastでの配信が「100回」に到達しました。
配信を始める時の目標のひとつが「100回までは、きっちり配信しよう」だったので、地味に達成することができました。低すぎる目標ではありますが、まずは目標を達成できたことを、喜びたいと思います。よし!

さて、100回配信してみて「何か変化があったか?」と聞かれたならば「とくになにもなかったよ」というのが率直な感想です。トーク力も不足しているし、テーマの掘り下げや知識不足などなど、回数を重ねるほどに「不足している部分」が目についてしまい悶々とすることの方が多くなったような気がします(笑)

100時間では足りない? 

私の場合、一回の配信は10分程度のものが中心です。話している(録音している)と編集、そして配信の手続きなどを含めると、一回の配信で1時間ほど費やすことになります。つまり、単純に考えると、

1回1時間 × 100回 = 100時間

ほど、Podcastの配信に費やしてきたことになります。
100時間、と考えるとなかなかの時間のように感じますが、私のように特に才能もない一般人の場合ですと「100時間程度では、まだまだ実践不足」と、いうことなのでしょう。結果を求めるのは早すぎる、ということですね。

初級者は「質」より「量」

私は個人的に、何か新しいことを始める時には「質より量」を心がけるようにしています。まずは、

完成させる力 → 継続する力 →そして改善する力

この順番で「完成させる =数をこなす」ことを優先事項にします。とにかく完成させて、それを継続させていく。そこに意識を向けるようにしています。

情報(ノウハウ)は一瞬で手に入りますが、経験は実践することでしか身につきません。そして経験を通した改善でなければ、ほんとうに理解することができないし何も残らないことを「体験」から感じているからです。

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たのしいから、続けられる

・・・ここまでの文章を、いまざっくりと読み返してみたのですが「音声配信って、なんだかつまらなそう」と感じる人が出てきそうな気がしました。ので、ここで強調しておきますが、

たのしいから、続けられる

というのが、基本中の基本です。私の場合は文学作品を読みながら、ああでもない、こうでもない、と掘り下げて考えることが楽しみのひとつです。しかし、周囲の人たちに「あのさ、夏目漱石ってかなりの甘党だったんだぜ」などと話したところで、誰も聞いてくれません。「そうなんだ」で終わります。当然です。

しかしPodcastで配信すると、私のような弱小Podcastでも数百回ほど再生されます。耳を傾けてくださる人がいます。そして心優しい方からコメントが届いたりします。このダイナミズムは、音声配信ならではの「おもしろさ」ですね。

20年後の「自分のために」

昔の生徒と再会した時に「先生は、授業の合間にこのような話をしてくれた。おもしろかった!」と言われる時があります。そんな時私はいつも「え? そんな話をしたかな?」という気分になります。たいてい、忘れてしまっています。読んだ本などの内容は、細かいところまで覚えている方だと思うのですが、自分で話したことは結構な確率で忘れてしまいます。

おそらくこれからも、どんどん忘れていくことでしょう。今、何を考え、どのようなことに関心があったかを、ほとんど忘れてしまうと思います。10年後、20年後、保存しておいた音声を聞いて「おっ、こいつなかなか面白い話をしているな」と、自画自賛できたら楽しいだろうな、と思います。そんな配信がつくれて、わずかでもどなたかの耳に届いて共感いただけたら、うれしいと思います。今、私は、そんなことを考えています。

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